短編小説 『ホットケーキテイク99』
「わあ、すごい! 今日は僕の大好きなホットケーキだ!」
大げさなほど明るい声を張り上げ、僕は食卓の椅子を引く。
向かい側には、エプロン姿の彼女が立っている。手にはフライパン。完璧な笑顔だ。
「ふふ、たくさん食べてね。あなたのために焼いたんだから」
彼女の声には温かみがあった。
「うん、ありがとう! いただきます!」
僕はナイフを入れ、湯気の立つ生地を口に運ぶ。
喉が痙攣しそうになるのを必死で堪えて、飲み込む。
「……おいしい?」
「う、うん! 最高だよ! 世界一だ!」
僕は顔を引きつらせながら、満面の笑みを作った。
その瞬間。
ガシャン、と彼女がフライパンをシンクに投げ捨てた。
「……カット」
彼女の声から温度が消える。
僕はフォークを取り落とし、ガタガタと震え出した。
「ご、ごめん。どこが悪かった? 笑顔? 声のトーン?」
「『おいしい』の間が、コンマ五秒遅いわ」
彼女は冷徹な眼差しで僕を見下ろす。
「あのね、あなたは『世界一幸せな夫』なの。その夫が、妻の手料理を食べるのに躊躇するわけないでしょ?」
「で、でも、もう限界なんだ……。今日の朝だけで、もう二十枚も食べたじゃないか……」
「それが何? 吐けばいいじゃない」
彼女は無表情のまま、冷蔵庫から新しい卵と牛乳を取り出した。
カチャカチャとボウルを混ぜる音が、僕の神経を削っていく。
「お願いだ、許してくれ……。僕が悪かった。浮気なんて二度としない。だからもう、家に帰してくれ……」
「家? ここがあなたの家よ。私たちが理想の夫婦になれるまで、このレッスンは終わらないの」
ジュウ、と新しい生地が焼ける音がした。
甘い匂いが、鼻の奥にこびりついて離れない。
「ほら、涙を拭いて。次こそ完璧に演じてね?」
「あ……あぁ……」
「はい、よーい」
彼女が焼きたての皿を、ドサリと目の前に置く。
「スタート」
「……わ、わあ、すごい! 今日は僕の大好きなホットケーキだ……!」
声優さんの演技を見てみたい……




