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1.転生と戸惑い

 朝の光が窓から差し込むと、淡い金色の光が天井や家具を優しく照らした。目を細めて息を整えると、白と金を基調にした広い寝室が目に映る。柔らかなラベンダーの香り、レースの天蓋、ふかふかのベッド――すべてが現実のものであることを確かめるように、私はゆっくりと手を伸ばした。


 鏡に映る自分の姿に目を止める。栗色の髪は肩にかかり、深い緑の瞳は光を反射していた。頬には自然な紅が差し、十歳の少女としての愛らしさを保ちながらも、どこか落ち着いた雰囲気を漂わせている。前世の私はゲームの世界にしか心を向けられなかったが、今はここに存在している自分に向き合う他なかった。


 侍女たちが部屋に入ってくる。水色のお仕着せに白い手袋、整然とした動作でお辞儀をする姿は、自分が高貴な身分なのだろうと推察するに容易かった。しかし、厳しい雰囲気というわけではなく、彼女たちの微笑みと丁寧な言葉に、胸がほっと温かくなる。


「お嬢様、お目覚めでございますか?」

「……はい」


 言葉少なに答えながら、私は周囲を観察する。家具の配置、窓から見える庭園、壁に掛けられた絵画――すべてが整然としていて、主人の品のよさが伺える。


食堂に移動すると、朝食の香りが鼻をくすぐる。焼きたてのパン、温かい紅茶、フルーツの甘い香りが混ざり合い、自然と背筋が伸びる。


 両親と兄たちが部屋に入ってくると、さらに安心感が広がった。父は柔らかく微笑み、母は肩に手を置いて優しい声で話しかける。兄たちも冗談を交えながら、私の様子を見守ってくれる。家族の温かさに、まだ戸惑いの残る胸が少しずつほどけていくのを感じた。


(すごく素敵な家に転生したみたい…。)


 食事の時間になり、皆で食事を始める。焼きたてのパンを手に取り、紅茶の香りを吸い込む。温かく、懐かしい感覚に包まれる中、父が口を開いた。


「リリカ、明日からウェストウッド家のアシュレイ君が、数ヶ月ほどこちらに預けられることになった。リリカと年も同じだから仲良くしてくれるかい?」


 一瞬、フォークを握る手が止まる。胸の奥が小さくざわりと震え、視線が微かに遠くを探した。名前――「アシュレイ」……。どこかで聞いたことのある名前だ。


 頭の中に、前世の記憶の断片が浮かんだ。銀髪の少年、孤高の瞳、そして幾度もゲームの中で見たあの悲劇的な結末。映像はまだ断片的で、声やセリフまでは鮮明に思い出せない。それでも、心の奥に小さな衝撃が走り、胸が少し高鳴った。


「……アシュレイ……?」

 小さく呟いたその声に、家族は特に反応しない。ただ、父は笑みを浮かべて話を続ける。私の頭の中では、名前と記憶の断片が混ざり合い、現実か夢か分からなくなる。


 けれど、周囲の温かさが私を現実に引き戻す。両親の優しい笑顔、兄たちの冗談、侍女たちの穏やかな動作――すべてがここにある現実だ。名前の印象だけが、胸の奥でひっそりとざわついている。


 その後も屋敷内を探索する。書斎で本を手に取り、庭園を散歩し、居室の間取りを覚える。生活の把握は重要だ。名前だけでまだ心が揺れ、集中できない…。


 夜、寝室の窓から満天の星を見上げると、胸の奥に起こった小さなざわめきが少し落ち着いた。


 転生直後の戸惑いと、屋敷の温かい日常の中で、リリカは次に何が起こるのかを少し期待もしつつ静かに目を閉じた。


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