第6話 魔導師ギルドと異端者の目覚め
王都の空はどんよりとした灰色に染まっていた。
朝焼けすらも拒むかのような重苦しい雰囲気の中、リュミエールは王宮のバルコニーに立ち、紅茶を優雅に啜っていた。
その瞳は、遠くにそびえる魔導師ギルドの塔に向けられている。
「ついに動き出したわね。」
彼女の低い声に、傍に控えていたフィリップが静かに頷く。
「はい、リュミエール様。第四塔のノア・フェルデンが、異端者エリシアに関する資料にアクセスしたようです。その動向が、予想以上に早くも事態を引き起こしそうです。」
「エリシア、か……」
リュミエールの唇が微かに動いた。聖女として名を馳せたその少女、エリシア。
彼女が命を賭けて果たした運命の歯車が、今、再び動き出している。
リュミエールの目には冷徹な光が宿った。
「死んだと思っていたけれど、生きていたのね。」
彼女はゆっくりと紅茶を置くと、手を広げて呟いた。
「それなら、それを利用してあげるわ。異端者として、逆賊として利用するだけ。」
フィリップが一歩前に出る。
「ですが、ノア・フェルデンの動きが予想より早いです。彼はエリシアの力を“再生”させるつもりかもしれません。」
「それは問題ではないわ。彼のような天才には、私の計画を理解させる必要がある。少なくとも、私の支配下に置くためには、あの魔導師ギルドを制圧することが最初の一歩。」
リュミエールは微笑み、鋭い眼差しで遠くを見つめる。
ギルドの力を支配することで、私の計画は一気に加速する。そのためにエリシアは必要な駒に過ぎない。『神託』に背いた“聖女”というのは、まさに私にとって完璧な道具。
フィリップはリュミエールのカリスマ性の言葉に圧倒され、目を伏せ、黙っている。
ノアがどんなに動こうとも、私はそれを超える。彼にとっては、エリシアは失敗作でしかない。だが私にとっては、完璧な駒よ。
リュミエールはゆっくりと立ち上がり、窓を開け放つと、冷たい風が部屋に吹き込む。
「行動を起こすのは、今よ。フィリップ、私は魔導師ギルドに手を回す。ノアが動き出す前に、私の支配の手を伸ばすべきだわ。」
* * *
魔導師ギルド、地下最深部――禁術保管庫
ノア=フェルデンは、淡々と呪符を並べながら思考を巡らせていた。彼の周囲には、蒼く脈動する魔力灯が浮かんでおり、その中で彼の手は巧みに動き、禁術の呪符を一枚一枚丁寧に整えていった。
突然、冷たい風が吹き抜け、ノアは微かに身を震わせる。
「……来たのか。」
そう呟いたのは、リュミエールの影響を受けている者たちの気配だった。
彼の思索が途切れると、禁術保管庫の扉が静かに開かれ、ひとりの影が現れる。
「ノア……様?」
その声に、ノアは振り返る。かつての少女、エリシアが姿を現した。右目に包帯を巻き、焼け焦げた腕を抱えながら、彼女はノアを見つめる。
「遅くなったな。だが、もう大丈夫だ。」
ノアは歩み寄り、エリシアの肩に手を置く。彼女の体は震えており、その手がノアの手に触れた瞬間、エリシアの目に涙が溢れた。
「ノア様……私、また何もできない。」
「君はもう何も恐れる必要はない。君の力は、何よりも強い。今、君の力を取り戻して、私のために――いや、この国のために、力を貸してほしい。」
ノアは静かに言い放ち、再びエリシアを見つめる。
その瞬間、エリシアの周囲に淡い光が灯り、かつて神が与えたとされる祝福の力が蘇る。
だが、その光景を見ているものがいた。
「やっぱり、生きていたのね。エリシア。」
リュミエールの冷徹な声が、禁術保管庫内に響いた。
ノアは背筋を伸ばし、杖を構えて言う。
「リュミエール、君は間違っている。」
私は微笑みながら言葉を返す。
「間違っているのはあなた。今の私は、“悪役”としてこの国を支配する。あなたはそのすべてを支配する力の前に屈する運命よ。」
私は手をゆっくりと空を切るよに動かし、空間に歪みが生じさせた。
「私がこの国を支配する――そして、あなたとエリシアは、私の手のひらで踊る駒に過ぎない。」
その言葉に、ノアの目が鋭く光った。
「舞台に立つのは、誰だろうと関係ない。私が守り抜く。」