第1話 裏切りの瞬間
──すべては、あの日から始まった。
リュミエール・アークライト。
神に選ばれし聖女として、私は数多の戦場を駆け、王国を救い続けた。その名は、民の希望であり、未来の光だった。だが今、私はその名を踏みにじられ、冷たい視線の中に晒されている。
「リュミエール・アークライト、汝は王国を裏切り、民を欺いた罪人である!」
王セシル・アルベール・アストリアスの声が、玉座の間に響き渡る。
高い天井、煌めくシャンデリア、整然と並ぶ貴族たち。その中心で、私は一人、罪人として立たされていた。
セシル・アルベール・アストリアス。かつて共に国を守り、戦った王。その人が、今や私を氷のような眼差しで見下ろしている。
「セシル……なぜ……?」
震える声で問いかけても、王の顔に感情はない。
「お前の使命は終わった。王国は、もはやお前を必要としていない」
突き刺さる言葉。冷たく、無慈悲な宣告だった。
私がどれほどのものを捧げたか、どれほどの痛みを抱えて戦ったか。そんなことは、もはやどうでもいいらしい。
「裏切り者め!」
誰かが叫び、続いて次々に非難の声が上がった。
「神の加護など、もはや不要だ!」
「この女を即刻処刑せよ!」
かつて私に敬意を抱いていた貴族たちも、今は憎悪と軽蔑の眼差しを向けている。
私は呆然と立ち尽くした。すべてが、音を立てて崩れていく。
「お願い……セシル、私を、信じて……」
それでも、私は最後の希望をかけて言葉を絞り出す。だが、王は振り返ることさえしなかった。
「神の意志は、すでに我らに示されている」
セシルは、絶対的な冷徹さで宣告した。その瞬間、私は悟った。
私はただの駒だった。役目を終えた道具。使い捨てられるためだけに存在していたのだ。
「処刑せよ」
王の命令とともに、兵士たちが剣を手に近づいてくる。恐怖が喉を締めつける。足が震え、逃げ出したい衝動に駆られる。しかし、どこにも逃げ場などない。
私は、聖女として生きた。国のために、王のために、己の命を捧げた。それなのに、最後は裏切られ、捨てられるのか。
処刑台へと引き立てられるその間、私の胸に渦巻いていたのは、絶望ではなく、怒りだった。
「私は……」
絶え間なく湧き上がる怒りと憎しみ。それは、かつて慈悲に満ちた聖女の心を焼き尽くすほどに強烈だった。
「私は、もう聖女でいたくない」
私は誓った。
二度と、誰かのために生きない。誰も、信じない。誰にも、利用させない。
刃が振り上げられ、私の胸を貫こうとした、その瞬間だった。世界が、歪んだ。
まるで時空そのものが捻じ曲がったかのような感覚。
次の瞬間、私は処刑台から消えた。
──そして、目を覚ます。
眩しい光、柔らかな風。
私は、十年前の世界に戻っていた。
見慣れた城下町。平穏な人々。まだ、王国は何も失っていない。
私は十歳若返った姿で、何も知らぬ無垢な少女として立っていた。
「これが……私の、新しい人生……」
私は唇を噛みしめ、静かに立ち上がった。
もう、かつての私ではない。もう、聖女ではいられない。
私は、誓う。
「私は世界を支配する。裏切り者ではなく、支配者として生きる。」
かつての仲間たち――王セシル、側近フィリップ、親友エリス、英雄セドリック、魔術師エルヴィア、神官アリス、暗殺者サリエル――誰一人として、信じることはない。
私の前に立つ者は、すべて、跪かせる。この世界を変える。私自身の手で。
憎しみと復讐の炎を胸に秘め、私は静かに、笑った。