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共鳴の星  作者: らっく
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第4話


私たちの論文が発表されてからの4年間、魔法技術は爆発的に進歩した。


6歳の子どもが筆頭著者ということもあり、私と教授が発表した共鳴魔法理論は大きな注目を集めた。

世界中で追試が行われ、ほとんどの研究室で同様の結果を得られた。


「魔法の機械化」は世間的にもインパクトがあり、この理論を応用した製品が次々に登場した。

まず、自動湯沸かし器や自動麦製造器など、家事を自動化する装置が大ヒットした。

インフラも大きく進歩し、機械式光魔法の街灯が一晩中灯るようになり、農業では様々な農具が自動化され大規模農園の運営が始まった。

また、風魔法を動力とする車・船・航空機が発明され、人々は世界中を短時間で移動できるようになった。


この急激な発展の要因として、土魔法の制御技術の発達が大きく寄与している。

魔法生成器で土魔法を出す際、制御波を十分に大きくすることで、マイクロメートル単位の成形が可能になる。

これにより、手作業では不可能だったほどの高精度なパーツを大量生産できるようになり、精密機械の開発が飛躍的に進展した。


こうした実用化が進むのに並行して、各地の研究室では様々な応用研究が進められた。

あらゆる周波数の組み合わせが試され、新しい魔法現象が次々に発見された。

特に、風魔法と雷魔法を重ねることで、離れた場所に情報を送受信できることがわかった。この情報伝達魔法の発見により、通信技術にも大きな革新がもたらされた。


さらに、超高周波を出せる発振器も開発され、数THz~数PHz――つまり可視光域以上の周波数を用いた実験が可能になった

その周波数帯になると、奇妙な魔法現象が数多く観測された。

対象物の時間経過が遅くなったり速くなったり、物体がわずかに瞬間移動したり……魔法が時間や空間に影響を与えだすのだ。

いまのところはごく小さな変化だが、将来的には大規模な時空間魔法を実現できるようになるかもしれない。


---


一方、私はこの4年間、普通の大学生として暮らしていた。

共鳴魔法理論の論文を発表したことで、「魔法の原理解明」という当初の目標は一つの区切りがついたように思えた。

その後は応用研究が主となり、私の興味とは方向性が異なっていた。

魔法技術の目覚ましい発展を見守りながら、大学卒業まで一般の学生として過ごすことを選んだ。


時折、教授の研究室での勉強会に顔を出すこともあったが、研究からは距離を置き、学業や友人・家族との時間を優先した。

特に、最近は家族と過ごす時間が減っていたので、ひさしぶりに両親に甘える時間を十分に確保することができた。


当時の私は文学に興味を持つようになっていた。

この世界の文学を読みあさり、ときには自分で小説を書いてみたりもした。

前世では理系知識にしか興味がなかったので、この変化は自分でも驚きだ。

自分が書いた論文が世界中で評価された、その成功体験が文章そのものへの興味を抱かせたものかもしれない。


そして、いまから2年前、私は8歳で大学を卒業した。

世間的には随分と早い大学卒業だが、前世含めるとアラフォーである私にとっては驚くことでもないだろう。


卒業後の進路については随分と悩んだ。小説家になるか、科学者になるかだ。

当時の私は文学に強く興味を持っており、気持ちとしては小説家になりたかった。

しかし、人より特別文章がうまいわけでもなく、自分の適性を考えると科学者になる方が賢明に思えた。


そんなある日、教授の研究室の勉強会に参加したとき、時空間魔法の研究を耳にした。

ごく小規模だが、時空間の歪みを人為的に起こせるというのだ。


“時空間魔法”――その単語を聞いた瞬間、私はまだ解明していない大きな謎を思い出した。

「私はどうやってこの世界に転生したのか」だ。


当時の私は、この世界が異世界ではなく、地球と同じ宇宙に存在する惑星だと考えていた。

この世界の物理法則はあまりにも地球に酷似している。

共鳴魔法理論が正しいなら、魔法の存在すら相対論と量子力学で説明することが可能だ。

物理法則がまったく同一の異世界へ次元を超えて召喚されたと考えるよりも、系外惑星に情報体として転移したと考える方が自然に思えた。


だとしたら、転生時、前世の記憶が何らかの形でこの惑星に伝わったことになる。

地球とこの星の間には天文学的な距離があるはずなのに、私の記憶はほとんど損失なく伝達されたわけだ。

通常の通信方法では考えにくい。

だが、もし時空間魔法が存在するなら?

時空間を歪めてワームホールのようなものを作れば、地球とこの世界を繋げることもできるかもしれない。

そのワームホールを経由すれば、私の記憶がこの惑星に伝わることも不可能ではないだろう。


時空間魔法を研究することで、私の転生について理解することができるんじゃないだろうか?

さらに研究が進めば、同じことを人工的に起こして、地球に帰ることだってできるかもしれない。


卒業後、私は研究者として教授の研究室に所属することとなった。

教授もまた時空間魔法に関心を寄せており、研究室全体で時空間魔法の研究に着手することになった。

私は最新の研究成果を体系的に学びながら、時空間魔法を応用した長距離情報通信の研究に取り組むことになった。


---


そして現在、10歳になった私は巨大な実験施設の中にいる。

これから行うのは、大規模な時空間魔法の実験だ。

時空間魔法で極小のワームホールを作り、この星の裏側にある研究施設と空間的に接続する。

そのワームホールに情報伝達魔法を行使することで、光速を超える速さで通信を行う。


この二年間、私はワームホールを用いた通信技術の改良を重ねてきた。当初は数メートル先を接続する程度だったが、いまでは5000km以上も離れた施設をワームホールで結べるようになっている。

もっとも、ワームホールを生成する魔法は非常に複雑だ。合計1024もの相転波を重ね合わせる必要があり、ひとつでも周波数や振幅が基準値から逸脱すれば、ワームホールはすぐに霧散してしまう。

それでも、適切な振幅の比率を保てば出力はいくらでも上げられ、それに比例して接続可能な空間距離も伸ばせる。

今回は星の裏側との通信実験——この惑星上で可能な最遠距離を接続する試みだ。

もし成功すれば、さらに遠い、星間のワームホール生成も視野に入ってくる。


教授は星の裏側の研究施設にいて、私はここで現場主任を務めている。

情報伝達魔法で教授と連絡を取りつつ、実験準備の指揮を取る役だ。

とはいえ、私自身がやることは多くない。

装置の細部調整は他の研究員が引き受けてくれている。

私は教授の連絡を待って、最終的な起動ボタンを押すだけだ。


「おや、日記を書いていらっしゃるんですか?」


通りかかった研究員の一人が声をかけてくる。


「ええ、まだ時間もありますし、暇なもので」


ここ数年、私は日記をつけていた。大学時代に始めた習慣で、いまでも時々近況を書いている。

この日記には日本語を使っている。地球の言語を忘れないために、私的な書類は意識して日本語か英語を使うようにしていた。

もし今後、地球と連絡できるチャンスが巡ってきても、そのとき現地の言葉を忘れていたら困る


先日両親とピクニックに行った出来事を書き終えたあたりで、教授から通信が入った。


「お待たせいたしました。3分後に時空間魔法の起動をお願いいたしますぞ」

「承知しました。3分後、時空間魔法を起動します」


連絡内容を復唱したあと、実験室内の研究員たちに起動準備を促した。

あとは3分後に私が起動ボタンを押すだけでいい。


正直、今回の実験はあまり心配していない。

これまでの実験・改良を通じて、ワームホール生成はきわめて安定するようになっていた。

計算上、星の裏側であっても問題なく動作する。

ワームホールは極彩色の微小な粒として現れる。起動ボタンを押せば、今回も同じものが出現するだろう。


「3、2、1、起動します」


カウントダウンの後、起動ボタンを押した。


──瞬間、世界が震えた。


地震だろうか。実験室全体が激しく震動し、机上の書類が床へとばさばさ落ちていく。

周囲の研究員たちも驚いた様子で、転ばないように周囲の壁にすがりつく。


しかし、それ以上に私が深刻に感じたのは——


「重い」


体が重い。手足を動かすたび、まぶたを開閉するたび、身体全体が鉛になったかのような重さを感じる。

この感覚は忘れようがない。転生直後に味わった、あの異様な重みとまったく同じだ。


「うわあ!」「なんなんだ、これは!」


研究員たちの悲鳴で我に返る。


「地震です! みなさん落ち着いて屋外へ!」

「分かりました、主任も早く!」

「装置を止めたら避難します。皆さんは先に行ってください」


研究員たちが駆け出すなか、私は操作パネルに向き直る。

この魔法生成器には、非常時に備えて緊急停止装置が取り付けられている、

起動すると吸魔石を展開して魔法を遮断する仕組みだ。

しかし、緊急停止ボタンを押しても吸魔石が出てこない。


「この重力で展開機構が壊れたのか?」


そうなると、ここで私にできることはない。

教授と事後対応を協議するためにも、ここは一度外へ出なくては。

私は操作パネルから手を放し、扉へ走ろうとする。

だが、走るたびに重力が増していくように感じる。わずか十歩ほどの距離が遠い。

脚をひきずりながら前に進み、出口まであと一歩というとき……視界が暗転した。


---


次の瞬間、私はパソコンの前に座っていた。

周囲を見回すと、見慣れた本棚、机、ゲーミングチェア。


「私の家だ」


そこは前世で住んでいたマンションの部屋だった。

つい先ほどまでは確かに時空間魔法の実験をしていたはずだ。

地震と重力異常が発生したから避難しようとしていて……。


「夢オチ?」


いままでの異世界の経験は幻だったのか?だとしたら随分とリアルで長い妄想にふけっていたものだ。

さっきまで自分がパソコンで作業していた内容も思い出せない。どうやらよほど疲れているらしい。


洗面所で顔でも洗おう、そう思い椅子から立ち上がろうとしたら、足がもつれて転んでしまった。

体の感覚がおかしい。手足が異様に長く、力の入れどころがわからない。

まるで子どもだった体がいきなり大人の体に戻されたような違和感だ。

なんとか地面から起き上がり、ふと後方を振り返った。


折りたたみ式のベッドが置かれている壁際。そこに()()()()があった。

直径は2メートルほど。輪の淵は極彩色の濃い光で覆われている。

その色は時空間魔法で生じるワームホールとまったく同じだ。

こんなに大きなワームホールは見たことがないが、そんなことよりも輪の中に広がる光景に驚愕を隠せない


「私がいる」


極彩色の輪の中で、異世界の私が目を見開いて立ちすくんでいた。


---


視界が暗転した直後、突然眼の前に巨大な極彩色の輪が広がった。

時空間魔法で現れるワームホールと同じ色だ。大きさは直径2メートルほど。


「時空間魔法の暴走か……? こんなに大きなワームホールは初めてだ」


そう思った矢先、輪の先に見えた景色に、私はさらに驚愕する。


「私の部屋だ」


見慣れた本棚、机、ゲーミングチェア。前世の私が暮らしていたマンションの一室だ。

あまりのことに理解が追いつかない。

しばらく立ちすくんでいると、突然ゲーミングチェアが回転し誰かが地面に倒れ込んだ。


「私だ」


記憶よりもやや老けている気もするが、前世の私と瓜二つの人物が地面に倒れ込んでいる。

その人物はゆっくりと立ち上がり、こちらに振り向いた途端、私と同様に目を見開いて立ちすくんだ。


---


私は、ワームホールの向こう側にいる "異世界の私" と見つめ合った。

どれほど時間が経っただろう、私たちは同時に口を開いた


「君は誰だ」「君は誰だ」

「私は君だ」「私は異世界に転生した君だ」

「今はいつだ」「今はいつだ」

「魔法歴995年6月10日だ」「魔法歴995年6月10日だ」


異世界の私は「異世界に転生した君」といった。つまり現在の私は前世の姿をしているらしい。

また、どちらも同じ日付を口にした。私たちは同じ時点の記憶を持っているらしい。


「いま西暦何年だ」

「待って、確認する」


異世界の私の質問を受けて、私はパソコンのモニターを確認した。

たしか、前世における私の最後の記憶では2014年の12月だったはずだ。


「……2024年12月6日」


10年経過している。それは私が異世界で過ごした期間と同じだ。

少し考え込んだ私たちは、同時に声を上げた。


「異世界転生じゃない、記憶の転写(コピー)だったんだ」


---


10年前、地球と異世界の間にワームホールが生じた。

その経路を通じて、私の記憶が異世界の赤ん坊の脳へコピーされた。

原因はわからない。偶然か、あるいは人為的な事故かもしれない。

必要なエネルギーは赤ん坊の頭上で消費され、対応する質量の暗黒物質が消失した。その副作用が当時の重力異常を起こしたのだろう。


それから十年間、同じ記憶を共有する人間が地球と異世界でそれぞれ生活を続けた。

そして今日、時空間魔法の実験で何らかの不具合が生じ、再びワームホールが開き、今度は異世界から地球に記憶がコピーされた……


強引な理屈かもしれないが、そんな仮説を私たちは同時に口にした。


「だとしたら、この10年間地球で過ごしてきた君の意識はどうなるんだ」

「…それは問題なさそうだ。段々と思い出してきた」


魔法で転写された記憶は、おそらく定着しない。

大人の頭に他者の記憶を強制的に詰め込んでも、記憶体系の整合が取れず、脳に定着させることは難しいだろう。

いわば、専門外の学問書を一夜漬けで丸暗記するようなものだ。内容を深く理解することはできず、時間が経てばそのほとんどを忘れてしまうだろう。

転生後の自分とはいえ、10年も異世界で生活した人間など他人と同義だ。

逆に、自我が確立していない幼児期に記憶が転写された場合、記憶は長い間残り、自我の形成に支配的な影響を及ぼすだろう。


気づけば、ワームホールは少しずつ収縮していた。

最初は直径2メートルほどあった輪が、すでに半分程度まで小さくなっている。

じきにこの穴は消え、地球の私も異世界の記憶をほとんど忘れてしまうだろう。


「その前に、物々交換をしよう」


私たちは同時に口を開いた。


「パソコンが欲しい」

「そちらの世界の星図が欲しい」


地球と異世界、両世界にはそれぞれ存在しないものがある。電子機器と魔法だ。


異世界には簡単な電気的な計測器・発信器はあるが、パソコンのような高度な電子機器は存在しない。

もし地球の電子機器を異世界に持ち込めば、それを解析して再現できるかもしれない。


一方、地球には魔法がない。媒質である暗黒物質がないからだ。

星図があれば、その位置関係から、宇宙における異世界の座標を特定できるかもしれない。

その座標に強力な電磁波を放つことで、地球人が遠隔で魔法を使用できるかもしれない。

もしワームホールを遠隔生成できれば、暗黒物質を地球に持ち込むこともできるだろう。


「でも」

「ちょっと危険だろうか」


科学の発展というものは、ときに暴力的だ。

もし地球で魔法や異世界の実在が証明されれば、急激な技術革命が起きるだけでなく、ワームホールを足がかりに異世界を侵略しようと考える人間が現れるかもしれない。


異世界側にとっても、地球の文明に触れることは毒になりえる。

私が転生した異世界は、きわめて平和だ。

魔法で食料や水を生み出せるため、命を巡る争いが起きにくいのだ。歴史上、大きな戦争が起きたという記録もない。

しかし地球由来の技術や価値観に触れることで、それに感化され、暴力的な思想に染まる者が現れるかもしれない。


ここで短絡的に技術交換をするのは、あまりに危険すぎるだろう。


「それでも……何もしないのはもったいない」


このワームホールが閉じてしまえば、もう二度と地球と異世界は繋がらないかもしれない。

互いにとって故郷は恋しい。地球で過ごした30年、異世界で過ごした10年——もし二度と行き来できないとなれば、せめて何か記念になるものを手にしたいと思うのは自然だろう。


両者はしばらく考えたあと、またしても同時に口を開いた


「そうだ、あれが欲しい」「そうだ、あれがいいな」


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