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共鳴の星  作者: らっく
3/5

第3話


「おや、あなたが例の魔法研究家ですかな?」


父に連れられて研究室に入ると、数名の研究員らしき人々が目に入った。

そのうちの一人、ボサボサの黒髪で痩身の男性が私に声をかけた。

どうやらこの人が魔法学の権威――ここでは教授と呼ぶ――であるらしい。

年は20半ばくらいだろうか?権威というから白髪の老人を予想していたが、思ったよりずっと若い人だ。


「はい、趣味でそれらしいことをしている程度ですが。本日はお時間をいただきありがとうございます」

「ヒヒッ、なんのなんの。面白い話を聞かせてもらえるとのことで。拙者も楽しみにしておりましたぞ」


話し方がすごくオタクっぽい。

正直ひと目見たときからオタクっぽいと思っていたが、笑い方も含めるとなおのことだ。

一昔前の秋葉原に生息していた、シャツをズボンに入れて頭にバンダナを巻いた痩せ型のオタクを予想してほしい、それが教授だ。


それにしても、5歳の幼児に対して随分丁寧な話し方をする人だ。

父親の服の裾をつまみながら不安げな表情で挨拶した私にも真摯な態度を崩さない。

ちなみに私は子どもらしく振る舞って相手の油断を誘っているだけで、初対面の大人たちにビビっているわけではない。


「教授がおっしゃったように、個人で魔法の研究をしています。いろいろと実験をして、光魔法と火魔法を機械的に再現できたと思っています。

これから詳しい説明をさせてください。それに対して意見をいただけると嬉しいです」


そう言って、私はこれまでの研究内容を教授たちに説明した。

技術的なプレゼンは前世でよく行っていたので慣れている。

まずはデモとして、家から持参した琴とコップ・金属皿を使って、光魔法と火魔法を再現してみせる。

それから資料を渡し、研究の動機と実験内容、結果、考察を順に説明し、最後に共鳴魔法理論という私の仮説を示した。


「ずいぶん説明がこなれていますな。以前にもこういった経験がおありで?」


教授は説明を聞き終えたあと、内容に触れるより先にそう尋ねた。


「いえ、経験はありませんが・・・事前にたくさん準備しましたので」

「ふむ、だとしても、ここまでちゃんとした説明をできる人はなかなかいませんぞ。よい才能をお持ちですな」

「あ、ありがとうございます」


なんか褒められた。


「さて、説明していただいた理論ですが、なかなか斬新ですな」

「やはり変でしょうか?」

「いえいえ、そんなことはありませんぞ。大気中の未知の物質が魔法を媒介しているという考えは以前からあります。一般的には "魔法は精霊に生み出してもらっている" と言われていますが、最近の研究者はあまり信じておりません」

「そうなのですか?」


意外な情報だった。この世界の住人はみんな精霊を信じているものと思っていた。


「もし精霊が意思を持ち魔法を行使するのなら、魔法はあまりに規則正しすぎる。

何度同じ呪文を繰り返しても毎回同じ魔法が生じるのです。

何度も同じお願いをされたら、精霊も飽きて違う魔法を出してしまいそうなものです」

「まあそうですが」

「また、楽器の演奏中に魔法が発現することも知られた現象です。

音楽家の演奏会で突然ステージが瞬いたり、熱気が生じたりすることは時々あります。一般には奏者が無意識に魔法を使っているのだと言われていますが、楽器の音が魔法が起こしたとしても説明がつきますな」


思っていた通り、この世界でも似たような現象はすでに観測されていたようだ。


「遠隔で音を鳴らして魔法が出たという事例はありますか?」

「拙者の知るかぎりではありませんな。そもそも試そうとした事例を聞いたことがありません」


この世界では「魔法=人が使うもの」という先入観があり、機械的に魔法を再現させようという発想がそもそもなかったのだろうか。


「人を介さずとも、振動の重なりのみで魔法が生じる。そこがあなたの新規性でしょうな。言われてみれば単純な理屈ですが、これを思いついて実証したのはおそらくあなたが最初でしょう」

「しかし、この理論が正しいというには根拠が足りません」

「然り。現状は “音を調整したら偶然光と火が出た” というだけです。

他の魔法でも同じことができるのかもわかりませんし、もしかしたら音以外に必要な要因があるのかもしれません」


共鳴魔法理論は否定も肯定もできない。判断するにはデータが足りない。

教授はそういったあと、こう続けた。


「しかし、これは検証する価値が十二分にあるでしょうな。どうでしょう、拙者の研究室でこの研究を引き継がせていただけないでしょうか」

「私もその研究に参加してよいのなら」

「ヒヒッ、無論です。むしろ拙者の方からお願いしようと思っていたところです」


---


その後、私と教授は具体的な研究計画について話し合った。


「共鳴魔法理論を検証するには、もっと精密な実験装置が必要だと思っています。

少なくとも、高精度な振動発生装置と振動測定装置が必要です。そのようなものはこの世にあるでしょうか?」

「そのものズバリな装置はないですが、作ることは可能ですな」


私の要望に教授はそう答えた。


「拙者も専門外ではありますが、特殊な鉱石を使って振動を生成・測定する技術があったはずです。

その鉱石に雷魔法を当てると、極めて高速かつ規則正しい振動が起こります。

逆に振動を与えると、同じタイミングで微弱な電気を出すのです。

発生する振動や電気は非常に微弱ですが、うまく増幅すれば観測可能な範囲にできるでしょう」


地球にも似たような物質があったな、と私は教授の話を聞いて思った。

例えば水晶は振動を加えると電気を出し、電気を与えると振動する性質があったはずだ。

水晶振動子とかいって、パソコンのパーツに使われているもの……だったと思う。


「あと、魔法の効果を消す装置はあるでしょうか?例えば水魔法を測定するとき、水が出てしまうと測定が難しいので」

「吸魔石という鉱石があります。これに対して魔法を使うと効力が著しく減衰するというものです。本来は危険な魔法実験の安全装置として用いられるものですが……これを使えば魔法そのものによるノイズを除去できるでしょう」


いろんな鉱石があるな。制御波か発火波を減衰させる鉱石なのだろうか。

どの周波数帯を減衰させるのか事前に検証する必要はあるが、相転波を減衰させないのなら、まさに求めている物質だ。


「ただ実際に作るとなると、技術的なハードルは多いでしょうな。かなり大掛かりな計画になりますぞ」


原理的に可能なことと実際に作れることは別問題だ。

水晶だけ与えられたとして、設計図もなく高精度な発振器や測定器を作れる人は多くないだろう。

様々な数学・物理・工学の知識、そして根気が必要になるだろう。


「最低限の試作品が動くまで2年は見たほうがいいでしょうな。予算も相応に必要でしょう。特別申請が必要ですな。あなたにとっては気が遠くなる時間でしょうが、辛抱くだされ」

「時間がかかるのは理解しています。教授こそ大丈夫ですか?予算の確保もそうですが、ほかにも取り組んでいる研究もあるでしょう」

「心配は無用ですぞ。これでもこの界隈では結構偉いのです。予算ならいくらでも引っ張ってこれます。ほかの研究も優秀な研究員が問題なく進めてくれることでしょう」


周りの研究員の「ええ……」という反応を無視して教授は「なにより」と続けた


「魔法原理の解明と再現ーーこんなに面白い研究はなかなかありません。いくらでも協力しますぞ」


---


教授が必要な予算・物資を調達する間、私は大学で必要な知識を学ぶことにした。

大学はこの世界における最高学府で、学校を卒業した者がさらに学問を極めたいと思ったときに通う場所だ。

年齢制限はなく、入学試験さえ通過すれば何歳でも大学に入学できる。


当時の私は5歳だった。本来なら来年から学校に入学し、15歳まで魔法や基礎的な学科を学ぶはずだ。

しかし、すでに両親からすべてを学び終えていた私は、大学に飛び級で進学することにした。

1ヶ月ほど入試対策の勉強をしたあと、入学試験を受けて無事合格した。


大学への飛び級自体は珍しいことではなく、毎年一人か二人は一桁の年齢の生徒が入学するらしい。

しかし、5歳以下で入学するのはさすがに珍しいらしく、歴代でも数人しかいないのだと教授は言っていた


「まあ拙者もその一人なのですが」


教授はなんと4歳で大学に入学したらしい。

前世の記憶もなくそれだけの飛び級をできるのは驚異的だ。

優秀な人だとは思っていたが、どの世界にもすごい人はいるものだ。


大学では今後の研究に必要な授業を優先して受講した。

数学、物理、工学、鉱石学。

いずれも前世の大学で学んだような高度な内容ではなかったが、それでもうろ覚えな前世の専門知識を補完するのに、これらの授業は非常に有用だった。


特に数学では、なんと微積分や三角関数について習うことができた。

数式の形は地球とは随分異なるが、概念や計算方法ほぼ同じだった。

さらに、任意の関数を正弦波の組み合わせで近似する方法、つまりフーリエ変換の計算方法!を学ぶことができた。

これは私が最も欲しかった知識だ。フーリエ変換を使えば魔法の波形データを数学的に分析できる。


大学に入学して半年ほど経った頃、教授から「研究が認可された」と連絡が届いた。


「時間がかかってしまって申し訳ありませんな。基礎研究ということで、思いのほか上の説得に手間取ってしまいました」


この世界の学問は応用研究が主流だ。

既存の魔法の改良や組み合わせといった研究には容易に予算が下りるが、魔法の原理のような基礎研究にはなかなか予算が下りないらしい。


「いえ、その間自分も大学でいろいろ勉強できました」

「それは重畳。さて、これから本格的に装置作りを始めますぞ」


---


それから私と教授は研究に必要な装置の開発に取り掛かった。

今回作る装置は2つ。「魔法生成器」と「魔法測定器」だ。


「魔法生成器」は複数の振動子を組み合わせた構造体だ。

電気を与えると振動する鉱石(やはり水晶みたいな石だった)を振動子として増幅器につなげ、得られた振動を間引いたり重ねたりして、任意の周波数を得る。増幅器の出力を調整することで、波の振幅も制御可能だ。

測定できる周波数の範囲は、地球の単位で言えば大体1Hz ~ 30kHzだ。

この単振動発生器を複数組み合わせることで、さまざまな波形を再現できる。


「魔法測定器」はその逆だ。入力部の水晶に対して人間が魔法を使うと、その振動に応じて微弱な電荷が発生する。

それを増幅・計測することで、魔法行使時の振動を波形として記録できるのだ。

記録した波形を解析すれば、どの周波数の波が含まれているか特定できる。


魔法測定器の水晶の周囲には吸魔石を配置し、魔法そのものの効果がなるべく測定に影響しないようにした。

調べたところ、吸魔石は主に“発火波”領域の周波数を減衰させ、それ以外の周波数はほとんど減衰させなかった。


開発開始から試作機が完成するまで半年を要した。

十名に満たないチームでこれだけ大掛かりな装置を1から作ったと考えると、驚異的な速さだろう。

事前に必要な知識を大学で学べていたおかげで、前世の知識と合わせて理論的に行き詰まることがなかったのが大きい。


加えて、教授が極めて有能な働きをしてくれた。

私が設計図を書けば即座にレビューして不備を直してくれる。足りない物資があれば数日で調達してくれる。研究員に適切な仕事を振り、各パーツの調整や組み立てを効率よく進める。

あらゆる作業の所要時間を見積もり、チーム全体に共有する。想定外に時間がかかるときも即報告してくれるので無駄が少ない。


「仕事できる人の典型って感じだな」


前世で働いていたときもこんな感じの優秀な人はたまにいた。

同じチームになると自分の負担が大きく減るので、随分とありがたく思ったものだ。

私はそのときの感覚を教授と開発を進めるなかで思い出していた。


---


完成した試作機を使って、様々な計測を行った。


まず動作確認を兼ねて、光魔法を再現できるか試した。

研究員の一人が測定器に光魔法を使い、そのときの波形を記録した。

記録した波形を解析し、含まれる周波数成分とその大きさを特定する。

それをそのまま魔法生成器で再現したところ、期待通り光が発生した。

振幅も正確に再現できているからだろうか、人間が使う場合とほぼ同じ大きさ・明るさ・持続時間の光だった。


同じ要領でいろいろな魔法を測定・再現してみると、以下のことがわかった。

・すべての魔法は制御波、発火波を含む3つ以上の周波数からなる

・相転波の周波数と個数は魔法ごとに異なる。光・火魔法は1個、風は2個、水は8個、土は16個。麦生成魔法は64個もの相転波から構成されていた

・測定した波形を魔法生成器で再現すれば、(実験した範囲では)すべての魔法が再現できる

・複数の魔法の相転波を重ねることで、新しい魔法が発生する場合がある。たとえば、火魔法と水魔法を重ねると可燃性の高い液体(アルコールのような匂いがする)が、土魔法と風魔法を重ねると緑色の宝石が生成された。


「共鳴魔法理論と非常によく合致していますな。これまでの観測結果についてほぼ完璧に説明できているのではないでしょうか」


教授は実験結果を見ながらそう言った。


「そうですね。ここまで綺麗な結果になるとは思っていなかったので、ちょっと驚きです」


科学実験において、予想した通りの結果になることは稀だ。

理論がまちがっていたり、実験方法がまちがっていたり、あるいは実験装置に不備があったりして、予想とズレた値が観測されることがほとんどだ。

ここまで予想通りの結果だと逆に不安になる。なにかおかしいんじゃないかと思い、いろいろと条件を変えて何度も実験を行った。

だが、何度実験を繰り返しても一貫した観測値が得られ、さすがにこの結果を認めざるを得なかった


「検証した範囲では、すべての魔法を機械的に再現することに成功しています。再現方法も比較的容易です。この研究を発表すれば世界中で活用されるでしょうな」


この世界は石英が豊富に採掘されるらしく、その一種である水晶もかなり安価に手に入る。

したがって魔法生成器の量産も可能であり、そうなれば瞬く間に世界中に普及するだろう。


「夜通し光る街灯、機械式農具を使った大規模農園、家事の自動化。応用はいくらでも思いつきます。これはなかなかに有用……画期的とすらいえるかもしれませんな」


私と教授はここまでの成果を論文にまとめ、学会で発表することにした。

一つの研究室に閉じているより、理論を公開して研究を広げる方がよいと考えたのだ。


論文は私が書いた。このとき私は6歳の誕生日を迎えていたばかりで、第一著者になるのはさすがに気が引けた。

最初は教授に任せようと思っていたが、「論文は発見者が書くものですぞ」と言われてしまった。

論文は前世でも書いたことはあるが、この世界では言語もフォーマットもまるで違う。


慣れない論文執筆に四苦八苦しつつも、教授に何度も添削してもらい、1ヶ月ほどかけてなんとか完成させた。

タイトルは「共鳴魔法理論:大気中の微小粒子に振動を与えることによる魔法発現の実験と考察」だ。


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