第2話
魔法を研究するにあたり、まずはこの世界の魔法を学ぶところから始めた。
今後魔法の実験を行うなら、自分で魔法を使える方が便利だからだ。
通常、魔法は6歳から15歳までの10年間、いわゆる学校(初等教育機関。小学校と中学校を合わせたようなもの)で学ぶ。
最初はもっとも簡単な光魔法から始め、火、風、水、土と徐々に難易度を上げていく。
最終学年ではもっとも難しい食糧生成魔法を習い、卒業試験では麦と豆を規定量時間内に生成できるかを試される。
食糧を自給自足できたら一人前というのはわかりやすい基準だ。
しかし、6歳まで待ちきれない私は両親に魔法を教わることにした。
いま2歳なので、学校入学より4年早い。
両親は当然学校を卒業しているし、父は学校教師でもある。魔法を学ぶには申し分ないだろう。
特に父は、私が魔法を教えてほしいと頼むと、とても嬉しそうに承諾してくれた。
魔法の行使自体は比較的容易だ。
魔法を出したい場所に手や指をかざし、定められた呪文を唱えるだけだ。
ただ、呪文を唱える際、その言葉の意味を強くイメージする必要があり、その精度で成功率や威力が変わる。
はじめはゆっくり一言ずつ丁寧に詠唱しないとまともに魔法が発現しないが、慣れてくると早口でも成功する。
さらに熟練すると、頭の中で念じるだけでも魔法を行使できるようになる。
難易度の高い魔法ほど呪文が難解になる。
一番簡単な光魔法は「光の精霊」「世界を照らす」といった光っぽい文言のみで構成されている。
しかし食糧魔法となると「緑風の旋律」「砂時計の記憶」のように、一見関係なさそうな単語がランダムに並ぶ。
これらを正確に連想しながら詠唱するのは意外と難しい。
学校で習う魔法を私がすべて習得するまで2年かかった。
本来なら10年かけて学ぶ内容を5倍の速度で修了したわけだが、これ自体は驚くことではないだろう。
子供向けカリキュラムで10年かかるだけで、前世を含めて30年以上生きている私にとっては順当なスピードといえる。
むしろ最初は「一年もあれば余裕だろう」とたかをくくっていたが、言葉の意味をイメージしながら発音するという行為が思いのほか難しく、想定以上に時間がかかってしまった。
それでも周囲にとってはこの学習速度は驚異的らしく、両親は「うちの子は天才」と喜んで私を褒め、近所の住人に自慢しまくっていた。
私としても悪い気はしない。新しい魔法を覚えるたびに両親になでなでしてもらっては満悦の表情を浮かべていた。
さて、4歳で一通りの魔法を学んだ私は、いよいよ魔法の研究に取りかかることにした。
まず、研究の前提として仮定を2つ置いた。
1. この世界の物理法則は地球と同じである
2. 魔法は地球に存在しない物質を媒介した物理現象である
ひとつ目はかなり大胆だ。
もしこの世界が真の異世界なら、地球と同じ物理法則が成立しているとは限らない。
もしかすると全く別の物理法則が働いていて、それが魔法を生む原因かもしれない。
だが、何も仮定を置かないと何も進まないので、とりあえずこう定めることにした。
ふたつ目は比較的自然な仮定だ。
地球と同じ物理法則なのに、地球にはない魔法がある。
ならば何らかの未知の物質が魔法の要因として存在するだろう。
それは人々がいう "見えない精霊" かもしれないし、無色透明の無機物、あるいは目に見えないほど小さい粒子かもしれない。
これらの仮定を置いた場合、一つ大きな疑問が生まれる。
「質量を生み出すエネルギーはどこから来るのか?」
もしこの世界が地球と同じ物理法則に従うなら、相対性理論にも従うということだ。
E=mc^2が表すように、水や麦のような質量のある物質を作るには莫大なエネルギーが必要となる。
たとえ精霊が魔法を使うにしても、そのエネルギーをどこかから持ってこないといけない。
別次元からエネルギーを引っ張っているとか、真空のエネルギーを取り出しているといった理屈も考えてみたが、しっくりこない。
だいたい、真空からエネルギーを取り出そうものなら真空崩壊が起きて世界が滅びそうだ。
「エネルギー源は質量のある物質として存在している、と考えるのが妥当か……?」
しかし、もし浴槽を満たすほどの水を生み出せる質量が、そこかしこに充満しているなら、ほかの物理現象に影響を及ぼしていそうなものだ。
世界中がすごく重い流体に満たされているようなもので、普通に生活しているだけでももっと動きづらさを感じるはずだ。
「でもこの世界の物理現象は普通なんだよな」
この世界で体感できる物理現象は、地球とほとんど変わらない。
物が落ちる速度、火の燃え方、水の挙動……どれも前世の記憶と大差ない。
もちろん、この世界の縮尺が地球と同じとは限らないので、本当に同じスピードで物が落ちているかはわからない。
今の私は地球人から見てとてつもない巨人かもしれないし、あるいは小人かもしれない。
しかし、この世界の住人は地球人と大きく知能が違うようには見えない。
ならば、両者の脳のサイズはほぼ同じはずで、この世界の縮尺も地球とさほど変わらないだろう。
だとするなら、魔法のエネルギー源が質量である場合、人間が知覚できないのは妙だ。
「いや、暗黒物質ならありえる……のか?」
暗黒物質とは、宇宙に大量に存在するとされる「質量をもつ透明な物質」だ。
ここでいう透明とは、目に見えないというだけでなく、電磁気的な相互作用がほとんどないという意味だ。
人間は触ることも感じることもできず、重力でしかその存在を知覚できない。
地球は暗黒物質がほとんどない宙域にあるとされているが、もしこの異世界が暗黒物質で満たされているとしたら?
暗黒物質の正体は未知で、その性質もわかっていない。
これが魔法のエネルギー源であっても、地球の物理学に反しないかもしれない。
「とはいえ、暗黒物質と仮定するには根拠が弱いか」
ほかに有力な可能性も思いつかないので、とりあえず暗黒物質が魔法の要因だと仮定してもいいかもしれないが、やや発想が飛躍しすぎている。
せめてもう少し根拠があれば、自信をもって研究を進められそうなんだが。
「転生した直後の重さ?」
ふと思い出す。赤ん坊として転生した直後に感じたあの重さ。
その後、二度と生じなかったあの感覚が、暗黒物質の根拠にならないだろうか?
「転生自体が何らかの魔法現象だったとしたら?」
人間を転生させるには、少なくとも前世の私の記憶をこの世界に移動させる必要がある。
この世界が異世界にせよ、同じ宇宙の別の惑星にせよ、地球とは天文学的な距離があるだろう。
その距離を、人間の記憶という膨大な情報を欠損なく転送するには、相当なエネルギーが消費されるはずだ。
「もしそのエネルギーが私の頭上で消費されたのなら? 一時的に上空の暗黒物質が減って、下方向の重力が増すんじゃないか?」
強引な理屈かもしれない。都合よく頭上の暗黒物質だけが消えるなんてあるのか?
考えていても埒があかないので、当時の様子を母に聞いてみることにした。
「おかーたんおかーたん」
最近はママ呼びを卒業して「お母さん」と呼んでいるが、舌足らずでこうなる。
「あらあらどうしたの」
子供部屋から飛び出し、パタパタと駆け寄る私に、母は嬉しそうに振り返る。
「ぼくが赤ちゃんのとき、ぼくが泣いてて、おかーたんがまほうを見せてくれたときあったでしょ」
「あら、よく覚えているわね」
「そのときなにか変なことなかった?体がおもくなったりした?」
「変なこと聞くのね。どうかしら、ちょっと覚えていないわね」
「んー、じゃあ、おうちのものがへこんだりしなかった?」
「そうねえ……そういえば、あなたが泣き出すちょっと前に小さな地震があって、家の扉が少し開きづらくなったわ。あなたも地震が怖くて泣いちゃったのかしら」
「ぼくにまほう見せてくれたとき、まほう使いにくかったりした?」
「言われてみれば、いつもより光が弱いなとは感じたわね。でもあのときはあなたが急に泣き出すから焦っていたし……そのせいかも」
「ありがと! おかーたんだいすき!」
そう言って母にキスしてから子供部屋に戻る。
当時起こった魔法効果の減衰、そして地震と扉の歪み。
転生魔法による一時的な暗黒物質の減少、それによる重力異常と考えることもできる。
もちろん、本当にただの地震かもしれないし、母が単に焦っていただけかもしれない。
それでも「魔法のエネルギー源=暗黒物質」は、検証するに値する仮説であるように思えた。
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暗黒物質が魔法のエネルギー源だとして、次に生じる問題は「使用する魔法の情報をどのように暗黒物質に伝えているか?」だ。
魔法は使用する種類や強さ、発生位置を細かく調整できる。
念じるにしろ呪文を唱えるにしろ、これらの情報を人間の脳から暗黒物質に伝えないといけない。
だとすれば、魔法を使う瞬間に人体から何かしらの信号が発生しているはずで、それは観測可能な物理現象であるはずだ。
「情報といえば波だろうか」
地球では、情報を遠隔で伝えるには主に音波や電磁波といった波が使われる。
もっと言えば、遠方の文字を双眼鏡で見るにしても、光という波によってその情報が伝わる。
同様に、この世界でも魔法を使うときも何らかの波が大気に伝わっているのではないか?
「問題は、それが観測可能かということだけど・・・」
こればかりは実験してみないとわからない。
そこで私は試しに単振り子を作ってみることにした。
母からなるべく細い糸をもらい、自室の壁の突起に片端を結びつけた。
もう片方に土魔法で作った小石を取り付けてぶら下げた。
もし魔法を使うときに人体から波が発生するなら、小石に手をかざして魔法を使うと振り子が揺れるはずだ。
計測に使う魔法は光魔法にした。
ほかの魔法は発火や物体生成などの効果で小石が動いてしまい、観測に向かないからだ。
振り子の小石に手をかざし光魔法を使ってみる。
光が眩しくて見づらいが、なんとか糸の様子を観察した。
わずかに震えている……ような気がするが、気のせいかもしれない。
変化が小さすぎてよくわからない。
通常の出力だと弱すぎるかもと考え、限界まで魔力を込めてみることにした。
光が強すぎて観察しづらいので、振り子を容器で囲う。
土魔法で内部が空洞の箱を作り、天井部分に小さな穴を開け、振り子の小石をいれた。
容器の内部に向けて光魔法を使ってみる。今度はできるだけ強く。
容器の穴からは強い光が漏れるが、糸の観測には問題ない範囲だ。
そのまま光魔法の出力を限界まで上げると、振り子の糸がブルブルと振動しだした。
「揺れてる」
非常に微弱だが、魔法を使うと振り子が揺れるようだ。
「もしこれが魔法のトリガーなら、この波を再現すれば機械的に魔法を出せるんじゃないか?」
もちろん、魔法のトリガーではなく、魔法の副作用で発生する振動かもしれない。
だが、もしこの振動を再現して魔法が出るのなら、それは画期的な発見だ。
この世界では、魔法は人間だけが使えるものとされている。
光を出すにも火を起こすにも、必ず人間が対象物の前に移動し、手をかざして呪文を唱える必要がある。
しかし、機械的に魔法を行使できるようになれば、さまざまな作業が自動化できる。
蒸気機関の発明が産業革命を起こしたように、魔法を機械化すれば、この世界の文明は大きく発展するだろう。
妄想を膨らませたところで、私は再び糸の振動に目を戻した。
糸の振動はあまりに速く、目で周期を数えることは難しい。
このパターンを再現するなら、振動を測定する必要がある。
そこで私は、前世のうろ覚えの知識を頼りに、振動の波形を記録する装置を作った。
キモグラフだかミオグラフだかいうものを計測する装置で、すすをつけた紙を円筒形の台に巻いて回転させ、振動子の動きと連動したペン先で引っ掻いて波形を記録する仕組みだ。
土魔法で原型を作り、それを削って形を整える。
最初はひとりで作ろうとしていたが、4歳の腕力ではなかなか思った形を削り出すのは難しい。
見かねた母親に手伝ってもらいつつ、どうにか完成させた。
単振り子を装置に連結して光魔法を当てると、記録紙に波形らしきものが現れた。
うろ覚えで作った装置だが、なんとか光魔法の振動パターンを記録できているようだ。
「波形を記録したはいいけど、これをどうやって再現したものか」
記録された波形は単純な正弦波ではなさそうだ。
3つくらいの周期的な波が重なっているように見える。
まじめに解析するならフーリエ変換が必要だろうが、当然計算方法など覚えていない。
前世でも仕事柄、波形データの周波数解析をすることはあったが、当時はコンピューターに計算させており、手計算する機会はなかった。
父に波の波形を分解する公式を知らないかと聞いてみたが、知らないと答えが返ってきた。
魔法を学ぶ過程でこの世界の数学も多少勉強したが、どうやら地球ほど発達はしていない。
少なくとも学校では微積分や三角関数を習うことはないようだ。
そもそも今回記録した波形は測定誤差が大いにあるはずで、解析的に周波数を特定することは難しいかもしれない。
数学的に解析することは諦め、私は力技で行くとした。
まず、両親にねだって安い弦楽器を買ってもらった。
琴のような楽器で、弦が三本あり、それぞれに取り付けられた可動式の支柱を動かすことで音階を調整できる。
試しに一本の弦を振動計測装置に繋ぎ、鳴らした音の波形を記録してみる。
すると、光魔法の波形とだいたい似た周期の波形が記録できた。
どうやら光魔法の周波数は音波で再現できる範囲に収まっていそうだ。
琴の各弦の音階を適切に調整すれば、光魔法と同じ周波数の組み合わせを再現できるはずだ。
まず、光魔法の波形に含まれる3つの波の周期を概算し、各弦の音階を大雑把に調整してみた。
大まかな調整なら、波形の周期の大小を比較しながら二分探索すれば簡単に実行できる。
周波数が低い2つの波については問題なく完了したが、1番高周波の波についてはうまくいかなかった。
思ったより周波数が高くて、支柱をどこに動かしても必要な音階まで上がらないのだ。
もっと高い音が必要だが、いまの楽器では限界がある。
「そういえば、水を入れたコップでも音が出せたよな」
昔テレビで、水を入れたコップを叩いて音楽を演奏するのを見たことがある。
コップに入れる水の量を変えれば、音階を調整できるらしい。
そこで母に頼んで背の高いガラスコップを借り、水を入れて木片で叩いてみた。
音量は小さいが、琴の最高音より明らかに高い音が出た。
琴と違ってコップの振動は小さすぎて、波形を計測することはできそうにない。
光魔法の高周波を再現できるかはわからないが、とりあえずはこれで試してみよう。
こうして、琴とコップを使った珍妙な一人バンドが完成した。
琴の2本の弦を鳴らしつつ、コップを叩く。
もし光魔法の波形が魔法のトリガーであるなら、これらの楽器の音階が適切に揃えば光が発生するはずだ。
そこからしばらく、私はひたすら琴とコップを叩き続けた。
琴の支柱をずらしては音を鳴らし、コップの水を増やしては音を鳴らす。
ボーン、チーン、ボーン、チーン。私の自室では一日中琴とコップが鳴り続けた。
一週間ほど経ち、試行回数も4万を越えようとした頃。
いつものように弦とコップを鳴らすと、突然視界が真っ白になった。
「……びっくりした」
部屋中が光った、ような気がする。
あまりに一瞬で何が起こったかわからない。
恐る恐るもう一度音を鳴らすと、また部屋に一瞬だけ光が満ちた。
確かに音のタイミングで光が生じている。
「本当に出た」
人が行使する光魔法と比べると、挙動が明らかにおかしい。
人間の場合は光は狭い範囲に出現し、数秒から数十秒ほど輝き続ける。
一方、いまの光は0.1秒にも満たない短時間部屋全体を覆った。
とはいえ、光が発生していることは疑いない。
私は弦の支柱やコップの水位に印をつけたあと、両親に報告した。
「おかーたん、おとーたん、見て見て!」
居間にいた両親を自室に呼び、楽器を鳴らして部屋が瞬く様子を見せる。
両親は驚くとともに私を褒めた。
母に頭をなでられながら、私は次なる実験計画を考えはじめた。
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特定の音を組み合わせると光が出ることが分かったが、まだまだ調べることがある。
まず、そもそも発生した光が楽器によるものとは限らない。
一向に実験が成功しないことに焦り、私が無意識に光魔法を使った可能性がある。
その可能性を除外するため、遠隔で音を鳴らしてみることにした。
回転する台と木の棒を長い紐で繋いだ仕掛けで、一定時間が経過すると巻き取られた紐が棒を引っ張り、棒の先端が弦とコップにぶつかって音が鳴る仕組みだ。
台の回転機構を起動すると急いで屋外に移動し、離れた場所から窓を観察した。
すると、音が鳴るのと同時に窓が瞬いた。
念の為両親も屋外に出てもらい、再度同じ実験を繰り返した。やはり窓は光った。
どうやら、本当に楽器の音のみで光が発生していそうだ。
次に、音量と魔法効果の関係を調べた。
2つの弦とコップ、それぞれを鳴らす強さを段階的に変えていき、光のサイズや持続時間、明るさがどう変わるか観察した。
分かったことは以下の通りだ
・弦1(低音): 音が大きくなるほど光は小さくなり、持続時間が長くなる
・弦2(中音): 音が大きくなるほど明るさが増大し、拡散しやすくなる
・コップ(高音): 音を大きくしても光の挙動に影響なし。ただ音が鳴らないと光は発生しない。
これは面白い結果だ。周波数ごとに魔法に対する影響が異なり、それぞれの音が役割を分担しているようだ。
低音が魔法を空間に閉じ込める役割、中音が魔法を“発火”させる役割、高音が魔法の種類を決定する役割、といった感じだろうか。
もしそうなら、低音と中音は固定したまま、高音の周波数を変えれば光以外の魔法も出るのではないか?
そう考え、コップの水量を変えてみたが、光以外の現象は起きなかった。
周波数帯が異なるのかと思い、コップの代わりに様々なものを使って音を鳴らしてみた。
床をひっかいたり、琴の3本目の弦を弾いたり、手を叩いたり。
家にあるあらゆるものを使って音を鳴らし、魔法らしき現象が発生しないか試した。
すると、水を入れた金属の皿を叩いたとき、熱気が部屋を一瞬だけ覆った。
低音と中音の大きさを調整すると、部屋の中央にチリチリと小さい火花が発生した。
ずいぶんと不安定だが、火魔法だ。
予想は正しそうだ。魔法ごとに対応する周波数があり、それに低音と中音を重ねることで魔法が発現する。
特定の振動数を与えると物質の挙動が変わる……これは量子力学でよくある現象だったはずだ。
例えば「共鳴励起」と呼ばれる現象があって、特定の振動数の波を量子に与えると、エネルギー準位が効率よく上がるんだったと思う。
共鳴励起のような現象が、暗黒物質内の量子と楽器の振動の間で起きているのかもしれない。
暗黒物質の量子が共鳴励起した結果、魔法現象が引き起こされる。そんな仮説が立てられそうだ。
仮定に仮定を重ねている感はあるが、現時点での私が思う魔法の性質はこうだ
・魔法は、大気中の暗黒物質を媒質・エネルギー源として発現する
・暗黒物質内の量子を共鳴励起することで魔法が発現する。つまり特定の周波数の波を与えればよい
・魔法の発現には最低でも三種類の周波数が必要。それらを便宜上 “制御波”、“発火波”、“相転波” と呼ぶことにする
1. 制御波:魔法を空間内に閉じ込める。
振幅を大きくすると効果範囲が狭まり、効果時間が長くなる
2. 発火波:魔法を起動させる。
振幅を大きくすると効力が増すが、拡散しやすくなる。
(つまり、より強い制御波が必要になる)
3. 相転波:魔法の種類を決定する。
魔法によって対応する相転波の周波数は異なる。
複数の相転波が必要な魔法もあるかもしれない。
私はこの理論を「共鳴魔法理論」と呼ぶことにした。
正しいかどうかはわからないが、これまでの実験結果をうまく説明できていそうだ。
また、精霊といった超常的な存在を仮定しなくて済むのがグッドだ。
ところが、共鳴魔法理論を思いついたところで私の研究は行き詰まってしまった。
いろいろな音を相転波として試してみたが、光と火以外の魔法は一切出せなかったのだ。
より精密な機器で魔法使用時の振動を観測、再現しないと先へ進めそうにない。
しかしそんな装置を自宅で作れるとは思えない。
加えて、私の共鳴魔法理論がどの程度妥当なのか、専門家の意見が欲しいところだ。
私はしょせん魔法に触れてたかだか4年の新参だ。
この世界で長年魔法を研究した人々は、私よりも遥かに深い知識・洞察を持っていることだろう。
もしかしたら一般に知られていないだけで、まったく同じ理論がすでに提唱されているかもしれない。
そこで私は父にこれまでの研究結果を説明し、魔法の専門家を紹介してほしいと言った。
父は私の説明にたいそう感心し、「直接の知り合いはいないが、職場のつてを辿れば探せるかもしれない」と言ってくれた。
私は感謝を伝え、お礼として肩たたき券を30枚ほど父に渡した。
数週間後、五歳の誕生日を迎えた私に父は「魔法の研究者が見つかった」と伝えてきた。
魔法研究においては国内でも有数の権威で、父が働く学校の近くにある大学に所属しているそうだ。
先方も私の研究に興味を持っており、ぜひ一度会って話をしたいという。
後日、私は父とともに教授の研究室を訪問することになった。