お隣の彼女は自分が推してるVTuberだとバレたい
書きたくて書きました。
VTuber、それはここ数年においてネット界隈において着実な存在を築いてきた存在である。キュートな容姿や、その美声から紡がれる言葉や雑談やゲーム実況。はては現代の技術力の結晶を用いた音楽ライブなどその活動は多岐に渡る。
さて、そんなVTuber業界。その最前線を常に牽引している存在がいる。
企業勢ではなく個人勢の星。それが彼女、
万極絢鬼だ。
彼女のVTuberとしての設定は、他種族が多く存在する世界の中で彼女の属するオーガ族と他の種族との戦いに巻き込まれ死んだところこちらにそのままの姿で転生したというもの。初めこそこの世界に困惑したが今ではすっかり順応出来たらしい。
……というのが彼女を知る上で最低限の情報だ。
そんな彼女も普段は我々と同じ地を踏み同じ空気を吸って生活している。実はどこかですれ違っていました、なんてこともあるのやもしれない。
✤✤✤
『今日の配信はここまでなのじゃ〜。お前らー、歯はちゃんと磨いてから寝るんじゃぞ〜。ほな、またの〜』
今日の配信も満足感抜群だった。鬼なのにホラゲに出てくるお化け程度にビビり散らかす姿は見ていて本当に可愛らしい。コメントも絢鬼が声を上げる度に盛り上がりを見せて、その度に絢鬼がプンスカと『うぅー……笑うなぁー!!』という流れがあまりにも完璧だったのだ。
よし、これは切り抜き確定だな。明日の朝には投稿できるように早速生放送のアーカイブから編集作業に使う材料を選別せねば。
俺はいわゆる切り抜き師と呼ばれる人間だ。Vの平均1時間以上ある生放送の中から面白かったシーンを短い時間で手軽に見られるように編集してまとめるのが、切り抜き師の主にする活動。切り抜きからVに興味を抱く人も少なくはなく、昨今のVTuber業界の発展には大きく寄与した欠かせない存在とも言えるだろう。
「うんうん、今回もいい感じに再生数の回りそうなシーンが沢山だ。さすが俺の最推し。いいものを持ってる」
1人マンションの一室でニマニマと笑いながら編集作業に勤しむ。
集中し始めたら時が経つのは早い。
カーテンの隙間から陽の光が差し込んできてやっと朝になった事に気が付いた。
「もう朝か」
俺は編集が完了しつつあった切り抜きを完成させると、一度通しで見直してから投稿する。そして立ち上がると寝る前に食べる食事をコンビニに買いに行くために外に出ることにした。
だるだるに伸びたジャージのズボンとパーカー。ちゃんとした服もあるにはあるが、朝のこれだけ早い時間に誰と話すわけでもなく近所のコンビニに行くだけなのだ。服装は適当でもいいだろう。
玄関を出てからエレベーターに向かうとちょうど俺の部屋の隣に住む女性が出てくる。そして俺の横に立ってエレベーターを待っていた。
緑のパーカーに深く被った黒のキャップと眼鏡が印象に残る。
朝だし、挨拶くらいはしといた方がいいか。お隣さんだし。
それくらいの軽い気持ちで俺は隣を向きながら「おはようございます。今日も冷えますね」と話し掛けた。しかし中々待っても返事が来ない。体調が悪いのかと思って心配になりながら見てみると「あ……えと……」と小さく漏らしながら目をぐるぐると回しているではないか。
「えーっと……大丈夫、ですか?」
「あ、あのっ……はい。……大丈夫、です。少し驚いただけです」
ぺこっと頭を下げて少しだけ恥ずかしそうにするお隣さん。
お互いにお隣さんにも関わらず話した事が今までなかったので、こういった機会に話せるのは意外と貴重なのかもしれない。
と、そう考えた俺は軽い感じで今からどこに行く予定なのか尋ねてみた。
「い、今からですか?今からは近所のコンビニに食料を買いに行こうかと、思っていたんですけど」
「あ、俺と一緒だ」
思わぬ共通点に嬉しくなりながら近所なら一緒に行きませんかとも誘ってみる。さすがに気持ち悪いか?とも思ったが、とは言ってもコンビニまでは5分も掛からないのだ。余りに気になるような時間でもないだろう。
案の定お隣さんはこくりと頷いて「私でよければ」と言って了承してくれた。
「あ、エレベーター来ましたね。お先どうぞです」
「あ、すみません」
頭を下げながらエレベーターに乗り込んだ彼女の後に続くようにして俺も乗り込むと、そのまま流れるように1階のボタンを押した。
1階に着いてからは年齢の話や、仕事の話になった。
「俺今年で22歳なんですよ。元々は大学にも通ってたんですけど、ちょーっと大学のペースに着いてけなくなっちゃって辞めちゃいましたけどね」
「あはは」と笑いながらそう話すと彼女は少し困り顔で愛想笑いを浮かべた。さすがに自虐ネタは初対面にはキツいか。
「ところでそちらは普段は何を?」
尋ねると彼女は先程よりも困ったような表情をする。「うーん……」と悩みに悩んだ上で「その……」と言葉を漏らす。
「は、配信?の方を少し」
「へー!配信!ゲームとかですかね」
「ですね。あとはたまに雑談したりとか」
「いいですよね配信。俺もよく見たりしてますよ」
「そうなんですか」
「えぇ。最近は名前は聞いた事あるかもですけど、万極絢鬼っていう鬼の女の子がモチーフのVTuberを見てるんですよ。めっちゃ可愛いんでよければぜひ見てあげてください」
俺がそう話すと、彼女はひどく驚いたように目を見開いてこちらを見ていた。
「ば、万極絢鬼……ですか?」
「あれ、もしかして知ってました?」
「あ、あぁ……い、一応?」
親指と人差し指の間に少しの隙間を作りながら、なぜかほんのりと頬を染めて嬉しそうに肯定する。
「ち、ちなみになんですけど、そのVTuberさんのどこが特に好きとかありますか?」
思っていたよりもこの話題への食い付きがよく、俺は1人驚くがそこは気にしないようにしよう。
「そうですねぇ。可愛いのはもちろんですけど、ワードセンスがいいですよね。ふとした時に出る言葉が常人のそれじゃないというか、センスの塊みたいなところが好きです。あ、あとはふとした仕草ですね」
「ふとした仕草?」
「んーと、例えば配信中に流れてるコメントの中に可愛いを見つけたら必ず笑顔になったり、ホラゲで叫びすぎたら、辺りを心配そうに見回したりとかですかね。何かそれがVっていう壁を越えて、絢鬼もちゃんと生きてる人間なんだってことを感じさせてより身近に思えるんです」
「えへ、そうですかぁ〜」
なぜかお隣さんの方から聞いてきていたのにも関わらず、お隣さんが自分の事のように嬉しそうにして照れている。実はファンだったのかな?
「そ、そうだ。そのVTuberさんは今日も配信するんですかね」
「多分しますよ。基本日曜日以外は毎日頑張ってる偉い子なので」
「え、偉い子!……な、なるほど。なら、私も見てみようかな〜……みたいな?」
「あ、ぜひ見てください。多分好きになりますから」
「はいっ。見てみますね」
そんなこんなで話に花を咲かせていると気が付けばコンビニに着いていたのだった。
✤✤✤
『今日は凄くいい人に会うことがあったのじゃ。偶然わっちの事を好いてくれてる人でなぁ、向こうは当然わっちが万極絢鬼だと知らんからたくさんいい所を褒めてくれたんじゃが、それを聞いてる時は今すぐにでも飛び上がりたいくらいに嬉しかったんじゃよ』
コメントには本当にバレなかったの?と心配する声も散見されるが、絢鬼は特に気にした様子も見せずただただ嬉しそうに話す。
『わっちVTuberとして活動し始めて、あれだけ近くで生の声でわっちの事を好きって言ってくれたのが一番嬉しかったやもしれんなぁ〜』
あんまりにも嬉しそうに話す絢鬼の影響からか次第に心配する声は鳴りを潜める。そして代わりに嬉しそうに話す絢鬼の事を可愛いと言うコメントが多く流れ始めた。
『わっち、また明日その人に会えたら今度こそ飛び跳ねて喜ぶやもしれん!気を付けないとな!バレちゃったらさすがに大変じゃ!……ま、まぁ、あの人になら?バレちゃっても?いいかもなんて思ったり思わなかったり……あぁ!冗談じゃからね!?』
少し荒れだしそうだったコメントを宥めるように落ち着かせてから絢鬼は配信を締めるいつものセリフを喋る。
『今日の配信はここまでなのじゃ〜。お前らー、歯はちゃんと磨いてから寝るんじゃぞ〜。ほな、またの〜』
書きたくて書いたものなので内容があれな部分はありますが、気に入っていただければぜひブックマークと下の☆での評価の方お願いしますね!