黒歴史
『こういう時はこういう言い方で……』
『そうなんですね。勉強になります』
文人がアーニャに日本語を教えていると、教室の扉がいきなり開いた。
「始皇帝はおるか!」
関西弁の女の子が開口一番これである。
面倒事の匂いがぷんぷんするので、文人は聞かなかったことにした。
「おった!。無視すな!」
すぐに見つかったが。
「名乗った覚えはないですが、秦中出身で始皇帝とは呼ばれてました」
文人の答えにクラスがざわつく。
「始皇帝って全中学の不良を支配した人!?」
「本気かよ……始まりの王じゃねえか……」
「強いのも納得だぜ……」
文人は頭が痛くなった。
あの時は力づくしかなかったとはいえ、文人の中では黒歴史である。
「うちは黒燕中の加賀岬!。リベンジに来たで!。忘れたとは言わさんで!」
「…………」
文人は黙ったままスッと視線を逸らす。
「ちょい待ち!。その反応、覚えとらんな!」
「いやー、そんなわけないじゃないですか。ははは」
「それやったらうちと視線合わせえ!」
岬の問いに文人は観念したのか答える。
「あー、人数多すぎていちいち覚えてないです」
「よし!。タイマンじゃ!。放課後グラウンドでな!」
岬はそう言うと帰っていった。
岬が帰った後、クラスメイトから質問攻めにあった。
はっきり言って文人には迷惑である。
精神を削られつつ、文人は質問に答えていった。
放課後。
グラウンドにはタイマンを見ようと大勢の観客が詰めかけていた。
「よう逃げずに来よったな!。ボコボコにしたる!」
威勢よく啖呵を切る岬に、文人は帰りたくなった。
「先に言っとくけど前戦った時より強くなってるから、責任は取らないよ」
文人の目つきが鋭くなる。文人戦闘モードである。
『文人さん大丈夫でしょうか?』
アーニャが心配そうに鏡花に聞く。
『それは大丈夫。文人が勝つわ』
あっけらかんと鏡花が応じる。
「死ねや!。始皇帝!」
岬が猛然と文人に襲いかかる。
しかし…………。
バンッ!
「~~~!」
岬は一瞬で投げ飛ばされ、地面に叩きつけられていた。
「元気だな」
「なにしおった……!」
岬は痛みを堪えつつ立ち上がる。
「突っ込んでくる勢いを利用して投げただけだ」
「この……!」
岬はパンチを連打する。
「早いが予備動作に隙がある」
文人は全てのパンチを払う。
「ほい」
パンッ!
「がっ!?」
ときたまカウンターで返す。
戦況は文人の圧倒的優勢であった。
『文人さん強いです。動体視力がいいんですか?』
『違うわ。文人の動きをよく見て』
『……相手が動くより先に動いてます』
『そう。言わば未来視よ』
『み、未来視!?』
『もっとも未来視といっても数秒先程度だけど』
『でも、圧倒的に有利な能力ですね。これなら文人さんが勝ちます』
「はあ……はあ……」
「もうやめない?」
「まだまだや!。……けど何でこんなに強くなっとんのや?。戦い方もちゃうし……」
「…………」
文人はしばし思案し決断する。
「やめだ」
「は?」
「戦闘方法変更。スピード重視から一発の威力重視でいかせてもらう」
「……来てみい」
文人は縮地で一瞬で間合を詰めると、発頚をみぞおちに叩き込んだ。
「がはっ!?」
強烈な一撃に口から血を吐く岬。
文人は追撃をかける。
デンプシーロールだ。
左右からの強烈なパンチを食らい続ける岬。
そしてついに気絶した。
「はあ……」
文人はため息をもらした。
やはり女性相手に戦うのは精神衛生上良くない。
「これでおしまい。帰らせてもらう」
文人が踵を返した時、後ろで音がした。
振り返ると岬が立ち上がっていた。
「まだや……」
岬はもうふらふらである。
文人はため息を吐きつつ言った。
「わかった」
文人は思い切り足を上げる。
そしてそれを岬の頭に叩きつけた。
文人のかかと落としの威力は凄まじく、地面が割れるほどであった。
「誰か保健室へこいつを連れてってくれ」
文人はそう言うとその場をそそくさと立ち去った。