ラブソングなんて歌えやしない
弟が悲しいラブソングを歌っている。
私はこの事実に驚いていた。
私の中での弟はフェスで流れているような、イケイケな音楽を好んでいる。さらに過去に戻っていくと、朝と夕方にやっているアニメのOPとEDの曲を歌っている弟が居座っていた。図体も大きくなり、私よりも太って、声もすっかり変わってしまっている。けれども、中身は、可愛らしい愛くるし無知で無力な弟であると。私は思い込んでいた。
最近の弟を振り返ると、体重を10キロ減量したり、オシャレを意識したり、「お兄ちゃん、もう少しオシャレして」と少しずつであるが、自分磨きに力を入れている。
私は確信し、決意した。
『弟は失恋をしている。お兄ちゃんとして、弟の話を聞かなければならない』
歌い終わった弟は、満足げな表情をしながらマイクを机の上に置いた。
「どうした。そんなにラブソングを歌って。恋でもしているのか?」
「うなわけ」
私の質問を冗談だと思ったのか、少し照れながら答えてくれた。
「最近、SNSで流行ってるんやで。友達もみんな歌っているよ」
「そうなのか。お兄ちゃんの周りの人は歌っていないからわからんかった」
「お兄ちゃんは相変わらずやもんね」
「まぁ、誰と行っても、お兄ちゃんの選曲は変らんよ」
私の返答に、『これが俺のお兄ちゃんなのか』と表情で訴えかけてくる弟は、とても可愛かった。
「少しぐらい、ポピュラーな曲でも歌ったら?」
弟はこちらに興味を失せたようで、選曲のタブレットに指を滑らせていた。
可愛いい弟の成長を嬉しく思うと同時に、弟の言葉が胸に突き刺さっていた。
私の恋路は拗らせている。
その理由は私の意気地なしな部分が原因であると思うが、向こう側にも問題がある。
ある日。
「そんなんじゃ、好きな人に嫌われるよ」
それを好きな人に言われたとき。私は自分の耳を疑った。
「ここぞとばかりにカッコつけないとダメだよ?」
「いや、別にカッコつけたいとか思っていませんし」
「えー。私が男なら、滅茶苦茶カッコつけたいと思うけどね」
ニコニコと表情を浮かべながら、自分の理想論を語る少女に対して、私はなんて言えば良いのか全くわからずにいた。
ある日。
想い人が肩まであった茶髪がバッサリと切っていた。
「髪切ったんですね」
「うん。少しうざかったから」
「そうなんですか」
「君も髪の毛切ったらいいのに」
「あー。確かに、切りに行った方がいいですね」
「ついでにさ、髪の毛染めたりしたらどう?」
「いや。私には似合わないですよ」
「やってみないとわからないよ」
「いやいや、いきなり私が茶髪とかにして見てくださいよ。みんな、心配しますよ」
「そんなことないと思うけどね」
「それに、私は黒が好きなんです。将来的には白髪になってくれるのが理想ですが」
「ふーーん。なら、私のことは好きじゃないんだね」
「うんんんんんんんんんんん???」
時が止まったという表現は実に正しい。実際に、私のありとあらゆる部分が思考を停止させていた。向こうは、私の次のセリフを待っているようで黙って待っていた。
時間にして三〇秒も経っていないだろう。しかし、私にはその時間が途方もなく感じていた。この状況を打破する方法を模索していた丁度その時。
「おはようございます」と、イヤホンを耳から外しながら先輩が部屋に入ってきた。
「ああああああ。先輩そうですよね。やっぱり、男は黒ですよね。そうですよね、やっぱり男は黒じゃないといけませんよね」
私は間髪入れずに、状況をよく解らない先輩に無理やり話を振ることで、逃げることが出来た。
ある日。
「覚えておいてね。女の子のプレゼントで迷ったら化粧品を送ればいいよ。化粧品なら喜んでくれるから」
「なるほど。では、しっかり覚えておきましょう。機会は無いかもしれませんが」
無表情を固まらせながらも、私の内面では祝杯を上げていた。というのも、私は、女性にプレゼントを渡したことが殆どない。あると言ったら、妹に漫画とか画集をあげるくらいである。そんな、私がプレゼントを贈れば良いものが全くわからないのであった。そんな中で、彼女はわざわざ教えてくれたのだ。これは鴨が葱を背負って来るようなもの。
善意100%で教えてくれている彼女に申し訳ない気持ちがあったが、これを利用しない手はないのだ。
「じゃぁ、あなたは化粧品を貰ったら嬉しいのですね」
「いいや。そんなことないよ」
私は思わず『はっ?』と言いそうになったのを、勝利の祝杯と一緒に飲み込んだ。
ある日。
「私は、お兄ちゃんお姉ちゃんキャラが好きです」
「ほぉ。つまり、お前はバブみがあるキャラが好きなんだな」
「いやいや、私はね。そういうことじゃなくてね」
4人ぐらいで話した、【どんなキャラを推しているのか】そんなヲタク話。どういうわけか、私の好きな人がいる。向こうもヲタクだし、なんなら、私より詳しいだろうから困りはしないだろうけど。何事もなく、普通に話を進んでいき、私が自分の性癖を晒すことになる。
「とりあえず、私は、妹と弟が大好きなお兄ちゃん、お姉ちゃんキャラが大好きなんです。その深い愛情を尊敬しているんですよ」
私は意気揚々と、好きなお兄ちゃん、お姉ちゃんキャラを語ろうとした時。
「ふーーん。じゃぁ、現実では年上の人が好みなんだね」
刹那私の脳内に後悔の二文字がよぎっていった。
私の想い人は、私より二歳年上、妹がいる。
油断した。そんなことを言ってくるなんて、これっぽちも想像していなかった。
「いや、まぁ。あれよ。現実とね? 二次元は違うと思うのですよ。私は今好きな人いないのでわかりませんが」
分かりやすい嘘をついていることはよく解る。でも、何とか誤魔化すことしか私には出来ない。その後すぐに、泥酔した奴が話を変えてくれたおかげで事無きを得た。
話せばまだある。大学で学んだことなんて、これっぽちも覚えていないのに、その人の言動はしっかりと覚えているからだ。
気持ち悪い。
私が諦めようかとか、恋って糞だなと思うたびに、向こうが煽ってくる。そのたびに、謎の反骨精神が働き、好きになる。
気持ち悪い。
恋は盲目とかよく言ったものだ。残念ながら私は直ぐに他人を好きになるので、想い人以外に心を寄せることは割とよくあるのだけど。
気持ち悪い。
彼女の一言一動に一喜一憂する。
気持ち悪い。
というか、私はどうしてこんなしんどい思いをしなければならないのだろうか。
私が、字が汚いことを知っているくせに、色紙に全員分の名前を書かせようとする人を。
推しが死んで落ち込んでいるときに、意気揚々と推しのスクショを送ってくるような人を。
私の推しを全力で否定するような人を。
直ぐに煽ってくるような人を。
私は私はどうして、好きになるのだろうか。意味が解らない。
腹が立つし、嫌いだし、大っ嫌いだし、でもでも、どうしようもないほど、好きなのだと気付かされる。
バカみたいな感情に振り回せながら、踊る姿は実に滑稽だろう。笑いもので笑い話にしかならい。そんな糞みたいな恋を私はしている。中学生かよ。高校生の弟にお兄ちゃん面すらできない。
「お兄ちゃん。次やで」
「あー、すまんすまん」
既に聞きなれたイントロが流れ始めている。これは、大学に入ってから絶対入れている曲。
「また知らない曲を歌ってるよ」
「何言っている。今回のM1のチャンピョンも好きなジャンルだぞ」
知名度は確実に上がってきているはずなのに、中々曲数は増えてくれない。だが、今年は一気に増えるような気がする。
「そんなよりも、もっといい曲あるよ」
「黙ってろ。今から増えていくんだよ」
特に、リストラの曲が増えてくれ、マジで。
しかし、弟の言いたいことも分かりはする。こんなヲタク色が強い曲ばかり歌うのは世間的に不味いかもしれない。
でも、彼は知らないが、感動的で感傷的な歌は沢山ある。今の私にぴったりなラブソングもある。
そのラブソングを私は歌いたいのに、カラオケには無い。
どうせ、私はラブソングなんて歌えやしない。
予言通り2021年は某projectのアレンジ曲がたくさん増えました。(にっこり)