5話:貼られた"何か"
「はぁ~…………」
一日の疲れがどっと体を襲い、俺はふかふかなベットにダイブする。重いため息のとおり、今日は散々な目にあった。
達川蓮翔は天谷千冬にフラれた。クラス中にそんなデマが広まるし、奏音は復讐を諦めようとするし。もう、とにかく大変だった。
屋上で奏音を見つけた後も、教室に戻った俺たちは皆に悪者扱いされるし。終始嫌な視線を向けられ続けるし。なんで、俺たちがこんな目に合わなきゃならないんだ。
本当に、今日は最悪な一日だった。
復讐をする。そうは言っても、クラスメイトは全員敵になってしまった。屋上で奏音が「いい考えがある」なんて言ってたけど、この状況を覆すような都合のいい策があるとは思えない。
――いくら復讐心を高めたところで、事態は想像以上に深刻だった。
翌日
目覚めた俺は、重い体をゆっくりと起こして準備を始める。着替え、食事、身支度。諸々をこなしている俺は未だに疲れていて、多少の倦怠感に襲われているものの、いつも通り家を出た。
学校のホームルーム開始時刻と比べれば、俺の出発時刻はかなり早い。余裕をもっていこう、千冬とそう決めた時間が体に染み付いていた。案の定、もう待ち合わせ場所に彼女の姿はないというのに。
慣れなのだろうか。普段のルーティーンというものは、案外体が覚えているものである。
いつもは足を踏み入れる公園も、今日は素通り。俺は久々に一人で、学校へと向かった。
「おはよ~」
「おはよう!」
「おはようございます」
生徒同士の挨拶が飛び交う間を、俺は無言で通り抜けていく。普段ならクラスメイトと挨拶を交わすものの、今の俺には無理。というか、クラスメイトが俺を受けつけてくれない。
いくらデマとはいえ何も知らない人からすれば、真実に見えてしまうんだな。つくづくそう実感させられる。
今のクラスでの俺の立ち位置は、底辺。それも昨日から。元々大して目立つような人間ではなかったけれど、昨日の貼り紙事件を機に"嫌な奴"のレッテルを張られてしまった。
フラれた腹癒せにデマを吹き込もうとした。奏音と同じで、俺もそう思われている。それ故、昨日からクラスメイトの視線が痛い。おそらく、これからずっとだろう。
行きたくないな。そう思うのも無理はない。今の俺にとって教室に入るという行為は、地獄の空間に身を投げることと同等だった。
「えっ……何これ」
「嘘……これって」
「秋月と……千冬?」
脳内では拒否を示しても、学校には通わなければならない。そう割り切って教室の前まで来た俺に訪れたのは、どこか懐かしい感覚。懐かしい……というか、真新しい記憶。
教室の中が、ガヤガヤと騒がしかったのだ。昨日と同じで、何を話しているかまでは分からない。けれど確かに中の話し声はうるさく、ドアを閉めても廊下に漏れ出ていた。
「なんだ……今度はなんだ」
気づけば俺は、飛び込むように教室に駆け込んでいた。昨日の貼り紙があったからこそ、今日も何かあるのでは。そう思ったら、好奇心が抑えきれなかった。
「嘘……また……」
「やっぱり……千冬たちって…」
「昨日の貼り紙が……」
広がっていたのは、デジャブのような光景。数十人のクラスメイトが黒板の前に群がり、貼られた何かを眺めている。
まさか……また……
様々な可能性が脳を過ぎるも、俺の足は止まらない。俺を避けるクラスメイトになんか目もくれず、黒板に視線を固定したまま、一歩一歩と歩み寄る。
やがて、その何かは俺の瞳にはっきりと映り、脳が正体を分析する。
「なんだ……これは…」
結果、俺の頭は混乱に陥る。
決して、その"何か"が分からなかった訳じゃない。"何か"が分かったから、驚いた。一体どういうことなんだ。俺の頭にそう疑問が浮かんだ。
昨日と同じように。けれど、溢れた疑問は今日は一つだけ。俺には分かった。それがなぜなのか、誰の仕業なのか。けれど、どういうことなんだ。その疑問だけは、俺の脳内に残り続けた。
紙ではない。文字でもない。でも、一目見るだけでそれが奏音の仕業だと分かる。
そこには、写真があった。
――学校の屋上で生々しく身を寄せ合う、秋月秀次と天谷千冬の写真が。