23話:命の重み
――もう、無理だ。
秋月に頼ることを前提に子育てを決意した千冬は、既に気力を失っていた。
微かに見えていた希望の光も闇の中に消え果てて、秋月という頼みの綱も燃え去った。
膨大な喪失感と先の見えない暗闇に身を沈めながら、とぼとぼと千冬が向かう先。
そこは蓮翔の家――ではなく、近所に位置する広い公園。秋月に捨てられた千冬は、美咲と名付けた赤ん坊を抱えたまま公園へと足を運び、年期を感じる錆れたベンチに腰をかけた。
「ねぇ、どうすればいいのかな」
言葉の分からぬ我が子に話しかける千冬の姿は、正気を失っていて醜い。もう目にはかつてのような光を灯らせておらず、その姿は絶望以外の何物でもなかった。
「私……どうしよう。もう、君のことを育てていく自信がないよ。いずれシングルマザーになったら、秀次君に頼ろうと思ってたのに。ねぇ、どうすればいいと思う?」
どんなに問うても生まれたばかりの赤ん坊が返事をすることはなく、千冬は自身の惨めさを晒すばかりだった。
「上手くやっていけると思ってたんだけどなぁ。何でこうなっちゃったんだろう。私、君のことを幸せにしたいって、本当に思ってたんだよ?」
……思えば、狂いの歯車が回り出したのは、千冬が浮気を始めてからだった。
バレなきゃいい。そんな軽い意思で決断した行為が、今の状況を作り出していた。
蓮翔を裏切り、嘘を巧みに言い並べ。それら一つ一つのパーツが揃ったことで、今の絶望は完成されていた。
「あ、そっか」
――全部、私が悪かったんだ。
*****
「ごめんね、美咲。ごめんね、ごめんね、ごめんね……ごめんね」
この謝罪は形だけのもの。自身の罪悪感を取り除くために使用された、治療薬だ。千冬はなぜか我が子に謝罪の言葉を言い聞かせながら、とぼとぼと公園の茂みへと進んでいく。
「――ごめんね」
改めて言い放った謝罪は、一番心が篭っているような気がして。千冬はだき抱えていた赤ん坊をそっと草地に寝かせると、その場から離れた。
私は悪くない。全部仕方ない。そう脳で言い聞かせて。
クソ女――天谷千冬は、小さな命を捨てた。
泣き叫ぶ我が子の悲痛も無視して、背を向けた千冬はぐんぐんと歩き進む。ネジの外れた人間が冷静さを失ったことによる、一線を超えた異常行動。
彼女自身も己の行動の罪深さに気づいておらず、全てを失ったことで判断力を鈍らせていた。が、だからといって許されるわけはなく。
やがて天谷千冬は、赤ん坊の鳴き声を聞きつけた通行人。そして、付近の防犯カメラの映像を証拠として、警察に捕まった。
割と早めに発見へと至った赤ん坊は、何とか大事にはいたらず。無事、施設へと保護されることになった。
千冬の母が責任をもって育てると願ったらしいが、自身の娘もまともに管理できないやつが、新たな命を育めるはずがない、という正論に近い意見の元、そのような運びとなった。
千冬たちは、何もかもを失った。
学校は退学になり、風の噂で校内中にもその事件が広まり、クラスメイトの千冬の印象は地を貫いた。まあ、元々浮気がバレて以来不登校になりつつあったため、余り関係ないかもしれないが。間違いなく、この事件は彼女の人生における汚点となっただろう。
浮気なんてしなければ良かった。
千冬は、初めて心からそう思うのであった。




