22話:絶縁
スタート地点に立つことすら辛かった。時間が進むにつれて体は重くなり、それに伴って症状も増していった。
正直、何度も心が折れかけた。
高校生には辛い――と言うより、人間なら誰しも苦痛に感じる日々。生まれた後の事しか想像していなかったが、出産までの道のりがこれ程までに険しいとは、正直甘く見ていた。
それでも、何とか母のサポートなどの力もあって、千冬は出産を終えた。
妊娠が判明して、約半年と数ヶ月のこと。子供にとって一年にも満たないその期間は、とても長く過酷だった。
けれどその小さな命を腕に抱えた時、全てが報われた。自分の身を纏っていた重石が全て飛び去った気がして。千冬は、母としての最初で最高の喜びを感じた。
それから数日。
千冬は子供を連れて、ある場所へと向かった。そこは秋月の家。彼女は秋月に子供の誕生を報告するために、わざわざ足を運んだのだ。
彼はつい最近警察の元から釈放されたらしく、妊娠のことは知らない。けれど、きっと快く受け入れてもらえるはず。根拠はないけれど、妙な自信が彼女の期待値を高まらせていた。
――が、結果は言うまでもなく。
「は?もう俺ら、とっくに終わってるだろ」
千冬を道具としか見ていない秋月は、すぐに突き放した。もう関係は終わっている、頑なにそう言い張って。すぐに千冬を追い返そうとした。
「何言ってるの。終わってる……?なんで、この子……私達の子供だよ……?」
「だからなんだよ。そんなもん、作りたくて作った物じゃねぇだろ。いいからもう帰れ」
「ちょ、ちょっと待ってよ!秀次君!!」
扉を閉めようとする秋月を、千冬は必死に止める。彼の視線が再び自身の方を射抜くと、彼女は付け加えるように言葉を並べた。
「一緒に育てようよ、ほら……可愛いでしょ!」
まん丸とした赤ん坊の顔を見せつけても、秋月の鋭い表情は変わらない。そんな物に興味はない。喋らなくとも、そう思っているのがハッキリと見て取れた。
「ねぇ、秀次君。私……無理だよ?一人でこの子を育てるなんて……絶対に無理だよ?だからさ、お願いだよ」
「何度も言わせんな。帰れ、俺はもうお前のことなんか何とも思ってねぇ」
元から何とも思っていなかったが、それを知らない千冬からすれば、この言葉はかなりの凶器だった。秋月になら頼れる。そう謎に確信していた千冬には、絶望を突きつけられたのと等しかった。
「酷いよ……秀次君。ねぇ、なんで。私達……付き合ってたじゃん。別に秀次君が警察に捕まったからって、私は秀次君の事が嫌いになったりしないよ?だからさ、もう一度ゆっくり一緒に歩んでいけばいいじゃん!」
「はぁ、めんどくせぇな」
必死な千冬の説得では、秋月の心を一切動かすことができず。秋月は何度か退屈そうに頭をかいた後、蔑みの視線を向けながら千冬に言い放った。
「悪ぃな、一人で頑張ってくれ。俺、子供苦手なんだ」
バタン、と千冬だけを残して扉が閉まるこの光景は、何度繰り広げられたことだろうか。
予想外すぎる展開に、千冬はすぐに情報の整理ができず、暫くの間ただその場に立ち尽くしているのだった。




