20話:復縁
信じ難い現実を突きつけられ、頼みの綱を失った千冬はまさかの後戻り。今来た道を逆に辿って行き、たどり着いた先は蓮翔の家。
動揺して道を間違えたのだろうか。先程突き放された蓮翔の元へ戻るなんて、一体どういうつもりなのか。
息を荒らげながら扉の前に立った千冬は、その勢いのままインターホンを鳴らした。
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ピンポ~ンと本日二度目のインターホンが耳に届く。誰だろう……と、俺の足取りが恐る恐るゆっくりとなるのは、先程の来客のせいだろう。千冬母と千冬が俺の元へ訪ねてきたことにより、今の俺はインターホンに敏感になっていた。
「は~い……って、は?」
思わず目を疑った。なぜ彼女がそこにいるのかと。敏感になっていたとはいえ、本当に再び訪れるなんて思ってもいなかった。
「蓮君……あのね……!」
なぜそんなに息が荒いのか。なぜ再び現れたのか。色々と疑問に思う点はあるものの、今はただこの状況に困惑している。俺の目の前に、先程突き放したはずの天谷千冬がいた。
金髪を垂らしながらそこに立つ千冬は、次の一言で更に場の空気を混乱へと導く。
「私達、やり直そ!」
「は?」
「蓮君は私が浮気してるのが嫌だったんだよね。だからさ、やり直そうよ!!」
「……」
何を言っているのか、全くもって理解できない。前のめりに訴えかけるような彼女の言葉は、真剣を通り越して気味が悪かった。
「秀次君、警察に連れていかれたの!だからもう、私は独りぼっち。実質彼とはもう別れたようなものなの!だからさ、もう一度最初からやり直そ!」
「……」
正気とは思えない――と言うよりもう既に正気でない。一見平常を保っているように見える千冬の頭は、既に異常を来たしていた。
「ねぇ、いいでしょ?私達、幼馴染なんだから。少し揉めたくらいで崩れるほど……脆い関係じゃないよね?」
「……」
幼馴染という関係は、そうも都合のいいものなのだろうか。たまたま住む場所が近くて、通った学校が同じで、全て偶然の出会いが重なったことで生まれた関係のはずだ。言うならば、関わりの多い他人。
血が繋がっている訳でない、そこら辺の友達と同等の関係。ちょっとしたことで壊れるかもしれないし、死ぬまで尽きることの無い永遠の仲かもしれない。いずれにせよ、脆いか脆くないかを決めるのは、互いの関わり方だ。
踏み込みすぎず、離れすぎず。程よい関係を維持し続けなければ、大抵人間関係は終わりを迎える。
千冬は、自らその関係に終止符を打ったのだ。浮気という行為で。
「冗談じゃねぇよ」
「えっ」
――だから、俺は今の千冬の行動が理解できない。
正確に言えば、理解はできるけど話にならない。浮気がバレて元彼との縁も切れて頼れるのは浮気相手のみ。そんなタイミングで相手が警察に連れていかれ、独りぼっちになり。縁の切れたはずの元彼のもとへと復縁を迫る。
そんなの、冗談じゃない。
「やり直す?俺と、お前が?ふざけるな。本気で言ってるのか?」
「れ、蓮君。どうしちゃったの……?」
「どうかしてるのはお前だろ。秋月も消えて、ついに頭までおかしくなったのか?」
「酷いよ……蓮君。私、独りぼっちになっちゃうんだよ。秀次君がいなくなって、もう頼れる人がいなくなっちゃうんだよ。幼馴染として、何とかしたいとは思わないの?」
「知るか。言ったはずだ、もう俺に関わるなって。全部自業自得。浮気をしたお前が悪いんだろ」
「そ、そんなっ…。蓮君待っ――!」
ガチャりと扉を閉める。
千冬が何かを言おうとしたところで音が遮られ、最後に俺の瞳に映ったのはデジャブのような千冬の絶望する表情だった。
*****
秋月を失った千冬は既に精神的に限界を迎えており、判断力が鈍っていた。
「蓮君……どうして…」
他人の家の前で体を崩れ落とし、頬を伝う涙にはもはや気づかない。ひっきりなしに進んでいく怒涛の展開に、千冬の頭は故障していた。
「酷いよ……蓮君」
一番の加害者が被害者ヅラをするこの状況。浮気を重く捉えていない千冬にとって、なぜ蓮翔がよりを戻してくれないのかが、最大の謎だった。
蓮翔は言った。
じゃあ、秋月とは別れてくれるのか……と。
その時の千冬の言葉はどこか焦りが見えて、信用に値しなかったのかもしれない。が、今は違う。秋月は脅迫じみたことをし警察に連れていかれ、強制的に突き放された。つまり、実質的な関係断絶。
もう、千冬と秋月の関係は終わりを迎えようとしているのだから。
千冬はふらつくように立ち上がり、その場から立ち去って行く。これまた行先は不明。けれど、おそらく自身の家。
今の千冬には、もう我が家しか居場所が残されていないのだから。
――が、この時はまだ知らない。今以上に最悪な未来が、彼女に迫っていることを。




