17話:唯一の味方
ガチャりと閉められた扉の音を耳に残しながら、とぼとぼと千冬は帰路についている。
優しい幼馴染には見合わない、鋭い言葉。つい先日までは普通の彼氏彼女として、浮気を隠しながらも上手く接していたというのに。
秋月とも付き合った上で、蓮翔とも上手く付き合う。それが千冬の理想だったのに。
自身の欲をとことん追求した結果、最後に残ったのは想像以上に性格の腐った浮気相手だけだった。
人を上っ面だけで判断してはならない。今回の一連の流れで千冬がそれを痛感したのは、言うまでもない。
優しい人だと思って付き合った秋月も、浮気がバレて追い詰められた途端、醜い本性が表れ始めた。
あの時、告白を断れば良かった。浮気を選ばず蓮翔一筋を貫き通していれば、蓮翔との関係を失うことはなかった。が、いくらそう後悔したところで、今更遅い。浮気がバレたつい最近まで、秋月への好意は本物だったのだから。蓮翔と同じくらい、秋月とも付き合いたい。そう思ってしまったのだから。
仕方がなかった。全部、仕方がなかった。それに、もうどうでもいい。
秋月秀次という人間がどんなに腐った人間でも、千冬にはどうでもよかった。
直接酷いことをされた訳でもないし、何より、学校に居場所を失った彼女には今、彼しか味方がいなかった。だから、千冬は決意した。
これからは秋月と共に生きよう……と。
あれ程悪に染った人間でも、一応一度は好きになった人間。共に過ごしているうちに、悪いイメージは拭えるはず。
それに言い方を変えれば、これからはコソコソ隠れることなく秋月と会える。堂々と、ちゃんとした恋人として時間を共にできる。
……などと、自身に言い聞かせるように言葉を並べ、千冬の足は自然と動き出していた。
何度か行ったことのある、秋月の家へと。
唯一の味方、秋月秀次。信頼を失った千冬の唯一頼れる人間、秋月秀次。
きっと彼も、自分のことを求めているに違いない。そんな願望に近い予想を抱きながら、千冬は歩いた。
前を歩く母には先に帰っててと告げ、迷うことなく曲がり進み曲がり進み。
やがて馴染み深い道の先に、彼の家は見えてきた。
――その時だった。
「やっぱり、来ると思ったわよ」
背後から聞こえた、聞き慣れた声。
「えっ……」
それ以上喋れなくなったのは、驚いたからだろう。なぜ彼女がここにいるのか、どういう意味なのか。果たしてこの問いに、答えは存在するのだろうか。
そこには、奏音がいた。
艶やかな紫髪を風に靡かせながら、退屈そうに道路脇の塀に寄りかかり。
「連絡がとれなくて、心配になったんでしょ?」
「えっ?」
「まあ、そうよね。全てを失ったアンタには、秀次しか頼れる人がいないもんね」
「……」
意味のわからぬことを、ズカズカと言い並べてくる。これにより、元々混乱していた千冬の頭は更に促進され、思わず細々とした声で尋ねてしまう。
「連絡が……とれない……?」
「えっ、違ったの?嘘、てっきり秀次と連絡がとれなくなって心配になったから、家まで様子を見に来たのかと思ったわ」
「なに……それ。どういう……こと」
秋月と連絡がとれない。そういえば、今日は彼と連絡とってなかったな……などと思いながらも、千冬の頭は混乱していた。
「なんだ。知らなかったのね。いいわ、だったら教えてあげる」
声色からは真剣さが伝わってきて、けれどその嘲笑う表情を見ると嫌な予感がして。
お気の毒に、と言わんばかりの顔つきで奏音は言い放った。
「秀次、警察に連れていかれたわよ」




