15話:決別宣言
爽快に復讐を果たし処分を受け、俺の自宅謹慎生活は始まった。親には先生から連絡がいき、被害者の俺は怒られるどころか暖かく慰められ。けれどやはり内容が内容ということもあり、一時家の中を気まずさが漂った。
とはいえ、あれ以来とくに大きなアクションはなく、起きて食べて寝るだけの夏休みのような生活を送っている。罰として出された課題は量が多いものの、内容は簡単ですらすらと解けてしまう。
そんなこんなで3日過ごした俺の感想は、あれ……意外と快適じゃね?
謹慎。処罰。そんなワードに見合わぬ程の、楽な生活。勝手にハードな任務を想像していた俺からすれば、何の苦もない日々。むしろ、快適。
学校に通う普段の日常なんかよりも断然疲れないし、言っちゃ悪いが、この生活を得られるなら再び停学をくらいたいとも思う。
まあ、事情が事情だから甘く見逃されただけの可能性もあるが。
とにかく、俺は想像以上に楽な日常を送っていた。
――が、永遠に続くわけではないようで。
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何も起こらず。何も訪れず。
そんな楽で平和な日々が流れていたのは3日間の話で、その翌日。すなわち謹慎生活4日目に動きが表れた。
ピンポ~ンとインターホンが音を鳴らし、俺は落胆を浮かべる。
普段なら母さんに対応してもらう来客も、丁度買い物で不在につき俺が出向かなければならなかった。
はぁ~と不満を溜め息として全て吐ききった後、精一杯の作り笑顔で玄関扉を開く。
「はーい、どちら様でしょうか……って」
言葉を失ったのは不可抗力。
予想の遥か上を超える来客に、目玉が飛び出るどころか内側から色々と漏れ出そうだった。
「こんにちは……蓮翔君。いきなりごめんね」
「こんにちは…。どうされました?」
大きな瞳は母親譲りなんだな……などとどうでもいいことに思考を移し、逃避しようとした意識を現実に戻す。
千冬のお母さんだ。やや色素の薄い金髪に、千冬とよく似たパッチリお目目。そこにいたのは、千冬の母親。そしてその後ろに、千冬がいることにも気づく。
「ごめんね…。全部、先生から聞いたよ」
「……」
このタイミングでの訪問は不自然でない。むしろ、冷静に考えれば予想できたであろう。
今となっては印象が地に落ちた千冬も、一応俺の幼馴染。昔からの付き合いということもあり、家族ぐるみで関わることもよくあった。
皆俺と千冬が付き合っていたことも知っていたし、背中を押して応援もしてくれた。
そんな彼女らが娘の浮気を知ったらどうするか。無論、謝罪しに来るに決まっている。
千冬母は頭を低くし、同時に手で千冬に頭を下げさせていた。
「千冬が停学になったって、いきなり学校から連絡がきて。その原因が千冬の浮気だって聞いて。本当に……ごめんね」
「……」
「蓮翔君には昔から仲良くしてもらってたのに、本当に……ごめんね。迷惑をかけて、ごめんね……」
ひたすらに謝罪の言葉を羅列する千冬母。
何を今更。そのワードで埋め尽くされた俺の脳は、上手く機能をせず。ただぼーっと、彼女らの旋毛が視界に映るだけだった。
「ほら、ちゃんと千冬も謝りなさい」
小声で放たれた声もこの距離では丸聞こえ。
話しやすいようにと気遣ったのか、千冬母はもう一度「ごめんね」と言い残した後、少し後退りをする。
「……蓮君…」
その呼び方やめてくれ、と思ったのは初めてかもしれない。
千冬は細々とした声で俺の名前を呼ぶと、暫く黙り込んでしまう。
まあ、無理もない。
浮気をした挙句、散々言い争って、結局は学校全体を巻き込む復讐劇でどちらも謹慎。
そんな訳アリの男女を対面させたところで、話せるわけがない。
(めんどくさいな……)
心の中でそう思った俺は、性格が悪いのだろうか。いくら幼馴染とはいえ、また嘘で塗り固められた謝罪をされてもなんとも思わないし、かえって不快だ。
それ故、この無言でただ沈黙が流れるだけの時間は非常に無駄。謝るなら謝る、謝りたくないなら大人しく帰る。せめて、はっきりとしてほしいもんだ。
「あの……蓮君」
「……」
「私……その……」
「……」
言い出そうとして、黙り込む。言い出そうとして、黙り込む。そんな流れが何度か続き、ついに俺の方から諦める。
「もう、いいよ」
「えっ」
謝罪を述べたところで、どうせ嘘なのだから。もう彼女の言葉は、何一つ信用できないから。
完全に関係を断つのが妥当だろう。
そう思った俺は、後ろに立つ千冬母に聞こえるように、怒りを含んだ大きな声で言い放った。
「もう、俺に関わるな。クソ女」
ガチャりと扉が閉まる寸前、僅かな隙間から見えた千冬の表情は絶望に染っていた。




