12話:復讐の時⑶
教室に足を踏み入れた瞬間、俺の耳に一際騒がしい声が届いた。
「だから……ふざけんじゃねぇよ!」
叫び声、と言うよりは怒鳴り声。クラスメイトが蔑みの視線を向ける先には、声の主――秋月秀次がいた。
「俺が浮気?何言ってんだよ!こんな放送……デタラメだ!」
秋月が必死に訴えかける、この状況。大方、浮気を決定づける放送を聞いたクラスメイトに疑いを向けられ、必死に否定している。そんなところだろう。
が、そんな足掻きも無駄なようで。クラスメイトは尖った言葉を彼に投げていた。
「もう……無理だろ」
「浮気とか最低」
「全部、嘘だったのか」
もはや秋月の言葉を信じる者など一人もおらず。明らかな孤独空間が、彼の周りに完成されていた。
「だから……なんでそうなるんだよ。俺は……妻夫木をフった、フッたんだ。悪いのは……あいつ。全てあいつが悪い……。俺は被害者なんだ……信じろよ……!」
どんなに嘘で取り繕うとも、クラスメイトからの信頼は回復するどころか、むしろ自身の醜さを晒すだけ。
奏音の宣言通り、動かぬ証拠を突きつけられた秋月は、もう終わっていた。なんと言おうとも、状況が覆ることはない程に。彼は追い詰められていた。
「さすがに無理があるよ」
「奏音に謝らなきゃ……」
「秋月……最低だな」
秋月を見るクラスメイトの目は、呆れに染まっていく。ここまで追い詰められても尚、嘘をつき続ける彼には侮蔑しか浮かばない。
「なんでだよ……どうしてだよ。たかが放送如きで俺が浮気だと?そんなもん、証拠にならねぇ。俺は認めねぇ。俺は悪くねぇ。ふざけるな。お前ら……ふざけるなよ」
あまりの惨めさに、やがてクラスメイトは履けていく。もう相手にすることすら気が引ける。そう感じたようで、各々秋月を放置して席に戻り始めた。
「随分と無様ね」
その時。ガラガラガラ……と扉が開くと同時に、耳元に絡みつくような声が聞こえる。
見計らっていたのか。思わずそう疑いたくなる程のベストタイミング。
堂々とした足取りで姿を現したのは、奏音だった。
「ねぇ。今の気分、どう?」
「てめぇ……ふざけん…な…」
教室の状況を一目で把握した奏音は、勝ち誇ったような笑みを秋月に見せる。
「浮気をして、裏切って、嘘をついて。でも結局私に負かされて。ねぇ今、どんな気分?」
「調子にのるな…よ……」
奏音の挑発に、秋月は怒りを瞳に巡らせる。が、奏音は生き生きとした口調で放ち続けた。
「嘘だと思った?証拠なんてないと思った?残念、全部録音してたんだ~。ねぇ、悔しい?後悔した?浮気をしたこと……後悔した?」
「て…め…ぇ……許さねぇ…」
内に溜まったものを全て吐き出す。そんな奏音の姿は少し恐ろしく、けれど同じ立場の俺からすれば、爽快だった。
「許さない?別にいいわよ、いくらでも恨んでちょうだい。だって私は、あんたにそれだけのことをしたんだから」
「……」
「校内中に噂は広まり、今頃あんたは有名人。この学校のどこにも、あんたの居場所は無くなっちゃったんだから」
「て…め…ぇ、ふざけんじゃねぇ!!」
積み重なる奏音の言葉に秋月の怒りは爆発し、勢いよく彼女に掴みかかる。
「ふふ、そんなに怒るなんて…らしくないわね。誤魔化せばいいじゃない。嘘をつけばいいじゃない。いつものように、皆を騙せばいいじゃない!」
フッ、と奏音は鼻で笑って
「――まあ、無理でしょうけどね」
嘲笑うように、トドメを指した。
掴みかかってもなお崩れない、奏音の怒涛のラッシュに秋月はうろたえ。やがて、クラスメイトからの視線にも耐えられなくなり、逃げるように教室から立ち去る。
が、その先に待ち受けるのは、俺が貼り付けた大量の紙。
壁越しでもハッキリと聞こえる叫声が、教室内に響き渡るのだった。




