10話:復讐の時⑴
「達川、ちょっと来て……!」
4限目の授業が終わり、時刻は12時。昼休憩。机に身を委ねながら疲れを噛み締める俺の元へ現れたのは、奏音だった。
俺は言われるがままについて行き、たどり着いたのは屋上……ではなく、教室を出てすぐの廊下。奏音は足を止めると、手に抱えていた何かを俺に差し出した。
「頼みがあるの……!」
「これは……?」
俺は大量に重ねられた紙の束を受け取る。A4サイズ程の白い紙。重さや見た目から推測するに、軽く100枚以上はあるだろうか。
「今からそれを、校内中にバラ撒いてほしいの」
「えっ?」
突拍子のない彼女の願いも、その紙に書かれた文字を見たことで理解する。懐かしい、けれどつい数日前の出来事。確かにそこには、こう書かれていた。
『秋月秀次と天谷千冬は、浮気をしている』
太く、ペンで記されたその言葉は、数日前黒板に貼られた紙と同じで、千冬たちの浮気を主張するものだった。
「何でこれを……?」
バラ撒いてほしい。確かに奏音は、そう言った。けれど、急にどうしたのだろうか。彼女は数日前に、これと同じ内容の紙を教室の黒板に貼り付け、クラス内に噂を広めようとしたが、呆気なく失敗。それ故、再度試みようとする理由が、俺には分からなかった。
「急にごめん。でも、お願い!これも復讐のためなの……!」
頭を下げて頼み込む奏音。"復讐のため"…もしかして、奏音が昼休みに予告した秘策と、何か関係しているのだろうか。
わざわざ同じ失敗を繰り返すとは思えないし、何かこの紙を用いて企んでいるのかもしれない。だったら、尚更断る理由はないよな。
「分かった。これを、バラ撒けばいいんだな」
パァっと奏音の顔が明るくなる。
具体的に何を企んでいるのかは、分からない。けれど、奏音が復讐のために何かをしようとしているのなら、俺は全力でサポートするのみ。頼りっぱなしの俺にできる、せめてもの協力だ。
「ありがとう。これで私も、思う存分やりたいことができるわ」
「やりたいこと……?」
拳を握りしめながら放たれた奏音の言葉に、俺は問い返す。
「そうだ、まだ言ってなかったわね。私、これから放送室で仕事があるの」
「放送室……?」
そう問いかけたところで、俺は思い出す。確か、奏音は放送委員を務めていた。他人の委員会を知る機会などあまりないため、すっかり忘れていたが、前に話した記憶がある。
でも……それがどうしたというのだ。
「それで、今日の校内放送の担当は私なの。だから早く向かわなきゃいけないんだけど……って、やば!もうこんな時間!」
「あっ、ちょ……ちょっと……!」
俺の問いに、歯切れの悪い回答を残して奏音はその場を立ち去ろうとする。けれど、何か不安に思う点があったようで、再びこちらを振り向くと
「その紙、よろしくね~!」
念を押すように、再度俺に言い放った。
結局、奏音はそのまま立ち去っていき、思惑が分からぬまま俺はポツンと取り残される。が、これからやるべき、俺の予定は定まった。
紙をばら撒く。
はたしてこれに、なんの意味があるのかは分からない。けれど、奏音が必死に頼むからには何か思惑がある訳で、俺はセロハンテープを片手に階段を下る。
幸い、昼休みということもあり、教室で昼食をとる生徒がほとんどだったため、目立つことなく作業ができそうだ。
俺は奏音に言われた通り、紙を地面に撒いたり壁に貼り付けたり。絶対にやってはならぬ行為を、己の復讐心に任せて躊躇なく行う。
やがて、1階…2階…と紙をバラ撒き、ついに3階もあと少し。その時だった。
『秀次君……好き……大好き……!』
聞きなれた声が、頭上から聞こえた。




