表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/25

1話:決意の時

「秀次君……駄目だよ……こんな所で」


――これは現実か


「大丈夫だろ。誰も来やしねぇよ」


――これは本当か


「で、でもっ……見つかったら私達……」


――信じられない光景


「だから、誰も来ねぇって」


――そこに、俺の彼女はいた。




「ほら、言ったでしょ。あの子、達川の彼女よね?」


「……」


 放課後、クラスメイトの妻夫木奏音(つまぶきかのん)に言われて屋上に来てみれば、そこに俺の彼女はいた。

 艶やかな金髪に色白の肌と大きな瞳は彼女の物で、俺は言葉を失い立ち尽くす。


「あの子。大人しそうな見た目して中々やるわね」


「……」


 なぜ奏音は淡々と話し続けられるのか。俺には全く理解できない。だって……


 もう1人の男――秋月秀次(あきつきしゅうじ)は、奏音の彼氏なのだから。


 彼氏が他の女を抱きしめ、キスをし、身を寄せあっているのに、奏音は扉の隙間から澄まし顔で様子を見るだけ。


 止めに入る訳でも、声を荒らげる訳でもない。


 ただ静かに、彼らの様子を見守っている。


 対する俺――達川蓮翔(たちかわれんと)は、目の前の信じ難い光景に呆然とし、今にも倒れそうだ。

 なんで。どうして。……と、疑問ばかりが脳内をぐるぐると徘徊し、俺の思考を鈍らせる。


 天谷千冬(あまやちふゆ)――秋月とイチャつく女は、俺の彼女で幼馴染でもある。昔から仲が良かった俺たちは、高校入学を機に付き合い始めた。


「私と……付き合ってください」


 今でも覚えてる。あの日。放課後の教室で告白をされたあの日のことは。


 恥じらいながら千冬に気持ちを伝えられ、迷わず俺は受け入れた。


 だというのに。今目の前に広がるのは、彼女が他の男と愛し合う姿。

 少し躊躇いつつも、俺には見せたことのない幸せな顔つきで、みだらな行為は行われる。


 今すぐ止めなければ。


 そう思っても体は動かず。仮にも俺は千冬の彼氏な訳で、目前の状況を見逃す訳にはいかないのに、体が言うことを聞かない。


 恐怖、驚き、不安。様々な感情が俺の心にまとわりつき、歩む足を竦ませていた。


「ねぇ。どう思う?」


 俺が何も出来ず黙り込んでいると、奏音に真顔でそう尋ねられる。


「どう思う……って?」


 場に不適切な冷静沈着といった様子に、俺の混乱は増すばかり。思わず質問を質問で返してしまう。


「この状況についてよ。あんたはあの二人がどういう関係だと思う?」


「どういう関係って……あれはどう見ても……」


「はぁ、やっぱりそうよね」


 そう言って、彼女は再び扉の隙間から様子をうかがう。


 なぜそんなに落ち着き払っているのか。不可解な奏音の態度に俺の疑心は高まるものの、今はそれどころでない。


 俺たちが見ているのは浮気現場だ。俺の彼女――天谷千冬と、奏音の彼氏――秋月秀次が浮気をしている現場だ。


 あの様子――千冬と秋月が身を寄せ合う姿は、間違いなく恋人のそれ。ハグ程度ならまだしも、キスは一線を超えている。


「千冬……なんでだよ」


 状況を整理した俺を襲った感情、これは怒り。俺は、千冬に裏切られた。最近の彼女に変わった様子はなかったけれど、間違いなくこれは浮気。


 俺は、千冬に浮気された。


 その事実だけが俺の中に入り込み、砕けた。混乱に陥った俺の脳も、次第に冷静さを取り戻しこの状況を飲み込んだ。


 が、受け入れることはできない。いくら状況を理解しても、受け止められない。信じたくない。


 だって、千冬が浮気をするなんて有り得ないから。


 誰にだって優しく、お淑やかで清楚な雰囲気が魅力の彼女が、他人を裏切るようなマネをするはずがない。


 俺たちの関係は、本物だ。


 朝だって、待ち合わせをして一緒に登校した。今日だけじゃない。昨日も、一昨日も、その前もずっと。俺たちは学校外でも、ずっと一緒にいた。


 だから、千冬が浮気なんて有り得ない、あってはならない。千冬に限って、絶対に。


――が、いくらそう願ったところで、扉の隙間から見える僅かな景色が全てを物語っていた。

 

「秀次君……好き……大好き……!」


 見たことのない彼女の姿。見たことのない幼馴染の姿。見るに堪えない現実が、そこにはあった。


 人気(ひとけ)の少ない学校の屋上。ここは普段から生徒の立ち入りが禁止されているものの、出入りは至って簡単。入るなと注意を促しているにも関わらず、施錠はされていないし、屋上に繋がる階段を塞ぐ3角コーンも楽に跨げる。それ故、立ち入ろうと思えば簡単だった。


 が、そうは言いつつも禁止されている訳で、実際に人が立ち入ることは殆どない。無論、俺も奏音に連れられて今日初めて来た。


 そんな場所にわざわざ身を潜めてまで、千冬たちは浮気をしている。俺たちがいることなんて知らずに。どんどん目の前の行為は激しくなっていく。


「やめろよ……やめてくれよ」


 浮気現場を目撃し、千冬に裏切られた俺に残ったのは膨大な喪失感。


 思わず、力が抜けるように地面に崩れ落ちる。


「なんで……なんでだよ」


 何がいけなかったのか。何が間違っていたのか。考えたところで、答えは出ない。


 俺は千冬に浮気をされた。その事実だけが明確で、どんなに否定しようとも揺るがない。


 込み上げる感情に、俺の脳は限界を迎えようとしていた。


――とその時


「ねぇ。どう思う?」


 先程と同じ質問を、再び奏音に投げかけられる。


「どう思う……って?」


 意図の分からないその質問は、混乱に陥った俺の脳にさらに追い打ちをかける。


「彼女の浮気を知って、どう思った?」


「えっ……」


「実際にその現場を見て、どう思った?」


 なぜそんな事を聞くのか。

 疑問に思っても、尋ねはしない。奏音の目つきが真剣だったから。何か意味があるんだろう、そんな気がしたから。


 俺は、積もるに積もった心情を吐き出した。


「悲しいし……最悪だよ」


「……」


「今の今まで、全く気づいてなかったんだ。千冬は俺の事を、1番に見てくれてると思ってたんだ。馬鹿だよな、俺も」


「……」


 喋りだしたら、止まらなかった。

 渋滞していた数多の感情が、言葉と化して流れ出ていく。


「今朝だって、千冬は普通だった。いつも通りの千冬だった。たわいない会話をして、笑いあって、本当に……普通だったんだよ」


「……」


 違和感はなかったのか、そう問われたら迷わず「なかった」と答えるだろう。それくらい、千冬の態度はいつも通りで変わりなかった。


「だから尚更……悲しいんだ。いつも通りの千冬が、いつも通りの千冬の笑顔が、浮気を隠すために作られた"偽物"だったなら。俺は……悲しいし、悔しいよ」


「……」


 笑う千冬の姿。微笑みかける千冬の姿。それら全てが、作られた虚像だったのなら。彼女の恐ろしさは計り知れないし、込み上げる俺の感情もまた計り知れない。


「なんで……だろうな。なんで……なんだろうな。どうして……こうなっちまったのかな」


「……」


 千冬の性格からは想像できない、浮気という行為。それゆえ、"なぜこうなったのか"という問題は、単純なようで1番の難問だった。


 優しい彼女に、浮気をさせてしまう程の原因。真面目な彼女に、浮気をさせてしまう程の原因。もしかして……


「俺が……悪いのか?」


 千冬が浮気をしたくなったのも、してしまったのも、全て……俺のせい。


「俺が、彼氏として未熟だったから……千冬は他の男に……」


 1人で千冬を満足させられる人間だったなら。俺さえいればいい、そう思われるような人間だったなら。千冬が浮気をすることなんて、なかったんじゃないのか。


「そうだ……そうだよ、全部……俺が悪いんだよ。俺がもっとちゃんとしていれば。俺がもっと千冬の事を思っていれば。こんなことになんか、ならなかったかもしれないのに」 


 千冬が浮気をしたのは、俺よりも秋月の方が良いと判断したからだ。彼の方が一緒にいて楽しい、彼の方が自分を満たしてくれる。そう、思ったからだ。


 "全て俺のせい"


 そう仮定した途端、自分に対する侮辱が止まらなかった。次々と俺を貶す言葉が浮かび、どれも的を射ていると錯覚してしまう。


 情報に溢れた俺の頭は既に機能が鈍り、正常な判断ができなくなっていた。


 何が正しくて、何が間違っているのか。


 そんな簡単な事でさえ、今の俺には分からなかった。


――とその時


「自分を責めるんじゃないわよ」


 ずっと無言だった奏音が、口を開いた。小さく、けれど力強い声で。奏音は、俺の心を包むように言葉を並べていく。


「浮気をされたのは、アンタのせい? 全部、アンタが悪い? そんな訳ないじゃない……!」


「えっ……」


 俺の考えを、全て否定するような発言。屋上に聞こえてしまう、そんな事がどうでもよくなるくらい、俺の心に響いた。


「どんな理由があるにせよ、浮気が正当化されることなんてあってはならない」


「……」


「どんなにあんたが愚劣で、最低な男だったとしても、あんたのせいにはならない。悪いのはあいつら、その事実だけは絶対に揺るがないのよ……!」


「……」


 力の篭った彼女の言葉には、凄まじい説得力があった。俺は悪くない、悪いのは千冬たち。先程の俺と真逆の主張にも関わらず、信じてしまいそうになる。


「悲しい、悔しい、そうでしょうね。私だって秀次の浮気を知った時、死にたくなるくらい落ち込んだわ。どうして、なんで……って」


「……」


「でもね、いくら心を沈めたところで、何も変わらないのよ。何も意味がないのよ。その事実が消えることなんて、有り得ないのよ」


「……」


 最もすぎる奏音の言葉。彼女はいつから浮気を知っていたのだろうか。そもそも、千冬たちはいつから浮気をしていたのだろうか。次々と疑問が浮かぶ中、彼女は俺に言い放った。


「一つ、聞かせてもらうわ」


「……」


「あんたはあいつらに、何をしたい?」


「えっ……」


 予想の外をついた、意外な質問。千冬たちに何をしたいか。なぜそんなことを聞くのか、俺には分からなかった。


「私たちに隠れて浮気をしているあいつらを見て、あんたはどう思った? 悲しいんでしょ、悔しいんでしょ」


「……」


「ずっと自分だけを見てくれていたはずの彼女が、実はとっくに他の男に乗り換えてたなんて、信じられないんでしょ」


「……」


「それを全部自分のせいだなんて、冗談じゃないわよ! そんなの、ただ逃げてるだけじゃない……!」


「……」


 逃げているだけ。その言葉はどこか的確な気がして、俺の中にすんなりと入り込んだ。


 俺は、逃げていたのだろうか。自分が悪かったと決めつけ、考えるのをやめ、現実から目を逸らそうとしていたのだろうか。


「さっきも言った通り、あんたが自分を責める必要なんてない。どんな理由があっても、あんたが悪いなんてことにはならない。だから……」


 奏音は一呼吸ついて、


「もう一度聞くわ。あんたはあいつらに、何をしたい?」


「お……俺は…」


 千冬に裏切られた俺がしたいこと。千冬に裏切られた俺にできること。そんなの……


「悔しいんでしょ、悲しいんでしょ。だったら、やることは一つじゃない……!」


「お……俺は……」


 悔しさ、悲しさ。そして、入り交じる怒り。無論、これらの感情は千冬に裏切られたことで生まれたもの。


 この行き場を失った気持ちを、俺はどうするべきなのか。諦めて受け入れるか、仕方がなかったと見逃すのか。いいや、違う。


「俺は、千冬に……」


 今の俺がやるべきこと。それは、自身を悪者にすることなんかじゃない。


 浮気をされたのに、俺が悪かった? そんな訳が無い、奏音の言う通りだ。如何なる理由があろうとも、浮気は罪。悪いのは千冬らだ。


 だから――


「俺は、千冬に……あいつらに……!」


――なんと思われようとも構わない。どんな手を使おうが躊躇わない。もう、逃げない。現実を受け入れて、俺は絶対に……あいつらに……!


「復讐をしたい」


「面白そう!」「続きが気になる!」


などと少しでも思っていただけたら、是非ブクマや下の《☆☆☆☆☆》からこの作品の評価をお願いします!


モチベが上がり、更新頻度が高まるかもしれません。何卒、宜しくお願いしますm(_ _)m

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 彼氏彼女の浮気よりも奏音にドキドキするな、これは 怒り狂ってるのか、ただもう狂ってるのか、それが問題だ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ