#6 『伝説の存在!?僕はヒーロー兼冒険者!』
多くの人で賑わう酒場や人の出入りが激しい宿屋を尻目に、彼女は人も疎らで一風変わった姿の人々が目に付く"ギルドカウンター"と呼ばれる場所まで迷う事無く僕を連れて来た
「ヒーロー様、こちらに」
「あ、ありがとうございます……」
初めて出会った時にはバケモノだ何だと言われていたのに、今や崇拝の対象にでもなったみたいな変わり様で自分の事ながら恥ずかしく感じてしまう。
僕が言えた事じゃないけど彼女もかなり謎の多い存在というか、日本語も堪能だし僕の存在も知ってる風だしで気になる事だらけだ
「まずはどこから聞けばいいのか……」
「ご安心ください、ヒーロー様が納得のいく答えを持って参りましたわ」
そう言って自慢気に目の前で広げて見せたのはあの箱の中に入っていた説明書に似た一冊の本で、表紙には『伝説のヒーロー大全集』と日本語で書かれている
「こ、これって……」
「私の村で代々伝えられている伝説の書物です! この書に使われている素材はこの世界で作られた物では無いとの事で……過去には炎の中に在りながらも燃える事は無かったとも!」
そりゃそうだろう、きっとあの女神様が一枚嚙んでいるのだから神界で作られた素材だとか言われたって信じられる。もしかしてこの本ありきであんな適当な説明のままこちらの世界へ転生させたんだろうか?そうだとしたらとんでもない職務怠慢だぞ。と僕は次の一言を聞くのが怖くなっていた
「それでこちらに書かれている言い伝えによると……」
【いずれこの世に我らと同じ言葉を操る赤衣の者が現れるだろう】
【その者空より出でて巫女を救いこの世界すらもその背に負う】
【ヒーローと呼ばれる伝説の冒険者となるだろう】
「とあります!」
にわかには信じられない話だ……本当に彼女が言うようにこの本は、代々この世界で伝えられていた書物なんだろうか?
女神様も言っていたけど、転生する際に貰ったこの変身道具は"自分が求める力の象徴として"目に見える姿で顕現したはずじゃ……それなのに赤衣の男だとかヒーローだとか妙に特徴を捉えているし……
これじゃあまるでこの世界に来るずっと前から僕がヒーローとして転生する事が決まっていたみたいで……
「あの……ヒーロー様?」
「あっ、ごめんなさい! つい考え事を……」
「無理も有りません、私もまさか伝説のヒーロー様が"こんなにもお若い方"だとは思いませんでしたもの……」
「あ、あはは……あは?」
お若い方って……お世辞なんだろうが僕は三十路手前でやせ細った骨と皮だけの……いや、待てよ?そういえば僕は"転生"をしてるんだった!!
「その、鏡とか……?」
「はい、あちらに」
受付前の鏡に映った姿は僕が想像していたような野暮ったいボサボサ髪の日本人顔なんて物では無く、サラサラな青色の短髪でその顔はアイドルと見間違えてしまう程の美青年だった。年齢は十代くらいだろうか?三十も手前になるとこれくらいの青年は誰でも若く見えてしまって推察するのも難しく感じるが、精神年齢は変わっていないのだと分かって逆に少し安心する
背丈は生前と変わらない事から170㎝後半で、とにかく容姿に関してのみ特大上方修正を受けている様だ。右手を動かせばそれと連動して目の前の鏡に映るこの青年も手を上げる、なんだか詐欺にあっているような気分で少し気味が悪くなってしまう
「その本、もう少し詳しく見せて貰えますか?」
「えぇもちろんです!」
この書物が女神様の齎した物だとすれば、もっと何か重要な事が書き記されている可能性が……ダメだ、中身は僕の生前の来歴ばかりが書かれていて注意して読む部分も無く、あっという間に最期のページまで辿り着いてしまった
ん?最後の目次で記されているこの名前は……?
ヒイロ=ブライトネス
ヒイロ誕生……ヒイロ就職……この名前の主が奇跡的に日本という土地に産まれ、自分と全く同じ来歴を辿った人物という事は有り得ないだろうし、これが……この世界で生きる僕の名前だというのか?謎は深まるばかりだが一旦は目の前の女性から聞ける情報を一通り聞いてみよう。実際に住んでいる人間から聞けた物が何よりも役立つだろうと思いまずは簡単なプロフィールから聞いてみる事にした
「その……ところでアナタは?」
「ハッ!? 申し遅れました! わたくし、ヒーロー様を祀る村の巫女でマリア=バンルージュと申します」
「巫女様……?」
最初見た時には村娘の様な見た目をしていたこの女性が、来るかも分からない僕を祀っていた変な村の巫女様だって?確かに今では神に祈りを捧げる修道女のような装いだが……巫女と聞くと袴姿を想像してしまい頭の中で生まれた想像と実像の齟齬が目の前の事態を余計に混乱させているのだろうか?巫女方面の話はもっと詳しく聞いた方が良さそうだ。決して自分の趣味などでは無い事を留意していただきたい
「今回のように何か身の回りのお世話が出来ればと追って来たのですが……早速お役に立てたようで嬉しいです!」
「ヒーローの巫女って……もし僕が現れなかったらどうするつもりで……?」
「代替わりをするだけです、当代でもう二十代目なので」
「そ、そうですか……随分と遅れてしまって……」
急に罪悪感というか……この人の先祖だって僕が来るのを待ちわびて非業の死を遂げたんだろうかと考えるだけで胸が締め付けられる思いだ
「とんでもありませんわ! きっと現れるヒーロー様を祀る事、それだけが我々の村が外界と繋がる一つの証でした!」
「どれだけ噓吐きや異教徒だと迫害されようとも信じ続けた結果が此度の福音ですもの!!」
ごめんねぇぇぇ……迫害されてまで信じてくれたおじさんが髑髏のバケモノでごめんねぇぇぇ……
「それでその……ヒーロー様のお名前を伺ってもよろしいでしょうか……?」
「えっ……!?」
「その……これからもヒーロー様では何かと不便かと思いまして……」
言うのか?恐らくあの名前がこの世界での正式な名前で……にしてもあんなに恥ずかしい名前を、この信奉者に向かって!?この子にヒイロ様って呼ばせるの!?ヒイロでもヒーローでもそんな文字数変わらないのに苦笑いするしかなくなるでしょそんなの!!
「えっと……その……僕の名前……?」
「差し支えなければ……」
でもこの本の最後のページにデカデカと書かれてるし、試されているという可能性も……?これで「あ、天地です」とか言ったら偽物として磔にされるなんて事も考えられる……何よりこんな純粋な目で見てくる子に……
ヒーローが嘘吐ける訳ないでしょうが!!
「僕の名前は"ヒイロ=ブライトネス"ヒイロと呼んでもらって構わないよ?」
「ヒイロさまっ……///」
なんで頬染めてるんだよご都合主義か!いいよなイケメンはなぁ!
ヒーローであるヒイロ=ブライトネス
巫女であるマリア=バンルージュ
この二人の出会いこそが世界の運命を変えるのだった
そしてまたある場所では────
「ヒーロー……だと?」
また別の物語が動き出そうとしていた