#1 『"緋色"のヒーロー 天地正義登場!』
──逃げてください!ここは僕が!
善意の筈だった、昔から憧れていた正義のヒーローになれると思っていた
──君は何を考えているんだ!?
逃げるべきだったらしい。刃物を持った人間が暴れているのに……目の前には子供連れの人だって、老人だって居たのに……僕みたいな社会の荷物が死んだ所で誰も悲しまないんだから、せめてカッコよく死なせてくれたって良いじゃないか
──働けないなら黙って家の中に居ろ……
精神疾患を発症したのもこの正義感が行き過ぎた結果だった。他人の分の仕事を引き受けすぎて許容量を超えた工数をこなす事が出来ずにミスを産んで……多くの人から攻められた
──責任を取ってもらうぞ
困ってる人を助ける事が当然だと思っていた。自分のした事が間違いだなんて思いたくなかったから、自分の信念を貫き通して死ねればなんて思っていたのに……あの時の僕は誰かを助けようと動いた訳じゃなかったんだ
"死に場所を探していただけだった"
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「申し訳ありません、そろそろ起きていただいても……?」
「……はい?」
目が覚めると一面が白く無機質な病室の中で眠っていた。中々起きる事の無い僕に話しかけていたのは背中に純白の羽根を携え、その羽根色と同じ色のワンピースに身を包んだ赤髪の女性だった。胸元は腕の良い剣客に切り裂かれたのかと疑ってしまう程綺麗なVの字に開かれている
いつから眠ってここはどこなのか?なぜこの女性は自分の事を、というよりもその背中の羽根は何なのか?と様々な思考を頭の中で巡らせていると全てを察したように目の前の女性は説明を始めた
「まず、あなたの名前は"天地正義"二十八歳没、死因は精神疾患を苦にし線路への投身自殺という事になっていますね」
「投身自殺……僕がですか? つまり電車を止めたって事ですよね……?」
「はい、通勤時間での事だったので皆さん大変困ってらっしゃったみたいですねぇ……」
社会の荷物になろうとも必死になって生きていたのは誰にも迷惑を掛けないようにするためだった。自殺なんてどこで行おうが必ず誰かの迷惑になるんだから、それなら辛くとも頑張って生きようと思った。今は辛くともいつか何かが変わるかもしれないと信じて生きて来たんだ
なのになぜ僕はそんな事を……?
「貴方は自殺する数日前に歩行者天国での通り魔事件が起きた際、映像と共に全国ニュースで取り上げられたんですよ。自分以外の一般人を守ろうとしている所、駆け付けた警察によって犯人と共に取り押さえられる所まで」
「その様子を撮影していた学生がSNSを使って拡散して『ヒョロガリのくせに犯人に立ち向かうも一緒に取り押さえられる正義マン』としてインターネットでかなり多くの方々に誹謗中傷されていわゆる"ネットのおもちゃ"になってしまうんですね」
段々と思い出して来た、それで過去の経歴や実名も特定されて……親戚からも笑いものにされて親からは「仕方なく家に住ませているのに余計な事をして」なんて言われて……そんな生活に耐えられなくなって、追い詰められて……
胃の中から込み上げる胃液を吐き出す事もせずに飲み込んだ。目の前にいるこの人に迷惑を掛ける訳にはいかないからと……
「そんなこんなで自分が死んだという所までは理解していただけましたか?」
「にわかには信じられませんが……この記憶が正しいのなら」
単に夢を見ているだけでは無いと感じたのは、死の瞬間見た光景が脳に焼き付いて離れなかったから。生々しい悲鳴と鉄の冷たさはまだこの体に染みついて離れていないから
「では本題に入りますが貴方をもう一度別の世界で復活させてもよろしいでしょうか?」
「……待って下さい、もっと僕にも分かるように」
目の前にいる女性が人智を超えた存在であると背中に生えている羽根から察する事は出来ても、自分の処遇に関しては未だ理解の及ばぬ次元というか……この言い方は蘇りという訳でもなく新たな身体を与えられて別人として生まれ変わるという事だろうか?
「そういう事になりますね」
勝手に思考を盗聴しないで欲しい、だったら最初から全部わかるように説明してくれないだろうか?と考えていると得意の盗聴を活かして何故自分が転生しなければならないのかを説明してくれた
「実は私こう見えて本職は女神なんですよ」
そうだろう、そうとしか見えない容姿で逆に全然関係ないのかとも疑ってしまう程に女神に見える
「それで貴方の生きていた地球という世界の裏側には"もう一つの地球"が存在しているんです」
もう一つの地球……?随分とSFチックだがこの状況で言われてしまえば説得力は十分だ
「その世界を救うのが転生者として生まれ変わった"天地正義"の使命です。出来る限りの支援はさせていただきますし、基本的には私の代わりに動いてくれるだけで……」
「ま、待って下さい! そんな事を言っても僕は刃物を持った人間一人も取り押さえられない一般人で……」
「だから言ってるじゃないですか"支援はさせていただきます"」
そう言うと僕の目の前には五つの箱が現れた、それらは 赤 青 緑 黄色 ピンク の五色に分かれていた。まるで戦隊ヒーローが変身する時に使う道具みたいだ
「貴方にはそう見えているかもしれませんが、実際はその人が求める力の象徴が目を通して見えているだけなんです。つまり貴方が欲しているのは誰かを助けるヒーローの力なんでしょう」
「これが……僕の欲している……?」
幼い頃から見ていた戦隊ヒーローや変身する改造人間の特撮アニメが僕の人生を形作ったという事だろう。両親に強請って買って貰った数多くのグッズは僕の死後どうなっているだろう?なんて今になっても考えてしまうくらいには愛しているらしい
もしこれを手に取れば僕も誰かを救うヒーローに……
「なれますよ、貴方なら」
「……僕、この赤色にします」
「かしこまりました、では貴方を"一人目の戦士"として異世界に転生させていただきます」
一人目の戦士……ていう事は向こうの世界に送られるのは僕だけじゃないのか?……って!!
「ちょっと待って下さい! まだ使い方も何も──」
「地球の平和は君の手に掛かっている! 頑張れ負けるな"正義マン"!」
半ばバカにした様な物言いにも文句を言ってやりたかったし示唆された仲間の存在も気になった、なによりもこの"赤い箱"だけを手に僕は異世界をどう生きてけばいいのかと聞く前に僕は女神の前から姿を消した
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辺り一面深緑のここは女神の言っていた"別の地球"だろうか?ここだけ見ればこちらの地球は文明も伺えず西暦にも足を踏み入れてない様に思えるが、今はこの手に持った箱の中身を見る事が先決だろう。特殊な構造でも何でもない、本当に被さっていた蓋を外すだけで開く簡素な箱だ…
その中には説明書と共に腕時計ほどの大きさをした赤い物体が入っている。今までの経験則からすればこれが変身に必要な道具なんだろうと察せるが、念の為に説明書を確認するとこの道具は腕に着けて使用すると書かれている
図解されている通り左腕に巻き付けるとちょうど右手で引っ張れる部分に紐があり、これを引く事によって変身を可能にするみたいだ。説明書には他にも様々な事が書かれていたがゆっくりとこの場でしゃがみこんでいる訳にはいかないようで…
「キャーーーー!!」
「女の人の声……? でももしかしたらこの地方に住んでいる鳥の鳴き声って可能性も……」
「誰かぁーー!! 誰か助けてーー!!」
「こんな鳴き声の鳥が居る訳ないだろ! は、早く変身しないと……!!」
説明書には左手から伸びている紐を三度引く、そうすればこの体は何物も寄せ付けない正義を執行するだけの"ヒーロー"になれると書いている。言われた通りにするしかないみたいだ────
一度引けば獣の唸り声が体に響き
二度と引けば猛獣の鳴き声がこだまする
三度引きながらこの言葉を叫べばこの体は人を超える
「"超転生ッ!!"」
真っ赤な光に包まれた僕の身体を何か熱い物が覆っていく、身体の内から漲るパワーと滾る血潮は今まで思い描いてたヒーローを連想させる無敵の力だと感じる事が出来たんだ
この足は走れば一夜で千里を駆け、跳べば超高層ビルよりも高く飛ぶ
この腕は戦車の大軍を軽々押し返す力を持ち、目にも止まらぬ速さで打ち込む速さを備えている
そしてこの顔は────
「大丈夫ですか! 怪人は一体どこに!?」
『ピギャッ!? ピッピピ―!!』
目の前には液状で小さく可愛らしい生物の大軍が女性の周りを取り囲んでいた
恐らく魔物だろうその生物たちは突然現れた僕に驚いたのか森の中に逃げて行く。なんだ、僕の想像する怪人とは全然違ったみたいで少し残念だったけど…
「危ない所でしたね、お怪我は有りませんか?」
「ギャッ!? ばっ、バケモ────」
「お、お姉さん!? やっぱりどこか怪我を!?」
────そしてこの顔は
"真っ赤に塗られた般若の面で出来ていた"