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#12 『 闘争 → 逃走 』

 


 こちらの世界に来てから一度も名乗った事のない天地正義という名前を知る男、更には常軌を逸した怨念を身に纏わせる黒騎士の攻撃は、圧倒的な力を手にした筈のヒイロですら受け続ける事は困難だった。



 暗く狭い洞窟の中でも的確に急所を狙って放たれる拳や剣撃は、きっと自分の変身と同じ様に特別な眼を持っているからなのだろう。しかし同じ転生者である事が分かったと同時にヒイロにはどうにも腑に落ちない事がある。自分がこちらの世界に来る前の女神はこう言っていた



 "一人目の戦士として異世界に転生"



 ならば今もなお攻撃する手を休めない目の前の彼だって、この世界を共に救うため召喚された仲間の筈ではないのか? なぜこちらの身分を知りながらもこれほどの殺意を持って……



『キサマがくだらない正義感で……アイツの前にさえ立たなければ……』

『キサマより弱い少女を標的にする事なんか無かっただろうな!』



(僕の正義感で……? という事はこの人もあの交差点に──)


「答えろ天地ぃ……貴様の正義がどこにあったのか!」


「そして、なぜ襲われる女の子を前に一歩も動かなかったぁ!!」



 あの時の事を思い出そうとするとまだ頭が痛む。雨が降っていた交差点で、子供を連れた家族も、老人だって居た中で僕は一人犯人の前で……


 目の前の女の子……交差点で……僕はナイフを……襲われそうだった……?





「そんな子は、居なかった」


「────ッ!?」





 ヒュッっと大きく息を吸い込む音が聞こえると同時に黒騎士のどす黒い瘴気は更に激しさを増し、放たれた黒騎士の咆哮に恐れを抱いたかのようにこの洞窟全体が震えている。その声は怒りでどうにかしてしまった様にも、悲しさから漏れ出した泣き声の様にも聞こえた。



 その様子にヒイロの中で燻っていた疑念は確信へと変わり、なんとかこの黒騎士と会話が出来ないかと説得を試みるのだが……



「やっぱりキミは……何かを勘違いしているんじゃないのか!? 僕が覚えている事とキミが言っている事には明らかな矛盾があるんだ! きっと女神様の言うようにキミも僕の……」



「だぁまれええええぇぇぇ!!」



 限界を超えた怒りから繰り出された黒騎士の拳はついにヒイロの顔をまともに捉え、狭い洞窟内では衝撃を逃がす事も出来ず剥き出しの岩肌へと背中から激突した。目の前が明滅し呼吸をする事すらままならない、目の前では再度拳を振り上げる黒騎士の姿があるにも関わらず体は言う事を聞いてくれない。



(だから話を……聞いてってば……)



 自分の意思に反して振り下ろされる拳を受け入れるかのように体は前のめりに倒れ込む。そして黒騎士の拳はヒイロの顔を再び捉え、彼の意識をこの世界から切り離した。



 ──そうなる筈であった



「おいおいお兄さん、私は自殺志願者を救う気は無いんだけどねぇ」



 音も無く突如として現れた目の前の人物に、先程まで我を忘れるほど怒り狂っていた黒騎士も驚きのあまり振り上げた拳を動かせずにいた。この変身状態であれば洞窟の入り口でコインが落ちたとしても鮮明に聞こえるだろうし、動体視力はこの暗闇の中で放たれる超高速の拳ですら目視する事が出来たのに。



 更にはその奇抜な格好も不気味で、肩から手の甲にかけては飛行機の翼らしき物が付いているのに対して、その他の部分はエナメル質な素材を纏っているだけにしか見えない。いや、もう一つ特徴的な部分を上げるとするなら大型バイクのエンジンの様に鼓動している"機械仕掛けの靴"だろうか。体系的に見れば性別は分かり辛いが、声から察するに女だと思われる目の前の人物に対して黒騎士は警戒を解く事無く尋ねた。



「キサマ一体どこか──」


「しっ……来るよ"黒い人"」



 口元に人差し指を当てた彼女が言うと同時に、顔全体を覆っていたスーツの目元だけが緑色に光り出した。まるで電光掲示板のように一本の横線が暗闇に怪しく光ると洞窟内にはけたたましい爆音が響き、黒騎士の体はあまりの衝撃に洞窟の奥へと弾け飛びそのまま岩壁に全身が強く打ち付けられた。



「ぐぅ……! これは、衝撃波か……!?」


「違うね、これはソニックブーム。ただの"衝撃音"さ」



 『 私の音がようやく追いついた 』



「じゃあね、これは貰ってく。まぁまだ聞こえて無いと思うけど」



 彼女はそう呟いて未だ気を失ったままのヒイロを背負いクラウチングの体勢を取ると、機械仕掛けの靴から噴出する緑色の残像だけを残して黒騎士の目の前から忽然と姿を消してしまった。



「くそっ……鼓膜は無事か……?」



 よろよろと壁に手を付きながら立ち上がった黒騎士だったが、すんでの所まで追い詰めた天地正義をみすみす逃してしまったという実感が体の内側から湧き、再び込み上げてくる怒りと悲しみが彼の心を攻め立てた。



「天地正義……」



 この名を呟くだけで今にもここから飛び出し、今の女を追い掛けたい衝動に駆られるがあれだけの速度であればもう追いつけまい。黒騎士の脳内は怒りとは裏腹に冷静だった……が、だからこそさきほど天地正義が放った言葉を今でも鮮明に思い出せた。



「俺の事を……あの子の事まで覚えていなかっただと……?」


「ふっ……」



 吐き出す場所を求めた怒りを自分の内側に留め、次にあの男の姿をこの目で捉えた時に全てを放出しようと拳を強く握り、唇を嚙み締めながらも必死に耐えた。


 "蒼崎零士の使命は天地正義を殺す事"


 女神の言った事と彼が纏うこの漆黒の鎧は、果たして天地正義やシシド=アグリと同じ類の力なのだろうか?



 少なくとも彼がヒイロ=ブライトネスと共に世界を救う計画に、手を貸してくれない事だけは確かだろう。



 緋色のヒーロー天地正義、初めての敗北は彼と同じ世界から来た人間によりもたらされたのであった。



「さ、帰るよお兄さん。キミを助けた少女の所に」





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