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生徒会の外

 

「でも……そっか、だからソフィアはまだ婚約していないんだね」


 侯爵令嬢ほどの高位貴族であれば幼い頃に婚約が決まっていても良いのにという疑問が晴れた気がした。


 皇太子の求婚を断っているのに婚約するわけにはいかないだろう。


「そう、ですね。……本当はたくさん縁談の話は頂いているのですが、父には学園卒業まで待ってほしいと伝えてあります」


「学園卒業まで……?」


 ディランが聞き返すとソフィアは視線を宙に彷徨わせた。

 言うか言わまいか迷っているようだった。


 やがてソフィアはそっと口を開いた。


「……実は、お慕いしている方がいまして……、でもその方には既に婚約なさっている方がいらっしゃるので……、その方への想いを卒業と共に断ち切ってから婚約は考えようかと……」


 頬を染めながら恥ずかしそうにそう告白するソフィアの愛らしさにディランは目がやられた。


 それと同時に恋する乙女の顔をするソフィアに、ディランは少しだけ寂しさを感じた。



 ◇◇◇



 一歩生徒会室から出れば、そこにディランの安らぎはなかった。


「婚約者のランチを邪魔するなんてどう言うつもりかしら!?」


「わ、私はただ殿下とお昼を一緒に食べれたらな、と。……みんなで食べた方が美味しいじゃないですか!!」


 目の前で繰り広げられるどうでも良い言い合いに、ディランは2人からそっと目を逸らす。


(そんなことより早く昼を食べたいんだけど……)


 表面上は穏やかな笑みを浮かべつつもディランは疲れていた。


 まあ、どれも自分が強く言わなかったことの結果であって、ある意味自業自得ではあるのだが。


「私は殿下と食べるのです。平民風情は消えなさい!!」


「そ、そんな……酷いですわ、カサブランカ様……」


「そうだぞ、カサブランカ嬢。ジェシカは立派な令嬢だ」


 また面倒なのがやってきた、とディランは小さく息を吐いた。


 2人の女性の言い合いに口を出してきたのは、いつの間にかジェシカ親衛隊の隊長副隊長に就任しているヴァルターとアーガトンだ。


 生徒会の仕事を放棄し、今ではそこにいるジェシカと遊び歩くほど落ちぶれてしまった。


 昔から知っていて、それなりに友情を育んでいたディランにとって、それは初めかなり辛いことだったが、今では情も消えてしまった。


 友人とお茶会をしたいだろうに、いつも学園の閉門の時間ギリギリまで残って仕事をしてくれる副会長、ソフィアにディランはとても感謝している。

 ソフィアは「気にしないでください」と微笑んでいるが、健気な彼女の様子に余計に遊び呆けている彼らに怒りを感じていた。


「なぁ? ディランもそう思うだろ?」


 くだらないと何も聞いていなかったディランは旧友の声に現実に引き戻された。


「すまない、用事を思い出した。失礼するよ」


 皆の期待するような顔から逃げるようにディランは足を進めた。


 無性にソフィアに会いたい気分だった。




 ◇◇◇


 その日は一年が手伝いにくる日だった。

 まだ3回目ということで緊張しながらも意欲に目を輝かせた彼らだったが、生徒会室に入った途端に身動きが取れなくなった。


「あ、来たか」


「今日はありがとうございます」


 迎えに出たのはディランとソフィアだったが、一年5人はソフィアから目が離せずにいた。


 そんな一年の様子を見て、不思議そうな顔をするソフィアとは対照的にディランは気がついた。


「君が眼鏡を外したからかな」


「……そんなに変わりました?」


 カサブランカの呪いの眼鏡は知らぬ間に効力を有していたようだった。


「……きれい」


 フローレンスの口から溢れるように出た言葉にソフィアは少し頬を染めた。

 その様子に皆はまた目を奪われる。


「嬉しいけれど、私のことは秘密にね?」


 カサブランカの耳に入ってはいけないとソフィアが釘を刺すと、5人はコクコクと頷いた。

 その様子にディランは笑った。


「それでは仕事を始めましょうか、殿下」


「そうだね」


 王都一の劇団に行っても見られないほどの美男美女にフローレンスは「お似合いだ……」と呟いていた。




 ◇◇◇



「流石は殿下ですわ!!」


「今度、私に勉強を教えてください!!」


「何を仰っているの!? 次は私と試験対策をすると約束しましたの、邪魔しないでくださる?」


 そんな約束、した覚えがないんだけど……とディランは苦笑いした。

 サッと順位表を見て立ち去ろうと思っていたのに、面倒なことに巻き込まれてしまったと小さくため息をつく。


 ディランは内心辟易としていた。


 言い争う二人の後ろ、ディランはそっと順位表を見上げる。


 1番上にあるディランの名前の下にはソフィアの名前がある。

 入学時から変わることのないこの並び。

 それがディランにとって喜ばしく……いつも本人ではないのに誇りに思っていた。


 くだらない言い争いをする二人よりも、聡明で落ち着いていて可愛らしいソフィアをディランは好ましく思っていた。


 その下にはシュッセル伯爵令嬢の名前。

 試験の時にしか現れないと言う幻の令嬢だ。

 好成績を残しておいて、またしれっと学園には来ていない。

 それだけ優秀なら少しでも仕事を手伝って欲しい、とディランは少しだけ思った。


 ヴァルターとアーガトンは5位以内から転落していた。

 ジェシカと共に遊び歩いていたことを考慮に入れれば当然だろう。


「殿下、次は私と一緒に試験対策をして頂けますよね」


 肯定を期待するカサブランカと否定を期待するジェシカにディランは穏やかな微笑みの中、冷めた視線を送った。


「申し訳ないけど、それはできない。生徒会の仕事があるんだ」


 ディランはその彫刻のような美しい顔で微笑んだ。


「それに、僕は試験対策はしないからね」


 それだけ言うと、ディランはその場を去った。


 ディランには試験のための勉強は必要なかった。

 どれもこれも既に王城にて学んだことばかりであったからだ。


 それはソフィアも同じであった。


 試験直前の生徒会で、ディランは少しだけ心配になって勉強しなくて良いのか、とソフィアに聞いたことがある。

 しかしソフィアは「そんなことより生徒会の仕事を終わらせる方が優先です!」と言ってのけた。


 試験対策をそんなこと、で片付けてしまうソフィアにディランは笑った。


(今日も少し遅れてしまったかな……)


 きっと既に部屋の中に来ているソフィアに謝らなければと、ディランは重たい扉を開いた。



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