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ソフィア・エーレンフェルス

 

「そういえば、ずっと聞いてみたかったんだけど……」


 ようやく予算がまとまりそうな頃、最終確認の書類に目を通しながらディランはソフィアに話しかけた。


「はい」


「君のお父上、エーレンフェルス侯爵には前から会っていたが、君は社交界で見かけなかったな、と。この学園に来て初めて出会った気がする」


 貴族は12歳になると親に連れられお茶会などに参加し始める。

 17歳でデビュタントを経験し、夜会に参加できるようになるのだ。


 ディランは高位貴族、公爵や侯爵家の令嬢は全員把握しているつもりであったが、ソフィアのことはこの学園に来てから知った。

 エーレンフェルス侯爵家に令嬢がいるというのは知っていたが、お茶会やパーティーで会ったことがなかったのである。


 それがディランの中では不思議で仕方なかった。

 王宮主催のパーティーであれば病気だったり高齢だったり、余程の理由がない限り出席するのが当然なのに、侯爵夫妻は娘を連れていなかったからだ。


 この学園にソフィアが姿を現すそれまでは、病弱だとか、深窓の令嬢だとか言われていた。

 しかし、本人に会ってみれば病弱には見えないし、社交のスキルも一定以上ある。


「それはですね……」


 ソフィアは少し迷うような素振りを見せたが、ディランなら大丈夫かと口を開いた。


「隣国のイェルン帝国はご存知ですか?」


「勿論」


「そこの皇太子に妃にならないかと求婚されていたのです」


「そうか…………ん? は!?」


 ソフィアの爆弾発言にディランは思わず顔を上げた。

 冗談だろうとソフィアの顔を伺うも、彼女は真剣そのものであった。


「私が13の時、私は両親と共にイェルン帝国へ参りました。父は外務大臣ですので、その家族として……。イェルンで参加した皇族主催のお茶会で、イェルン帝国の皇太子に一目惚れされまして……」


「は?」


 驚きすぎて固まるディランのそばで、ソフィアは淡々と言葉を紡ぐ。


「両親が他国に嫁がせるのは嫌だと、無理矢理私を病弱設定にしました」


 ソフィアの両親であるエーレンフェルス侯爵夫妻は大の娘好きであった。

 他には息子しかおらず、唯一の女の子であったソフィアは天使のように愛らしいと可愛がられていた。

 そんな愛しの娘を他国の、しかも皇族、しかも次期皇帝に嫁がせるのは大反対だった。

 皇太子が娘に一目惚れし、その場で結婚を申し込んできた瞬間に侯爵一家はイェルン帝国を出た。

 イェルン帝国は理不尽にも娘を奪う敵国として認識されてしまったのである。


 帰国後も、どうにか嫁にくれ、というイェルン帝国からの手紙に言葉をオブラートに包むこともせずに拒否の言葉を述べ続けた。

 娘を病弱設定にするのは少し憚られたが、他国に嫁がせるならそれくらいの犠牲、大したことはなかった。


「私が学園に入学する少し前、ようやくその皇太子様が正式にご婚約されたので、病弱設定解除と学園に通う権利を手にしたのです」


 ふとソフィアが手元の書類から顔を上げると、自分を見つめているディランに気がついた。


「……で、殿下?」


「……あぁ、ごめん」


 麗しの王子様に見つめられて何とも思わない令嬢はおるまい。

 ソフィアも例に漏れず、その一人であった。

 おかしなことを考えている場合ではない、とソフィアは自分に喝を入れて再び書類との睨めっこを再開した。


 一方のディランは大変困惑していた。

 ソフィアの話は冗談のようにしか聞こえないが、ソフィアの顔や声色は至って真剣で、本当だった。

 そもそも、ソフィアはあまり冗談を言うタイプの人間ではない。


 つい、じっと自分と向かい合って座る令嬢に見入ってしまった。


 確かに彼女は素晴らしい令嬢だ。

 学業優秀で、外務大臣の父を持つソフィアは大変語学に堪能であった。

 ディランが試験で唯一ソフィアに勝てない教科は語学だった。


 それにプラチナブロンドの髪は自分のものよりも細く柔らかく、美しい令嬢だ。


 目が悪いのだろうか、黒い眼鏡だけが、その姿に馴染んでいなかったが。


「……ソフィアは目が悪いのかな……?」


「いえ、そんなことはありません」


「それならどうして……」


 元々美しい令嬢ではあったが、その眼鏡が邪魔をしているようにしか見えない。

 髪飾りや私物にはセンスがあるのに、妙にそれだけおかしいのだ。


「これは……カサブランカ様に頂きましたわ」


 ソフィアは微妙な顔をしながら、かけている眼鏡に手を添えた。


 ディランはカサブランカの名前が出た時点で嫌な予感しかしていなかった。


「それは……、ごめん」


 まだ私何も言っていませんのに、とソフィアは苦笑する。


「生徒会入りが決まった際にご挨拶してくださって……」


 ご挨拶という名の脅しだが、言葉にしなくてもディランには薄々伝わっているようだった。


「学園では是非おかけになって? と渡されました」


 父が外務大臣であるソフィアは少しくらいカサブランカに反抗しても許される立場であった。

 しかし、平和第一のソフィアは波風立てないためにそれを受け入れたのだ。


(……ジェシカ様がいらっしゃってよかった)


 今はジェシカ様のような、あからさまに殿下に近づこうとする令嬢がいるからカサブランカはそちらに意識を割いている。

 だが、もしもジェシカがいなかったら標的にされるのは殿下と同じ生徒会室に出入りする自分かもしれなかったのだ。


 その点、ソフィアはジェシカに感謝していた。


「……邪魔ではない?」


「邪魔と言ったら邪魔ですが……」


 もうあまり違和感を感じることはなくなった。

 たまに耳が痛くなるくらいだ。


 ソフィアがこれを渡してきたときのカサブランカとの会話を思い出し、苦笑いをしていると、向かいに座っていたディランがサッと立ち上がった。


 どうしたのだろうとソフィアが内心首を傾げていると、回り込んだディランはソフィアの隣に腰を下ろした。


「えっ……」


 突然のことにソフィアの思考が止まった。


 相変わらず距離感がおかしいディランと、常識的な距離を知っているソフィアは噛み合わなかったのだ。


 ディランはそっとソフィアの眼鏡に手をかけると優しく外した。


 驚きすぎて動けないソフィアの顔に、ディランも固まった。


 眼鏡を外したソフィアの顔は学園で1番美しいと言われるカサブランカよりも、1番愛らしいと言われるジェシカよりも整ったものだったのだ。


 その眼鏡はその美貌に嫉妬したカサブランカが「不細工になれ、地味になれ、凡人になれ」と一晩呪いのように言葉をかけ続けた代物だった。


(これは帝国の皇太子が一目惚れしたのも分かる)


 ディランはぼんやりとした思考の中、そう思った。

 自分よりも薄い水色の瞳は水晶のようで、肌は驚くほどきめ細かい。

 もしも人々が言う天使や女神がこの世にいたならば、この様な姿なのだろう。


(これは侯爵夫妻が溺愛するのも分かる)


 一人娘がこれだけの美人だったら、それは親も入れ込んでしまうだろう。


「これは、外した方が可愛いと思うけど……」


 ディランが真っ正直な感想を述べると、ソフィアは顔を赤く染めた。

 その愛らしさにディランは撃沈した。

 自分の顔の威力を知らないところは似たもの同士な二人だった。


「か、か、かわい、い……!?」


「……うん、生徒会室では外そう。作業の邪魔だろうし……、この部屋にはカサブランカは入ってこれないから心配する必要もない」


 ディランは気持ちを落ち着かせ、そっと微笑むと眼鏡を机に置いて立ち上がった。

 ようやく離れてくれたディランに、ソフィアはホッと息をつく。


 その後、恥ずかしさのあまりソファにあったクッションを抱え込むソフィアの姿がおかしくて、ディランは笑った。




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