生徒会一年
「ソフィア嬢、ここなんだけど……」
ディランが前に乗り出すと、突然のことにソフィアはパッと頬を染めた。
今日も出席は2人だけの生徒会。
「は、はいっ」
いつも女性の方から近づいてくるので、自分から近づくときの距離感がよく分かっていないディラン。
いきなり至近距離で学園一と謳われる美貌を目にしたソフィアは自分の鼓動が早くなっていくのを感じていた。
忙しない心臓をなんとか落ち着かせ、聞かれたことにしっかりと答える。
ディランがソフィアに聞く殆どの場合は、どうすれば良いのか分からないのではなく、これで大丈夫か、という確認の類のものだった。
ソフィアも同様で、優秀な二人は仕事ができる人間だった。
「ありがとう、ソフィア嬢」
にこりと微笑まれてソフィアはまた自分の頬が赤くなっていくのを感じていた。
真顔が既に美しいディランは、自分の微笑みにどれだけの威力があるのかを知らなかった。
「…………ソフィア」
「ん……?」
「ソフィア、とお呼びください。いちいち嬢をつけるのは面倒でしょう……?」
呟きのような小さな声は、静かな生徒会室ではよく響いた。
ディランは少し驚いたように目を見開いたが、また太陽のような笑顔を浮かべた。
「分かった、そう呼ばせてもらうよ、ソフィア」
◇◇◇
「……この仕事の量は何なのかな……」
「……年度の始めですから……仕方ないです」
すっかり二人が定着してしまった生徒会室で、今日も二人は黙々と仕事をしていた。
「この学園のどこにこれだけ仕事があるんだ」
「正直、それは先生方の仕事では? というものはありますよね」
ソフィアは小さくため息をつきながらも手慣れた手つきで書類を捌いていく。
この王立学園の生徒会員となることは一般生徒にとっては名誉そのものである。
将来の素晴らしい職場への就職が約束されるのだ。
しかし、王子であるディランにも侯爵令嬢であるソフィアにもそれはあまり必要のないものなのだった。
「……ですが、今日は少し楽しみです」
「え……?」
「あら、殿下お忘れですか? 今日は……」
ソフィアが口を開きかけたとき、遠慮がちに生徒会室のドアをノックする音が聞こえた。
この代に代替わりしてからこのようにノックされることはなかった。
「「「失礼します!!」」」
大きな扉がゆっくり開き、緊張した面持ちの生徒が5人、入ってきた。
「……すっかり忘れてた」
「……殿下、お疲れなのでは?」
5人の生徒の胸には生徒会の証である金色のブローチが輝いている。
「ご挨拶に参りました。これから1年間よろしくお願いします」
1人が頭を下げると、それに続くように4人も頭を下げた。
この学園は2年制であり、ディラン、ソフィアたちは2年生であった。
入学試験で上位5名に入った新入生は1年間、生徒会の手伝いとして生徒会の実務に携わることになっている。
しかし、あくまで仕事を学ぶ、というだけであり頻度は週に一回と定められていた。
「……何もお菓子を用意していないんだけど」
「……ご安心ください、殿下。持ってきました」
「……ありがとう、ソフィア。お茶淹れてくる」
「……了解です」
生徒会の応接室に新入生を案内した後、二人は急いでお茶の用意をした。
生徒会はブラックだが、設備だけは素晴らしかった。
王族であるディランがお茶を運んでいくと、新入生たちは手伝おうと慌てて立ち上がるもディラン本人によって制される。
この学園で1番地位が高いであろう人物にお茶を淹れられる状況に新入生たちはすっかり怖気付いてしまった。
「ミルクレープか」
「はい、みんな大好きミルクレープです」
一方のソフィアが持ってきたのは屋敷のシェフに作らせたミルクレープ。
甘いものが大好きなソフィアの頬は心なしか緩んでいた。
「では挨拶しようか。会長のディラン・リンデンブルクだ」
「副会長のソフィア・エーレンフェルスです。よろしくお願いします」
今年の生徒会員5名は男子4人、女子1人だった。
一つ下の後輩は緊張した面持ちながら順に挨拶していく。
1番最後は薄い茶色の髪の令嬢だった。
その桃色の瞳を自信なさげに彷徨わせていた。
「フ、フローレンス・エーリアで、す! よろしくお願い、します……」
一際緊張していたフローレンスの挨拶にディランとソフィアはそっと微笑んだ。
その優しげな微笑みにフローレンスはホッと安心した。
この中で1番身分の低い子爵令嬢であるフローレンスは何か粗相をやらかしてしまうのではないかと不安で仕方なかったのだ。
「……あ、あの残りの方は……?」
全員の自己紹介が終わったところで、1人の一年生が口を開いた。
その一言にディランとソフィアは硬直した。
「……あぁ、残りは……」
「……しばらくは生徒会は2人と認識して頂いて大丈夫かと……」
「すまないな」
2人が微妙な顔をしたことで、掘り下げるのは良くないかと質問をした伯爵令息は身を引いた。
しかし2人が言葉を濁したとしてもすぐに判明してしまうことではあったが……。
「殿下、それでは今年は『付き人』が出来ませんね……」
「そう、だね。問題だ」
生徒会には2年生と1年生がペアを作り、その人から仕事を学ぶという制度があった。
ディランもソフィアにもそれぞれ近くで1年間学んだ人がいた。
しかし今は2年が2人しかいない。
「2人でみるか……」
「そうなりますね」
2人は同時にため息をついた。