2人だけの生徒会
「……また二人だけか……?」
「はい、殿下」
学園の制服を着こなした金髪の美青年は机に突っ伏した。
その前に立つのは遠くを眺めて、悟りを開きかけている令嬢。
静かすぎる生徒会室は、まるでお通夜のようだった。
「……ヴァルターはどうした」
「ヴァルター様は本日、ジェシカ様のところへ行かれるそうです」
宰相の息子の名前を呟く第一王子……ディランに令嬢……ソフィアは淡々とした声で返した。
ソフィアの返事に再びディランは机に突っ伏す。
「……アーガトンはどうした」
「アーガトン様は本日、ジェシカ様に用があるそうです」
「……こいつもか」
由緒正しい公爵家の子息はディランの昔ながらの友であった。
少しの望みをかけたディランだったが、またも撃沈する。
「……シュッセル伯爵令嬢はどうした」
「シュッセル様は生徒会役員になるほど優秀な方ですが、学園にいらしていません」
「…………」
ソフィアの言葉にディランはその美しい青い瞳を濁らせる。
ソフィアは未だ遠くを見つめて、心ここに在らず、という様子だった。
「今年度も屋敷に引き篭もりたいそうです。学園も試験以外はいらっしゃいません」
「嘘だろ……」
もう何回目か分からない、ディランが項垂れると、ソフィアは口を開いた。
「先日、シュッセル様のところに伺いました」
「おぉ!」
「屋敷の中で出来るお仕事ならなさるそうです。今は『テレワークの時代』だと仰っていました」
「家から出てこい!!」
希望の光が見えた、かと思いきや全くそうではなかった。
ディランのいつもはピンと伸ばされた背筋は見る影もない。
しばらく生徒会室には無言の時間が流れた。
沈黙を破ったのはディランだった。
「……取り敢えず、始めようか」
「そうですね」
二人は僅かに瞳に光を取り戻すと、机に積まれた書類に手を伸ばした。
貴族が通うこの王立学園では入学試験の上位5名が自動的に生徒会員となることが定められていた。
この年の第一位はこの国の第一王子であり王太子確実と言われるディラン・リンデンブルク。
金髪碧眼のとてつもない美青年、一位に輝くほど勉学もでき、剣術にも長けた文武両道の秀才だ。
王子らしく現在生徒会長を務めていた。
第二位には外務大臣を務めるエーレンフェルス侯爵の令嬢、ソフィア・エーレンフェルス。
緩くウェーブのかかった金髪をシンプルなハーフアップに結い上げ、真っ白な肌とは正反対の黒い眼鏡をかけている。
その落ち着いた言葉や控えめな態度は令嬢の鑑だと隠れファンを持つ才女である。
第三位には宰相の息子のくせに現在職務を放棄しつつあるヴァルター。
第四位には引き篭もり令嬢のシュッセル伯爵令嬢。
第五位には第1王子の旧友のはずが、大切な友を裏切りつつあるアーガトン。
この生徒会が発足した当初は何の問題もなかった。
シュッセル伯爵令嬢は学園へやって来ることはなかったが、それ以外の4人で仕事量が膨大な生徒会を回してきたのだ。
それが狂い始めたのは、学園に1人の男爵令嬢が入学してからだ。
ピンク色の瞳に愛らしい笑顔、元平民の男爵令嬢、ジェシカはその天真爛漫さで次々と男性たちを虜にしていった。
始めは男爵家の人間や伯爵家の人間を相手にしていたジェシカだったが、最近は高位貴族に手を伸ばし始めた。
そしてとうとうヴァルター、アーガトンは陥落したのだった。
……その間、僅か1ヶ月。
最近ではこの学園で間違いなく1番の優良物件であろうディランに話しかけている現場を目撃されている。
そんなジェシカに日々きつく当たっているのが殿下の婚約者であるカサブランカ公爵令嬢だ。
艶やかな黒髪に気の強そうな瞳、麗しの美女だ。
……ただ、性格が些か過激で悪かった。
殿下に話しかけるジェシカを毎日のように取り巻きと共に囲み、厳しい言葉を浴びせる。
時には手も出ていたが、ジェシカの元にはすぐに彼女の親衛隊である殿方達がやってきた。
その度に修羅場が生まれるのだが、始めはビクビクしていた周りの生徒達も、今では日常の一部となってしまっている。
殿下に恋する平民出身の特待生と、その令嬢をいびる公爵令嬢、そして女の子なら誰もが一度は憧れる美しい王子、これはまるで……。
「悪役令嬢ものだわ……!」
「ん? 悪役令嬢?」
ディランの前で書類に目を通していたソフィアの呟きにディランは顔を上げた。
「あら、殿下、ご存知ありませんか? 今女性の間で流行っている物語です」
ソフィアは自分の鞄の中から何冊か本を取り出した。
その表紙には確かに『悪役令嬢』と書いてある本もあった。
「読んだことはないかな……。どんな話?」
ディランはソフィアから本を受け取るも首を傾げた。
それもそのはず、この多忙な王子には小説を読む時間など殆ど残っていないのだ。
「少し前は平民や身分の低い令嬢が王子様と結ばれるシンデレラストーリーが主流だったのですが、今はその時に断罪される王子様の婚約者、悪役令嬢を主人公にした物語が流行っているのです」
ソフィアは器用にも今年度の予算に目を通しながら話をする。
向かいに座るディランもまた耳はソフィアに傾けながらも羽ペンは止まることがなかった。
「婚約破棄を言い渡されて隣国に行って玉の輿に乗ったり、王子とヒロインに断罪返ししたり、平民としてスローライフを送ったり……と色々ありますが、その状況にとても似ているな、と」
「そうなんだ……」
机には未だ未処理の書類が山積み。
もう既に生徒会室に来てから2時間が経とうとしているが、秀才で要領の良い2人でさえ未だ半分に到達したところだった。
「……殿下なら無理矢理彼らを来させることも出来そうですが」
「無理矢理連れてきても不満たらたらでこの部屋にいられたら迷惑だ」
「……それもそうですね」
「ソフィア嬢には悪いけど」
それでも淡々と作業を行えるのは、1人でも他人がいるからだろう。
自分一人ではきっと投げ出していた、とディランとソフィアはそれぞれ心の中で思っていた。
生徒会室には生徒会員以外の生徒は入ることができない。
重要なデータや書類が保管されてあるからだ。
そのため、学園でいつも付き纏ってくるジェシカやカサブランカが入ってこれないこの場所は、ディランが唯一安心できる場所でもあった。
「……少し休憩にしませんか?」
「そうだね……、少し疲れた」
「お茶、淹れてきます」
「ありがとう」
「いえ」
ソフィアが席を立つと、ディランはソファに沈んだ。
(……疲れた)
朝からあのキンキンとしたカサブランカの声を聞き続け、異様に甘ったるい声を出すジェシカに話しかけられて、2人がかち合えば修羅場に巻き込まれる。
放課後は5人分の仕事を2人でこなさなければならず、学園から帰れば王子としての公務が残っていた。
幸い学園で習うものは入学前に一通り王城で学んでおり、勉学に関して心配がなかった。
ただ、精神的にも肉体的にもきつい生活を送っているのは確かだった。
「……お疲れですね」
「ありがとう、ソフィア嬢」
紅茶とちょっとした茶菓子を持ってきたソフィアにディランは少し微笑んだ。
ソフィアは途端にピシリと固まり、お盆が手から落ちかけた。
「危ない!!」
「わっ、す、すみません」
何とかソフィアはお盆を持ち直し、紅茶をテーブルに置いた。
「ごめん、驚かせてしまったかな」
「……いえ、殿下のせいではありませんわ」
(……仕事のし過ぎで体に支障が出たか……)
心配げなディランの視線にソフィアは気づかないまま茶菓子を並べる。
2人のつかの間の癒しのティータイムが始まった。
短いお話です!
よろしくお願いします!!