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第九十七話 選んだ答えは、答えにならない(後編)(最終話)

 神堂の前で乙姫は浮遊しており、桃を抱きしめている。

 徐々にふわりふわりと空から降りてきて、月明かりが差し込む。桜がふわりと大きな風に花弁がながされ、夜の匂いがした。

 体温のない温かみ、実態のない手触り、全てが桃の優しさで出来ている。幽霊とは何も触れても感じない、だからこそ乙姫は改めて自覚し泣いた。

 次々と誰か様は一つ残らず腕に包まれ天に昇っていく。水子たちは黒から白へと染まり浄化されていく。次々と赤子の鳴き声が消えていく。

 でも桃は乙姫に触れれば触れるほど、体が消えていき、すでに四肢はない。

 体も薄く消えかけていて、乙姫は慟哭した。

「桃、やだよお!!」

「しっかりしろ。これからたくさん、お前にはもっと楽しい出来事がある。80年あるうちの数年だ、そのために全てを台無しにするな」

「なんでそんな話しするの!」

「お前はわかっているはずだ、僕がどうなるかは。良い子だろうお前は。あとでみんなに謝るんだぞ、できるな?」

「そんなの……ッ」

「できるな?」

「……うん、だから、だから」

「お前には感謝してる。出会えて良かった、ありがとう、お前のお陰で僕は子供のままでいられずに済んだんだ。片思いも失恋も知る行為ができた」

「それって……」

「来世ではお前のような女と出会えるように、願いたい。今度こそ、両思いになれたらいい」

 桃は儚笑を浮かべるとかき消え、乙姫は顔をうつむけ、泣きじゃくった。

 その場には、市松たちだけが残り。

 乙姫は、小さく謝った。


「失恋じゃなかったんだよ、桃。……桃……」

 ごめんなさい、と呟いた。

 貴方の成仏を縮めたことも、貴方たちを消そうとしたことも。

 そんな思いを込めて、乙姫の反抗期とも言いきれない失恋が終わった。







「桃がね、有難う、出会えて良かったって言ってたの」

 保護された乙姫はホットココアを事務所で輝夜から貰って、涙を落ち着けていた。

 一年近く経っても塞ぎ込んで泣いていると聞けば、話を聞くよと従姉妹魂を見せつけてやろうと思うのだ。

 輝夜は特別奮発したお菓子を用意して話を聞いてやる。


「私が消したみたいなものだったのに……私、ずっとジェイが好きだと思っていた。

 でも、好きだったのは桃だったかもしれない……ジェイは突然居なくなっても諦めても、桃はずっと側にいなきゃ嫌だったな」

「うん、まあ。もう今となってはそんな決めなくてもいいんじゃないかな、どちらも大事だってこともあるよ」


 輝夜は脳裏に消えていった吉野を過らせてから、感傷に浸り。

 隣の部屋でレースゲームに勤しんでいる市松を指さす。

 指をさされた市松は手をひらりと振り、雄叫びをあげた。

 レースゲームのネット通信で最下位になったらしい、輝夜はあのときの出来事を思い出すだけで恥じ入り、頭を抱える。自分らしくない子供っぽい甘えを受け入れられたのだ。


「こんなのを居候させる自分自身にも驚くのだから、人生何が起こるかわかったもんじゃない。予想外のものは大事に受け止めていこう」

「まあ、先生ったら! こんなのだなんて、ひどいんですから! せっかくお引っ越しを断って、行っちゃ嫌だっていうから先生を選んだのにいけず」

「だから私も君に住処を用意してやったのだから、おあいこだろう」

「……に、しても。吉野も思いきった行為をしますね。人間を愛しすぎて、人間になりたかった鬼だなんて、笑っちゃう」

「……おなじ時を歩みたいから、と言っていた。今も私たちのそばにいるんだろうかな、そこがよく分からないんだ」

「いるんじゃないかしら。あの気配は中々消えませんもの」

「君は誰が吉野なのか分かるのか」

「さあてね、内緒よ内緒。こういうのは人が教えるものじゃないの。ミミニーを探せだって、まるつけてあったらつまらないでしょ」


 市松はお茶を飲んで、輝夜が奮発した乙姫のぶんの茶菓子にまで手を伸ばそうとやってくるのだから、輝夜は腕でガードする。

 乙姫は笑ってからうつむいて、涙をようやく止めた。


「この浄化の力も。輝夜さんの依頼に役立つかもしれないね。そしたら任せて、二代目頑張る」

「おっと、一代目をさっさと亡き者にしないでくれよ。ははあ、元気がでてきたね。ラーメンでも食べに行こうかね」

「先生、めでたいときはお寿司よお寿司。乙姫さんの門出に素晴らしいじゃないの。受験も推薦決まったんでしょう?」

「うん……まえにね、桃が気にしていた学校があったからそこにしたの」

「……しょうがない、なら湯河原屋にでも行くか」

「やったあああ、出前じゃないお寿司なの、先生!?」

「ああそうとも、店で食べよう。お前はただし、行く前にうどん屋にいっておくように」

「僕の腹の威力はそんなもんじゃないですよ、ふふ、ご馳走さまです」


 輝夜と乙姫は、湯河原屋へ行く前に着替えておこうということで、自室へ引っ込んだ。

 市松はさてとと、狐面を被せて、玄関へ歩み寄る。

 玄関には御門がいた。


「ごきげんよう、入ってくれば宜しいのに」

「いや、邪魔かなっておもって」

「そう、まあどちらでも宜しいですけれど。お寿司のご馳走してくださるんですって」

「僕も混ざっていいのかな。悪い気がする」

「いいんじゃないですかね、貴方も立役者でしょう? 気づかないとおもっているんですか、気配が変わったのに、ねえ吉野」


 市松が狐面をずらして笑えば、御門は口元に指先を置いて、シィと笑った。


「ずるいですよね、ちゃっかり赤い糸の持ち主だ」

「まあそう恨まないでよ。まだあいつが僕を選ぶか分からない、一生気づかないで他を選ぶ分岐もある。実際選ばれているに近いのは今は市松でしょう?」

「……恋人とお別れしたのですよね? そちらのほうが全うに幸せになれたかもしれないよ」

「そうだね、でもさ。ずっと側にいるって約束したし。輝夜の人生を最期まで見たい、同じ目線で。それには伴侶が良いよ。運命なんてと言っておきながら運命を望む僕が君にはどうみえる?」

「……いいんじゃないですかね、矛盾していてとても人間らしい」

「有難う、人間になりたかったから、良かった」


 御門は日差しで眼差しに一瞬金色が宿り、にこりと微笑んだ。

 市松は赤い糸の提案などしなければよかったな、と思案しながら。してやられた、と初めて感じる。


 輝夜と乙姫が戻ってきて、御門に気づくと輝夜は財布を確認するのだった。

この物語も長い長い連載になりました。

この辺で締めようと思います。

輝夜がどちらを結局は選ぶのかは、読者の解釈に任せたいと思います。

輝夜が愛した物の怪の姿を選び抜いた市松か。

輝夜と同じ時間を歩むのを選んだ吉野か。

また次回作でお会いできますように。長い長い作品の愛読有難う御座いました!

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