表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
93/97

第九十三話 囁く黒姫

 乙姫は卒業生を見送って、その日の卒業式を終えた。

 自分の番はあと今年だ。

 今年受験生となり、高校進学を控えている。

 成績優秀、素行も問題ない乙姫にとっては行き先は引く手あまた。

 保護者である翁は、あまりの美しさに女子校をお勧めしていた。

 変な男につきまとわれてほしくないらしい。

 帰り道に、桃がふわんと寄ってくる。

 中華ロリの衣服をふわんと摘まんで、日傘をくるくるまわしていた。

 幽霊なのに日傘が何に役立つのかは分からないが、桃の見目は昔と変わらず美しく。

 どんどんと自分と桃に、年齢の差がついていくことが少し寂しい乙姫。

 向日葵畑で出会った桃はあんなにもかっこよかったのに、あの頃より背丈が変わった。

 自分の方が大きくなってしまった。

 


「卒業式か、来年はお前もだな」

「そうね、はー、やだなあ受験」

「どうしてだ。花の高校生と聞くぞ、先は楽しみだろう。お前なら勉強しなくてもいけるだろう」

「そういうわけにはいかないの」

「よくわからないな、僕は体験したいけどな。男子高生のほうならば」

「……桃はわんちゃんだもんね。あのぽめちゃんの命も、そのうち終わっちゃうのかしら」

「そうだな、いつか寿命は来る。二度目の死だ。さすがに三度目はない、僕はそのときはおとなしく転生しようとおもうよ」

「えっ、それって……」

「僕とはさよならということだ」

「……嫌。嫌よ、そんなの。桃はずっと私のそばにいてくれないといや!!」

「乙姫、僕とお前は死人と生者だ。本来なら出会いもなかったんだよ」

「なんでそんな意地悪言うの、桃の馬鹿ッ!!」


 乙姫はかっとなり、思わず桃を置いて駆け出して、小さな丘に大きな樹がある公園に向かっていった。

 いつだったか市松が慟哭を輝夜に投げた丘の樹だったが、乙姫の知らぬこと。

 その樹も来年には切りきられると噂になっている。

 変化し続けるのが当たり前の世界で、自分と桃だけは変わらないと思い込んでいた。

 桃はずっとずっと自分の王子様でいてくれると。

 いつか桃が体を得て、自分を迎えに来てくれないかと夢見る日もあった。

 でも現実ではポメラニアンの体だ。

 何より幽霊の桃が、もう未練がほぼなくなっている現在。

 どうやってつなぎ止めようもない。


 乙姫は大きな樹まで駆け寄れば、呼気を落ち着かせ、そっと木に触れる。

 木に触れれば、黒い赤子がふんわりと見える。

 あの頃はとてもこの赤子が憎かった。

 黒い子供は群れとなり、乙姫を囲う。

 乙姫は気づいた。


「……そっか、貴方たちがいれば、私はずっと桃といられるのね……」

 

 誰か様が居続けることで、桃はその未練を燃やし、父への思いで現世に居続けてくれる。

 桃は自分と輝夜が心配で、成仏していないのだ。

 なら危険な目に逢い続ければ、桃はずっとそばにいてくれるし、見てくれる。


 乙姫は黒い子供に手を伸ばす。

 黒い子供は乙姫の体に吸い込まれる。

 黒い液体のように、乙姫の中にとろりと入り込めば、乙姫の髪色は真っ黒くなる。


「うん、大丈夫よ。あのときと違って私は貴方の敵じゃない。

 私の言うことを聞いてくれれば、ずっとずっと私たち仲良くいられるわ。

 だから、私と桃を応援して……」


 乙姫は黒く嗤う。冷ややかな笑みは妖しく、危うげだった。

 遠くから眺めていたのは、市松。

 市松は遠く、二キロ離れた電線からオペラグラスを手にして、嘆息をついた。


「さて。闇落ちした姫様の正気を取り戻すには、あの人が必要ですね」


 市松はオペラグラスを胸ポケットにしまいながら、柔く笑った。

 輝夜によく似た顔が、哀れみを浮かべていた。

「そうよね、大好きな人と離れたくないですよね。とても、とても痛みが分かる。

 今の僕が一番乙姫さんの気持ち分かるし、世界を壊したくなるのもわかるよ。

 僕だってどうして物の怪が引っ越ししなきゃいけないんだって、悲しかった」


 市松は悲痛さをこめて、口元に手を置くと、咳払いし狐面を付け直す。

 

「お気持ちは、お察ししますよ。本当は分かるから貴方を止めたくもない。

 だけどね、それだと先生が泣いちゃうの。だから止めますね、ごめんなさい」


 市松はまずは情報集めと、救援を求めるために、すっと姿を飛んで消した。


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ