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第九十二話 回帰する二人

 桜はゆらゆらと枝先を揺らし、ピンクとはもういえない白さを世間に露わにしている。

 長く生きらえすぎたその身の色素は薄く。

 世間はまだ冬の二月だというのに、早すぎた開花に騒いでいた。

 夜の皇居近くは桜が並び、河川に花びらが散らばっている。

 ぼんぼりの明かりに照らされ、帽子を目深に被った吉野は桜の浮かんだ河川に思いを寄せる。


 最近どうやってあの人を手にするか、あの人のものになれるかを考えている。

 それは煩悩。

 神であるならばあってはいけないもの。

 師匠は、巻物の所有を知っている。人間に一回だけ転生できる巻物。

 煩悩がその人生一回限りだと知っているからこそ何も言わない。

 神の持つ時間はあまりに長く、楽しみたいのならば止めもしないのだろう。

 そもそも煩悩を捨てる修行にもなる。何を止める必要があるか、と嗤っていた。

 

 吉野はやがてやってきた婦人に目を細め、市松のような一礼を恭しくとってみせた。

 この神様がいなければ、今回の騒動は解決できないからだ。

 吉野は誰か様が決して勝てない存在を見つけ出したのだ。


「お久しぶりです」

「吉野、可愛いお前との逢瀬じゃ、敬語はよせ」

「わかったよ、引き受けてくれるのか」

「よいぞ。力を貸すには時間がかかる、あと少し待ってくれれば十分になろう」

「やっととどめがさせる……」

「まあだがまた徐々に種は増え、百年後には今と変わらぬ存在にまで戻るだろうがいいのか?

 あの化け物は、消しても消しても人間が生み出す」

「そうですね……人間が死なない限りなくならないでしょう、誰か様の信仰はずっとなくならない。

 それでも俺は百年で満足なんです。俺の大好きなあの人が、無事でいられる」

「そうさな。それにくわえて、妖怪たちは近年引っ越すようじゃな。亜空間に」

「……これでさっぱり、あの人の邪魔者は消える。ハッピーエンドってやつだ」

「……だがそうかのう? お前の顔は、幸せを謳っていない。目が淀んでいる」

「ううん、幸せ。幸せなんだ。やっとあの人が、俺だけになる」


 心配の種も消え。凡人となったあの哀れな人間を囲えるのは、自分だけだ。

 自分が彼女とおなじ種族になり、運命的に恋をすればあとは完成だ。

 考えるだけで胸が高鳴りうっとりする。こんな思いは初めてだ。

 輝夜に恋をした自覚をしたときよりも、興奮する。

 婦人は、呆れながら腕輪を手渡した。


「これに力を注いでやる。力の波はあるがうまく扱うのじゃよ」

「お手数おかけする」

「お前たちの様子は雲外鏡でしってるが、お前の愛は……狂愛だな」

「知ってるよ。しょうがないよ、俺はもとから人間が大好きなんだ。好きで、好きで。大好きで壊れてるんだ」


 吉野と婦人は近くの焼き芋を売っているトラックに近づくと、吉野は婦人に石焼き芋を奢る。

 安納芋を頼み、一個手渡せば婦人は熱がりもせず有難くいただく。

 吉野は熱さを我慢できないので、ふーふーと息をふいていた。


「昔、人を愛した。個人じゃない、大衆を愛した。その末に友人を失った」

「そうだな、その悲しみからお前は人を守り、羅刹となり神へと認められた」

「あのときから俺は誰よりも人間を優先するし愛するって決まってたんだ。それが個人に向いただけ」

「人間に食われた鬼じゃな、まるで」


 婦人が焼き芋を食べ終わって吉野を見やれば吉野は、焼き芋を口にし甘味に綻んだ。

 可憐な笑みだった。


 *



 帰り道に吉野は意外な人物と出くわす。

 電車の中で絡まれている、綺麗な見目のため酔っ払った輩が嫉妬している。

 御門だ。

 御門はうんざりとした顔で、吉野と目が合うと吉野を食い入るように見つめた。

 吉野は御門を見やると、酔っ払いを排除してやろうと御門につっかかっている手を掴んで筋力を知らせる。

 御門を掴んでいた手は綺麗にゆっくりと降ろされ、吉野がにっこり笑えば輩は青ざめていなくなる。

 御門ははっとして、吉野にお礼を告げた。


「あ、ありがとう」

「どういたしまして」

「鬼も電車に乗るんだね?」

「今日はちょっと体力を温存したくてな」

「そっか……ねえ、あんたって神様なんだよね」

「ああ、それがどうした」

「いや……だからかな、あんたの過去が見えない」


 御門は輝夜に心を取り戻してもらって以降、対峙する相手の過去がよくみえたりする異能を手に入れたのだった。

 それなのに吉野に対しては何も浮かばない。

 吉野はその事情を知らないので首をかしげ、アナウンスに気づくと降りる準備をする。


「恋人さんと仲良く」


 吉野の言葉に、御門がどう返したかを聞かずに吉野は電車を降りた。

 振り向けば此方を見つめていた御門は、泣いていた。



「嗚呼、僕は」



 その先の言葉は、御門は封じて締め泣く。

 

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