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第八十九話 君を助けるために、心中しよう(前編)

 保護者面談に翁は急遽仕事の予定が立て続けに入って、みられなくなった。

 輝夜はいきたいがこの見目だ、と諦めていたが。市松が輝夜に化けて一緒に行ってくれるということなので、乙姫の保護者面談に訪れることとなった。

 母校に入れば懐かしい空気。時期は冬の期末試験も終わって冬休みに入った頃で。

 輝夜たちの都合のつかなさに学校側が許容してくれて、わざわざ冬休みに時間を作ってくれた日だった。

 乙姫の進路について語る日を、輝夜は楽しみにしていた。担当教師にありがたみを感じる配慮だった。


「乙姫ちゃんは何になりたい? 将来なにか夢はあるのかね」

「キャビンアテンダントになりたい。それでいろんな国にいくの。いつかジェイの国にもいくわ」

「ジェイ?」

「ジェイデンさん」


 少し頬を染める乙姫に輝夜は青ざめた。

 あの泥棒蛇め! 可愛いうちのお姫様を! と輝夜は唇をかみしめ心の中でジェイデンを呪った。

 市松は呆れながら、一緒に廊下で面談を待つ。

 輝夜に化けるので、パンツルックとはいえ化粧もして少しだけ女性に見えるように変装はしていた。

 かつらも黒髪だ。

 一目見るだけなら、輝夜に似すぎている。二十歳の頃だった輝夜に。


「他の人から言われる分には母さんと自分がそっくりだと思わなかったが、こうしてみると本当に似てるな」

「どちらに?」

「どちらにも。乙姫、こいつ母さんの顔持ちなんだ」

「ジェイに聞いた覚えがあります。不思議な関係ですよね。叔母様のお顔をとられても憎くないの、輝夜さん」

「よく聞かれるねそれ」

「それくらい貴方がおかしいのですよ」


 市松の言葉に乙姫は同感、と頷き。姿勢を正した頃合いに中へ呼ばれる。

 中には又玄紫がいた。


 ただの保険医がどうしてここへ? 乙姫が不思議がっていれば、市松たちは油断していて気づかず。

 全員が教室に入ったところで、又玄紫は大笑いした。


「本当に、気づかないんだね。こうもうまくいくとは」

「先生? どうしたんだね、うちの子の未来のあれこれを語らせてくれよ」

「ああ、大いに語ってくれ。この動かない時間の中で」

「……? どういう」

「先生、してやられました。ここ、鏡の中です」


 入ってきた教室は入り口に大きな鏡を仕掛けられていて、そのまま鏡の世界に入るように立てかけられていたのだろう。

 教室の中を写して、何も違和感なく入らせた紫に市松はこめかみを押さえて嘆息をついた。


「やあ狐さん、久しいね。まさか君が輝夜のそばにいるとはね」

「お知り合いなんですか先生と」

「君まで僕のことをお忘れになるのか。寂しいね。ねえ、輝夜、君はあんなに大人になりたくないって語っていたのに。今ではしっかり大人の顔だ」

「……ゆ、かりか?」

「ご名答。この鏡の中では輝夜だけ年齢を二十歳まで戻す。呪いを解いてあげるよ。この紫鏡(ぼく)を覚えた状態でね!」

「先生が死んでしまうじゃないですか。まさか、先生を呪ったりマーキングつけたのって……」

「僕ですよ。ずっとずっとこのときをまっていた。輝夜が僕のものになるのを!」

「又玄先生、やめてください! 輝夜さんに関わると悲しいことになるよ又玄先生は!」

「うるさい、しっかり君は寝ていてくれ。可愛らしい顔に免じて飾っておいてあげよう!」


 紫は乙姫の顔面に手をかざすと、がくっと倒れ込み。そのまま姿見の鏡が現れそのなかに納められた。

 輝夜は乙姫に手を伸ばすも、その手を取ったのは紫。手をするりと絡めて薄ら笑いし、抱き寄せて腰をなぞる。


「ああ、輝夜。このときはまだ胸が大きくても女性的ではなかったですね。二十歳の君ほど美しくはない。それでも可愛らしい。果てのない美貌です」

「紫、やめてくれよ、こんなこと。どうして」

「君が僕を忘れるからでしょう。僕をみんな、みんな忘れるんだ。君だけはっておもったのに、君まで二十歳の頃には忘れている」

「忘れたけど思い出したんだよ」

「へえ、たった今のことを言われてもなあ!?」

「ちがう。成人式で思い出したんだ。見てくれ、これ」


 輝夜は化粧ポーチから、成人式の寄贈品を取り出す。母校から贈られた手鏡だ。

 紫は目を見開き戸惑う。


「それからずっと。手元に持っていた。君と一緒にいる気がしてね」

「……嘘だ、詭弁だ」

「紫、君は」

「嘘だ、出しませんからね! 思い出したならなぜ君は死んでいないんだ! ここで二十歳になり死にゆく恐怖に怯えるといい!」


 紫は頭を抱え輝夜から離れると、後ずさりそのまま消えていった。

 輝夜はおろ、としたまま。徐々に香りが強く、身体が変化していくのが少しずつ伝わる。爪や髪が徐々に伸びているのが市松に伝わる。

 市松は言葉をなくす。

 初めて、輝夜に絡んだ怪異を助けたのが紫鏡のときだ。

 問題を先送りにすることでいつも、解決していた。

 完璧に解決することなど、誰かを否定する意味にもなって恐れたから。

 輝夜に惹かれる怪異が悪いわけではない、その思いを否定しなかった故の今だ。


「先生、すみません。迂闊でした」

「君のせいじゃないよ。紫も悪い子じゃないんだ。昔世話になってな。あそんだこともある」

「知ってます」


 羨ましかったので、との言葉は飲み込んでおく。

 あの頃はただの狩り対象といえど、遊んでみたかった覚えもあった。なにせあの雲雀の娘なのだから。


「知ってるのか。君はいったいどこからどこまで私のことを知っているんだろうね」


 輝夜が微苦笑した頃に、胸のボタンがばちんっと少しはじけた。成長していく速度がだいぶあがっている。

 このままではまずい、と思案していた頃合いに考えがよぎる。ふと、後ろを振り返れば、ある姿が一瞬見えた気がして。

 彼に、賭けてみるか。

 これもまた先延ばし戦法だけれど。このまま行き倒れるよりずっといいと選択する。


 「先生」

 「なんだ、ね!?」


 市松は輝夜の鳩尾を殴り入れ、気絶させれば。

 狐面を手にする。


「あとで起こします。それまで時間稼ぎしてきますね」


 *



 紫は一人、鏡で作った個室に頭を抱えて、うーっと唸り泣いていた。


「どうせ誰も手に入らない。どうせ僕だけはいつもひとり、誰もが忘れる、それが僕なんだ」

「そうですね、だから先生を諦めてはいかが?」


 市松が鏡を渡って現れると、紫はきっと市松をにらみつけた。


「諦めたくない、ずっとずっと欲しかったんだ、僕の寂しさをわかってくれるひとが!」

「先生である必要ってあるのかしら。先生は絶対理解しても頷いてくれないよ。賛同と同意見は別だもの」

「永遠に一人であるよりは、憎まれてでもいいから誰かそばにいるたった一人がほしいってのは、そんなに罪深いか! 輝夜をその一人に選びたいんだ!」

「ううん、そういうものをパートナーと呼ぶんでしょう? ならそれはとっても素敵。でもね、先生は違うの。きっとなってくれない」


 市松はそっと目を細めて、小さく低くつぶやいた。


「よくみて、この顔に、嫌悪を写されたい? こうやって」


 紫の手をとると、表情に険しさを現し紫を拒否する。

 紫はたったそれだけで、泣き叫んだ。


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