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第八十七話 私を忘れないで

 初めて彼女を見たのは、彼女が中学生のとき。

 誰をも近づけない空気でありながら、誰をも拒否しないで惹きつけるカリスマ性もあった。

 輝夜に近づく男性は恋に落ちるほど、彼女を穢したい願望などなく。

 輝夜は美形でありながら同級生にもてなかった。というのも、美しすぎて神聖な何かを感じたほとんどの同級生は自分には扱えない者だと勝手に諦めていったからだった。

 美形でも色気のない輝夜では話にもならなかった。だが上級生には輝夜の見方は違っていた。

 上級生は輝夜の体には興味があった。

 輝夜の体つきは同学年の生徒よりは女性として完成されていたからだ。

 危ない危ないかわいそうなお姫様。


 ただ静かにずっと、彼女を見守っていた。

 ()()()()()


 世の中で言う紫鏡というのは自分であり、自覚した頃に彼女は二十歳になれば自分の元に呼べるのだと歓喜した。

 大喜びで鏡の世界がひび割れそうだったしぐにゃりとも歪んだ。

 それでも待つだけじゃ飽き足らず。その間にも上級生は輝夜に魔の手を伸ばそうとする。

 一回だけ、輝夜は夜間に呼び出された。


 友達の名を騙った、上級生の呼び出しだ。

 夜間に肝試しをしようと誘い出し、暴行を働こうとしている。

 輝夜は何者をも拒否しないうえに、間が悪い頃にこの頃翁は輝夜へ怯えていたから。

 誰か様の黒い子供は輝夜の周りに見え続け、翁は妻である雲雀への焦燥に駆られていたのだ。

 タイミングが輝夜にとって悪すぎた。


 輝夜が呼び出された学校で連れ去られ、空き教室に押し込まれ。

 数人の男子生徒が息を荒げている中、紫鏡は我慢できず人の姿をとった。複数人の足音をラップ現象で生み出してみる。


「そこにいるのは誰だ、もう下校時刻だよ」

「やべえ、誰か来るぞ! 逃げろ!」

「佐幸、このことちくるんじゃねえぞ!」


 男子生徒たちは逃げ去り、残った輝夜は涙を流していた。

 紫鏡はそばに近づき、輝夜の涙を拭いてやると、輝夜は見上げて()()()()()()()



「ありがとう、怪異さん」

「……人じゃないとわかるのですか」

「そうだね、私は多分、ちょっと普通の子とずれてるから。分かるのだと思う」

「……泣いていたのにもう笑うんです?」

「ううん、ちょっとだけショックだ。そうか、私は大人に見えるのだね、同年代からすれば。性愛の対象になるのだね」

「輝夜は恋愛とかしたくないんですか? その年頃ならするものでしょう?」

「私はあいにくまだまだ、着ぐるみとラジオ体操する教育番組でも見てる方がまだ楽しい。きっとまだ精神軸が子供なのだろうね。同級生の女の子たちはすごい」

「何がすごいんですか、よっぽど君の方が」

「すごいじゃないですか」との言葉を飲み込んだ。

 あまりにも花開く笑みに、目がこぼれ落ちそうなほど衝撃をうけたから。

 狂い咲きの椿をみるような艶やかさだ。


「すごいんだ、みんな」


 明確に語るわけでもないのに圧倒される。

 これがたった十三歳の女児の持つ魅力なのか、と恐ろしささえよぎる。

 にひっと輝夜は笑うと、衣服を整え、けが一つないことに感謝すると改めて名乗ってくれた。


「どうして名前を知っていたのかね、私は確かに佐幸輝夜だけど」

「この学校の鏡だから、僕は。ずっと君を見ていた」

「そう、じゃあまた遊べるな」

「そうだね、……また遊んでくれるんですか?」

「うん、学校帰りにこの教室で待ってるよ、おいで」

「! 是非! 是非遊んでください」

「約束だ、遊ぼう」


 嬉しい。

 嬉しい、嬉しい、嬉しい。

 本音を言えばずっと鏡の世界でたったひとり。

 ずっとずっと孤独で寂しかった。

 輝夜を見ていたり、二十歳の未来を想像するだけで楽しみにしていたなんて、その誘いを受ければ嘘にさえ感じる。

 すべての喜びが嘘のように、今の誘いが最上の喜びに感じた。


 その日から輝夜と紫鏡は遊び始めた。

 輝夜は毎日、母親の話をしてくれた。

 紫鏡は一緒に学校内を巡って、夜には危ないからと解散してくれた。

 ただそれは、三年生までのこと。


 中学三年生にもなれば、さすがに輝夜でさえ受験を意識し、猛勉強し始める。

 紫鏡にも構えないくらいに。

 いつしか、輝夜は教室にこなくなった。


 だから、あの日。


 輝夜が卒業する日に、紫鏡は輝夜を閉じ込めようと計画を練る。

 だがたった一人の、狐面に邪魔をされる。窓の外から輝夜を眺め、その輝夜の頭上にロードローラーを操り、注ごうとした刹那。

 狐面がすっと、背後に回り声をかけてくる。

 その間にもロードローラーは輝夜を狙っている。


「何をなさっているの、紫鏡さん」

「女の子を閉じ込めるんだ。もうこの学校に来なくなるなんて耐えられないんです」

「まあ、それだともったいないよ、嫌われてしまう。それよりもとても良い方法があるのよ」

「何です?」

「紫鏡さんのことをきっとずっと覚えてくださるよ。だから、二十歳の頃に、貴方の名前を覚えていれば自動的に貴方の元へくるでしょ? 魂が」

「二十歳でその名を覚えていれば死んでしまう、からですか。……なるほど、無理に嫌われる必要もないってことですね」

「ええ、ええ。そのほうがきっと円満に収まるでしょう? とても良い案だとおもいません?」


 狐面の言葉に紫鏡は頷き、輝夜の二十歳をとても待ち望んだ。

 紫鏡は嬉しそうにロードローラーを元の場所に戻す。

 待ち望んでやっと輝夜は二十歳になるも――紫鏡を覚えていなかった。

 それどころか、彼女のそばにはあのときの狐面がそばにいて、現状求められている。

 ――許せなかった。


 *

 


 紫鏡は、鏡に映る乙姫にべろりと舐めながら、にやつく。

「貴方の血縁すべてもっていきましょうね……仲間はずれはいませんよ、嬉しいでしょう?

 もう嫌われてもいい、一人はもういやなんです……」


 紫鏡――保険医である又玄 紫(ゆうげん ゆかり)は、ずっとずっと輝夜にマーキングして、首に鎌を寄せてそのときを待っていた。


「僕を忘れないたった一人が、欲しいんです」

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