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第八十六話 貴方の理想

「お供えものを食べていいのっていつ頃だとおもう?」

「急にどうした、カグヤ。ものによるんじゃないか?」


 肝心の神仏の世界に影響のある吉野に、関係ないもののように聞いてくる輝夜へ微苦笑を浮かべた。

 輝夜は自分には絶対祈ったりしない、そこが好ましくもあり残念でもある。

 本日はクリスマス。みんなとクリスマスパーティをしたのちに、市松は里に顔を出してくると出かけ、他の皆も用事でいない。

 桃と乙姫は同級生とパーティすると出かけている。邪魔をしそうなジェイデンは出かけているし、御門にいたっては仕事だ。

 市松と吉野、輝夜とだけでパーティとはまた心地の悪いパーティだと感じた。

 それでも興味はあった。

 輝夜は市松にどんなまなざしを向けるのか、表情は変わったのか。

 変化が今のところあまり表に出ず、吉野は安心した。


「友達が、ね。ケーキをお供えしたんだよ」

「それならそのあとすぐに食べないといけないな」

「本来はそうなんだよな。友達は食べられなかったんだ、そのあと育児に追われてな」

「へえ、そのケーキはどうなった」

「普通は腐る期間だろう。ところが腐らず、友達の育児が整うのを待つように、溶けたりもしなかったんだと」

「……加護だな」

「そうだな。そして、そういった人物は最近、2、3人は聞くんだ」

「ええ……?」

「吉野は知らないんだなその様子なら。何か起きてるのかと思ったんだそちらで」

「……起きてるには起きてるかもしれないな」


 確かに最近、雲外鏡の影響で自分のところの子孫たちの私生活を写してほしいと、幸福を願われて加護を与える氏神が多い気がする。

 輝夜のチャンネルの影響下で、神域たちはいまや人間に過干渉となってきている。

 師はあまりこの出来事を楽観視できないと言いながら、輝夜の事情を三十周目の視聴をしていた。

 煩悩に犯され始める神域なぞ、笑い話にならない。


 吉野は曖昧に笑い、余ったケーキを頬張った。生クリームは軽く、甘やかで食べやすい。

 ケーキの切れ端を輝夜は皿に盛り付けると、こそこそと部屋に戻る。

 輝夜の様子に瞬いて、思わず追いかければ、輝夜はケサランパサランにケーキを与えていた。


「輝夜!?」

「ん、なんだね」

「妖怪を飼っているのか!? 人でなく獣でもないものを!?」

「……いつかね、みんながね、いなくなるんだと聞いたから」


 輝夜はふわふわと集団で戯れる白いもこもこの毛玉を撫でて、ケーキを指にすくい与えていく。

 常人ならばあっという間にこの奇跡のような存在は消えていくだろう。

 常人にある煩悩が、神にでさえ最近芽生えている煩悩が輝夜にはないようにみえる。


「だめだ、すぐに放った方がいい。人ならざるものをそばにおくのは危険だ!」

「いやだよ。私は、みんながいた痕跡が欲しいのだ」

「……輝夜」

「吉野、お前も。いつかは偉くなって、気軽にこれなくなるのだろう?」


 身を切るような笑みに吉野は息を呑んだ。

 全身が業火で炙られるような感覚だった。そうだ、この感覚は愛なわけがない。

 愛はもっと温かいもののはずだ。


「輝夜」


 吉野は輝夜を引き寄せ、抱きしめると。

 キスをしようとした――刹那、二人の間に何かが挟まっている。

 丸い一つの毛玉。今まで集団だった毛玉がたった一つの毛玉になり、そこから手足が生えている。

 小さなイエティみたいな存在だ。


「もふ」

「あれ、……ああ、願いを、叶えようとしてくれたのか。そばに、いてくれる、と」

「もふ!」

「……ケサランパサランそのものでありながら、消えずに輝夜の願いを叶えた、だって?」


 どれだけ無茶な奇跡を起こしたというのか。

 吉野はそれでも、あと少しで友達という均衡を壊そうとしていた事実を思い出すと、うつむいた。


「輝夜」

「君も市松も、なんでそんなに私を望むんだ。それこそ、私は人間じゃないか」

「それを問いかける貴方の残酷さは相変わらずだな」


 吉野はケサランパサランを抱きしめる輝夜を抱きしめると、その首根に顔を埋める。

 かぐわしい香りがうるさい。輝夜の魅力をあげながらも、マーキングのように他のあやしのものだと訴えるような香りだと感じた。

 吉野は一気に嫉妬心に火がつきかける。


「俺が、愛した人間はいっぱいいた。けれど、恋した人間は貴方だけだ。どうしてか理性的に説明できるものは恋なんて言わない」

「……吉野。私はね、恋が分からないよ。初恋もしたことない希有な乙女だ」

「だから、感じるんだ。俺の恋は、貴方がいいと――貴方ほど残虐な人を夢中にさせるには、どうすればいいのだろう」

「もふ!」


 ケサランパサランがぱしぱしと拍手する。

 一連の愛の告白に半ば感動したようにも見える。

 ケサランパサランは輝夜を大事に思ってはいそうではあったが、やはりあやしはあやし、人の気持ちなど理解できないようすだった。


「もっふうううう!」


 ケサランパサランが一回大きくばふっと拍手すれば、輝夜の様子が変わる。

 それまで無反応だった輝夜はおどおどとし、顔を赤らめている。抱きしめている体は汗ばみ、瞳はとろりと溶けて甘く光る。

 それは――本当に、恋をする乙女の反応だ。


「吉野、だめだ。触らないで、恥ずかしいよ、君に触られるのは」

「輝夜? おい、輝夜? まさか、お前」


 輝夜を離すと、ケサランパサランを鷲づかみにし、吉野はぶんぶんと振り回した。


「輝夜に何かしたんだろう、おまえっ、もとに――」

「吉野? どうしたの」



 蜂蜜を含んだあめ玉のように、甘やかな声。つい、と自分の気を引きたくて、服の裾を遠慮がちにつまむ白魚の手。

 潤んだ瞳ではにかむ、美少女という景色に、吉野はあらがえない。

 この様子では、惚れ薬のような作用を自分に使われたはずであるのに、怒りすらわきようがない。

 自分が欲しかった輝夜が目の前にいる。


「もふ!」


 ああ、なんて本当に残酷な世の中だ、と吉野は頭を抱えた。


 *


 

 吉野はそのまま青い顔をして帰宅し、残されたケサランパサランを抱きかかえる輝夜。

 ふ、と恋を煩うため息がもれ、ケサランパサランの頭を撫でる。子犬ほどの大きさのケサランパサランは、丁寧な手つきにすっかりご満悦だ。

 市松が事務所に顔を出せば、見知らぬ輝夜の様子に寒気が立つ。


「市松か、おかえり」

「どうしたんですか、もじもじくねくねと。悪いものでも食べたんですか」

「市松は……恋ってしたことある?」

「そうですねえ、それを一番知ってるのは先生ですよねえ?」

「恋ってこんなに苦しいんだな」

「わあ、僕の話聞いてない」


 それよりも聞き捨てならない話をしているうえに、あやしもふえている。輝夜から取り上げ放り投げても、ケサランパサランは輝夜の元に何度でも戻ってくる。

 なるほど、このあやしの影響かもしれない、と市松は覚悟を決めた。


「それで、どなたに恋をしてるんですか」

 心から聞きたくない言葉を告げながら、何か術にかかっているとはいえ嫌悪すらしながら市松はにっこりと尋ねた。


「吉野が、好きなんだ」


 どうやら宝くじに当たったのは、あの青鬼らしい。

 市松は頭をがしがしと掻きむしりながら、どうりで普段なら市松の留守の間見守っているはずの吉野の気配がしないと、納得した。


「意気地なしめ。妖術の類いとはいえ、叶ったらかなったで逃げ出すんだから」

「吉野は私のこと好きだとおもう?」

「あー、うざったいですねえ、この先生は! 先生、恋をしたらそんなふうになるの!?」

「とっても夢みたいな心地なんだ、蕩けて甘く、羽布団のよう」

「いっそ僕には悪夢ですよ、史上最大の」


 市松は見てられないな、と輝夜を置き去りにする。

 今の輝夜であれば凡人じみた空気であり、あの咲き誇る狂おしい愛しさも感じられない。

 あの凡庸なまなざしにどれほどの意味があるのか。


 市松はふと、外に出て月を見上げる。



(輝夜が僕に恋をしたら、同じになってしまうの?)


 あの姿を自分に向けられたら、自分はどう感じるのか。

 市松は考え込んでも答えは出ない。もとより人間じゃない身だ、抱きたいだの、キスしたいだのは、あまりめったには沸かない。

 情愛を示すにはそれしかないと言われたらする行為だが、自分の感覚では存在を愛した先に待つ光景ではなかった。


 では、輝夜に何を求めているのか。


「あの目に、写りたいだけなのかもしれない」


 たったそれだけでも難しいと感じる、輝夜の浮世離れさよ。

 市松は唇を押さえる。

 それでもあのとき、キスしたのはなんだったのか。

 やっぱり答えは、愛や恋が含まれてるのだろうけれど。性的な愛かどうかは分からない。


「僕も吉野も、本当にあの人を愛してるのかしら。ただの、信徒ではなくて?

 妖怪が人間の教祖をあがめる? とても、へんてこなおはなしね」


 市松は一人つぶやくと吉野を探しに出回った。

 吉野は廃ビルの屋上に立っていて、ぼんやりとしていた。

 市松は吉野の後ろから膝かっくんすれば、吉野は大騒ぎで前へ崩れた。


「あら? よけられなかった?」

「何をするんだお前は!」

「仕組みの恋で腐抜けているおまぬけさんをからかいにきたの」

「……恋、ねえ。市松、あのカグヤをどうおもう?」


 吉野は頭をぼりぼりと掻きむしりながら、立ち上がると腰をはたいて汚れを払う。

 夜の冷えた匂いがどこか湿っていて、月夜まで綺麗で。星は明るく、空は近かった。

 雲が時々切れて流れ、吉野たちに影をもたらす。

 市松は腕を組んで、顎に手を添えて虚空へ狐面をつけた顔を向けた。


「蛙化現象なのか、それともただたんに僕が身勝手なのか悩んでます。もしも、あの好意を向けられて。あんな恋ばかりの先生になったら。

 僕はむにゃむにゃとあくびでとけてしまいそう」

「……分かるよ、何だか。恋を望んでおいてなんだが、俺たちは振り向かないカグヤに恋をしていて。振り向いたらカグヤじゃないのかもな」

「だからどちらにせよ片思いよね。両思いになったら。それとも、術じゃない形なら何か違う思いがよぎるのかしら? 僕はそのへん少し興味あります」

「……俺は、恋と愛が分からなかった。なあ市松。ジェイデンから聞いたことがあるんだが、こんな話を知っているか?」

「ろくでもなさそう」

「まあ聞けよ。愛には七種類あるんだと。その中でも、俺たちはゲーム性で選ぶ恋をしているのか。それとも友愛なのか。俺には判断がつかない」

「吉野は先生抱きたいと思う?」

「……興味はある」

「僕はね、多分できない。あの人は神聖だから。でも。キスはできる。不思議ね」

「それはお前の前世に関係があるんじゃないのか」

「まあ僕の前世を知ってるの?」

「……先生に一番近いやつだ、何かあってからじゃ遅いから、調べた。お前の前世は、遊郭の床を教える係だったな」

「うん、そうね。ついでだから、恋バナしちゃおう。僕ね、そこの女主人を愛していたの。とても美しい魂の人だった。見た目はがさつなのにね」

「……その人は抱きたかったのか?」

「少しだけ思い出してきた。僕は、抱くのって嫌いだった。そうかあ、だからか……」


 市松は狐面を付け直し、鋭い目つきの前世で愛した女主人の顔を模した。

 吉野は目を眇めてから笑い出して、市松に半目で馬鹿にした。


「趣味が悪いやつだな、昔から。面食いだ」

「美醜あっての、僕の種族にだからなったのかもね。さて、あの先生どうします?」

「うーん、逃げてばかりというのもなんだな。そもそも、あのケサランパサランは、本当に俺の願いを叶えたのか? 俺はあんな顔をするカグヤを望んでいたんだろうか」

「もしもケサランパサランが貴方の願いも叶えるのなら、あの場で上書きはできるはずよ。さっき試しに願ったけれど僕じゃだめだった」

「……俺の願いを叶えるのかどうか確かめてからか。もし、じゃあ違っていたらどういうことなんだ?」

「……そのときは。先生が願ったんだと、分かるだけです」


 *



「もふ?」

「だからさ、他の願いを聞いてくれ。カツ丼が食いたい」

「もふ!!!」


 ケサランパサランは毛玉姿で拒否し。ふるふると体を震わせた。

 つまりはケサランパサランは吉野の願いを聞かなかったと言うことだ。

 ならば輝夜はいったい何をねがったのか。


 市松はあとはまかせろと、手元におしろいを用意し、けさらんぱさらんにちらちら見せつけると毛玉は大はしゃぎした。

 市松の足下をうろうろとまとわりつくのを輝夜に抱っこしてもらい、ケサランパサランを固定するも手元がわさわさと動いている。

 ほしいほしいと手を伸ばす幼児のようだ。


「先生を元に戻したらあげます」

「もーふ……」

「三ヶ月定期購入として、どうです?」

「もふ!? ……もふり、もふり」

「……今なら化粧水もつけます」

「それは効果あるのか?」

「しい、黙って吉野。お得だと思わせるのが大事なんです。さあどうです? 今から30分だけです」


 それはまるでどこかの通販みたいだな、と吉野があきれてる中で、ぼふんっとケサランパサランの毛玉がはじけた。

 はじけるがケサランパサランはまだ輝夜の腕の中にいる。輝夜はくらりとめまいをおこし、吉野の腕の中に抱かれる。

 それでも輝夜は不思議そうな、いつもの、何者をも見ない目をしている。

 成功した様子なので、市松は足下によってきたケサランパサランへ化粧水とおしろいをあげた。


「輝夜、大丈夫か」

「だいじょうぶだ、うう、何だか気味悪い夢をみていた気分だ」

「それはそれで複雑だな俺としては!」


 吉野は輝夜を強く抱きしめて大笑いした。

 吉野が小さく輝夜に問いかける。何をあのとき願ったのだと。

 輝夜は顔を赤く染めて、こそっと打ち明けた。


「君たちの気持ちが知りたいと、願ったのだ」

「……おれたち、あんなかんじにみえてるの?」

「もふふ、もふ!」

「先生の知識の少女漫画を参考にしたそうですよ」

「そりゃあ気味悪くもなる! カグヤににあわねえもん!」


 謎と不快感の理由が一気に分かった一同は、輝夜の迷惑代としておごりでこの日は湯河原屋の特上を楽しんだらしい。

 


 


 

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