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第八十三話 どろどろ

「鏡の中に時間はあると思うか」


 師匠たる金剛力士は、威光を放ちながら吉野に話しかける。

 宴会にて酒を注ぐ吉野は、目の前の強すぎる閃光に動じず、傅き問われた答を探す。ほかの席では各弟子が付き添い、師匠の世話をしているものが多数だ。

 問われた意味。目をぎょろりと動かし探すも、見つからない。


「時間、ですか。私のようなものにはまだ未熟で分かりません」

「その答がきっと。お前を救うだろう。ついでに市松からサインを貰ってきてくれ」

「は、な、なんですと?」

「輝夜のもとに帰ってきたのであろう? 今年の全チャンネルで視聴率一位更新したぞ、お前たちの事情は雲外鏡にて」


 吉野はかしゃんと酒を落としそうになるも、何とか我を取り戻し、動揺を隠そうとする。

 動揺している吉野を面白そうに見ている金剛力士にぐっと唇をかみ、吉野はその場から控える。


 今は神無月、神の宴は神域にて続く。

 一か月ほどは様々な段取りがあって帰る行いはできない。それなのに、この時期に市松が帰ってきた。

 ということは輝夜が危ないという意味でもあり。輝夜が市松を意識しだしているからこそ、市松は在籍を望んだという意味合いにもなってくる。


 吉野は真っ赤な社に囲われた、平安京の屋敷めいた建物から立派な夜桜を見上げ、風に吹雪く花弁を見つめる。

 月明りは美しく、今夜は月見酒を好まれる。


「……俺の正気は。いつまで保てるだろうか。輝夜があいつを選ぶ日がきても、保てるだろうか」


 本音を言うならば。

 今すぐ攫って食いたいし、閉じ込めて独り占めにしたい。

 今まで数々のものがしてきたように、世界から輝夜を忘れさせて、自分だけが輝夜を知っているんだよと甘やかしたい。

 たっぷりと蜂蜜をショートケーキにかけたように甘やかして、その甘みがないと生きていけなくさせたい。逃げ道がなくなるくらい追い詰めたい気持ちもある。


(でもその光景は、俺の好きなカグヤから遠ざかるんだろうな)


 ただ甘やかされて微笑むだけの人間が欲しいわけじゃない。

 あの美しい見目だけが欲しいのではない。


 本当に欲しいのは、あの自分を投げ打つ有意識の善性(おろかさ)だ。

 何物も拒否しない受け入れもしない、残酷(ばか)さ加減だ。


「貴方を優しいなどと告げる人は、見る目がないんだろうな」


 優しさではなく、彼女の美学だけでもって接している。彼女の目に見えているのは哀れな旅人ではなく、ただの生き様判定。

 困った人を助けるのは困ってるからではなく、そう生きた方が美しいからという美学のみ。

 その美学がたまらなく好きだ。輝夜に集うものたちはきっとそうなのだろう。

 吉野は酒瓶を片手に煽り、月見酒に耽ることとした。


 *


 神無月が終わり、ようやく輝夜の事務所を覗ける頃合いにはなるほど確かに市松が所長代理をしていた。

 輝夜は若返っているままだ。香りも鋭い。

 この調査も未だにつかめないが、上のやんごとなき方々にはきっと手のひらで踊らされてるように、何が起きているのかは悟られているのだろう。

 吉野の成長も含まれて楽しまれている気がする。孫の成長記録ホームムービー感覚だきっと。

 吉野はひとまず帽子を目深に被り、角が露にならないように気を付けて香りを今日はたどることにする。

 香りがどことつながっているのか。


 香りはどこからもつながり、町中のいたるところから輝夜の魅力を放たれている。

 ということはそれが可能なのは、町中のいたるところにあるものが関わっているのだろう。


 付喪神がきっかけではないはずなのに、いたるところにあるものに由来する品物とはなんだろうか。


「吉野か、こんなところで何をしている」

「……白虎様」


 黒帽を被り、学生服に片手に持ち帰り用のカフェラテを持っている。

 吉野は会計を済ませると、白虎と一緒に窓際に。吉野はコーヒーショップで観察していたのだ。

 吉野は久しぶりにフラペチーノを頼むこととして、期間限定がどうのこうのと言われれば説明を聞くのが面倒だったのでじゃあそれで、と決めたのだ。

 期間限定の栗カボチャフラペチーノは甘く、野菜の甘味すらもお菓子にする日本人に改めて感動する。

 感動しながら飲んでいる様子に白虎が笑いさざめいた。


「そちらも大変ですね」

「まあな。龍脈なんて本来は意思がないのに、意思ができたからご主人様ができちゃうんだもんな」


 吉野は龍脈が金糸雀だったということは、人づてに知った。

 四神は自然と密接だからこそ、龍脈に逆らえないのだろう。自分たちを束ねる王様のようなものだ。

 龍脈の意思一つが自分たちの命令だ。


「かといってあのフランケンシュタインが死んでも困る。そしたら世界は木っ端みじんどころか、この星が爆発する」

「どうにかならないですかね」

「朱雀も見ていて気の毒だ。輝夜に肩入れしてるから、可哀そう可哀そうって泣くんだ」

「……敵に味方を作るのが相変わらずうまいな、カグヤは」

「そこで、だ。吉野、手を組まねえか」

「どういうことです?」

「俺らを開放することと、輝夜を金糸雀から解放するのはイコールだとおもうんだがな、俺は。お前はどうみる」

「――俺に、金糸雀を封じる手立てを探れってことですか??」

「恩は売っておくものだぞ?」


 白虎はけたけた笑い、カフェラテのストローを齧る。

 甘噛みしながら吉野の様子を眺め、決まった答えが出てくるのを楽しそうに眺めている。

 提案でも何でもない。こんなのはただの同盟だ。


「吉野が解決すれば、今出遅れてるお前とて輝夜に見直されるんじゃねえかなあ?」

「で、出遅れてはいない、ですよ」

「いいやあ、出遅れてるなあ。お前に赤い顔をした様子を見かけた覚えはない」

「! カグヤは市松に顔を赤らめたんですか」

「お前も雲外鏡見ておけばいいものを。便利だぞ」

「野次馬趣味みたいで見たくないんです。……そう、カグヤが」


 ぬらりと心の色味が変化していく。

 落ち着いた真っ白な色から徐々に赤い色味に。

 吉野は徐々にいらだち、目が据わっていく。口元に牙さえ見える。

 白虎は吉野にフラペチーノのストローを咥えさせ、のめと勧めてきた。


「お前、人に見せちゃいけない顔してる」

「……余計なことを白虎様がおっしゃるからでしょう? カグヤはだれのものでもない」

「人間同士とくっつける計画はどうしたんだ、お前」

「俺一人じゃうまくいかないんです。俺は不器用で、色恋も不器用だからサポートできなくて」

「それだけじゃないな。どこかで嫌がるんだろう、お前も。結ばれない選択肢を自ら選んでいるはずだ」

「……だって。カグヤが誰かに蕩ける笑みを向けるだなんて、考えるだけで喉が締まる。縊り殺したくなる、そいつもカグヤも」

「お前もまだまだ神様になりきれてないんだなあ。愛が、本当の。色恋じゃない愛になったとき、お前は一皮むけるんだろうな」

「そんな愛要らない。俺は今の愛がいい。この地獄の刑罰みたいな温度の恋心が。ぬるま湯のようで、愛しい」


 吉野はフラペチーノをずう、と啜ると生クリームと混ざって甘味は増す。

 このフラペチーノみたいにどろどろしても、いずれは溶け合っていける思いなのだろうかと、吉野はうなだれる。


「わかってるんです。不浄の思いだって」

「そんなことはない。愛は神に必要だ。人間を愛する心も大事だろう」

「でも、あなた方の言う愛は、博愛だ」

「そうだな……でもお前も持ってるじゃないか。ほかの人間を愛する力も。カグヤだけとびぬけてるだけだ。だからお前の上司はなんもいわねえだけだろ」

「……愛はでも救いにはならない、苦しいだけだ」

「違うな吉野。愛は救いになれる、お前が苦しいのは恋だ。恋と愛、どちらも兼ねてるから苦しいんだ」

「……恋。恋と愛はどう違うんですか」

「目の前にある花を慈しみ手間を惜しむことなく守りたくなるのが愛、自分のために手折ってちぎって自分のものだとめでるのが恋だ」

「……恋を、消したい。恋を消したら、俺はどうなる……?」

「いいじゃあねえか。青いな。恋だって、お前の成長にきっとなる。それじゃあな、頼んだぞ」


 白虎は席を立つと、カフェラテを飲み干しゴミ箱に分別してから去っていった。

 残された吉野は解けてどろどろになっていくフラペチーノを眺めて、ストローで混ぜた。

 オレンジ色と白いホイップ生クリームが混ざっていく。


「カグヤ、俺は。お前に見ていてほしいんだよ、ずっと俺だけを」


 

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