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第七十五話 狸の騎士は好奇心を含んでる

 最初の始まりは、乙姫が野生のたぬきにあげたクッキーだった。

 腹が減りすぎて呼吸も出来ないほどのたぬきは一生懸命食べ、乙姫を崇めた。

 たぬきのメスはそれ以来乙姫を見守っていた。そばにいる者達は異常であれど、危害を及ぼすわけではないからまだいい。

 だが問題は――。


 たぬきは子供に化ける術を与えて、偵察に向かわせた。

 それが田抜蒼の背景である。

 蒼は朝早く学校に向かうと、花瓶の花を整える。

 廊下で保健教諭と出くわす。保険教諭は胸元に「又玄 紫(ゆうげん ゆかり)」と明記された名札をぶらさげていた。

 紫は蒼に気付くとお辞儀した。


「朝早くから偉いですねえ」

「先生、枯れた花をいつまでも飾るのはやめてって、あとさじ先生にいっておいてよ」

「あとさじ先生は僕なんかの言うこと聞かないんですよ、おじいちゃんですからね」

「若造から学ぶコトっていっぱいあるとおもうんだけどなあ!」

「そうだね、先生もそれは思います。ご自分でこうして頑張る君は素晴らしいですよ」


 紫と軽い遣り取りをしてから、紫がそれではとそのまま職員室へと向かったのを眺めて、蒼は背中へべーっと舌を出した。

 紫は危険人物だ、乙姫の身内にとんでもない災いをなすだろうと、蒼の母親たぬきは感じているのだ。

 そのための偵察に蒼は人間に化けて学校に通うのを許された。

 なにかとあれば乙姫に構い、乙姫の側にいる。

 そのためにあのいけすかない王子様とも仲良くなったし、輝夜と知り合う行いもできた。

 輝夜と初めて出会ったとき、この人は何故人間なのだろうと感じた。

 何かが人間的でないのに、人間でしかないのだからバランスが悪い。

 自分たちのようなあやかしが惚れ込んでちょっかいかけたがるのも頷けるくらい、何か変な魅力があった。

 それがここ最近どんどん増している。香りがするのだ。

 ――紫のつけてる香水と同じ、香りが。


「何者なんだろう、って。はやく謎解きして人間界離れるのももったいないしなあ、ゆっくり解決していきたいよね」


 蒼は呟くと花瓶の花を生け直し、綺麗に教室に飾っておく。

 最初に褒めてくれたのは乙姫だったので、悪い気はしなかった。


 *


 蒼の仕事は乙姫の監視が学校内のもので終われば、午後は別の活動だ。

 午後ならばあとは桃がきっとなんとかしてくれると、伝わったのであとは任せている。

 午後になれば蒼はたぬき姿で地域を巡り、やはりな、と違和感を今日も感じる。


「ここ、地脈がおかしい。ここもだ。あいつがきてからだ」


 あいつというのは紫じゃない。

 もう一人の要注意人物は、金糸雀なのだ。

 金糸雀が踏みしめた場所は地脈が活性化している。

 ここ最近地震が少し増え、震度が控えめとはいえ。火災などの人災も増えてきている不自然に。

 それらは金糸雀が通り過ぎてから、発生するものだった。


 一緒に行動していた母親たぬきに問いかける。


「どういうことなのでしょう、これはかあさま」

「竜脈というのを知っていますか、あおい」

「いいえ、なんですかそれは」

「中国から古来より伝えられている森羅万象なるものです、竜脈を制する者は世界を治められるのです。世界をおもいどおりにできる、それが竜脈」

「災害もですか」

「そう、人災も自然災害も思うがままです。それは世界の至る所に浸透している、脈です」

「それがあのおとこと何が関係するんでしょうか」

「かあさまはね、ひとつ仮説をたてているの。もし、もしも。竜脈そのものがあの男の身体に移っていたら。貴方どうする?」

「悪いことを考えている状態なら手に入れます、そばにおきます」

「そうね、じゃあ。あの竜脈(おとこ)が、誰かのために尽くしたいと思ったら。たった一人のために世界を捧げたいと思ったら?」

「……それが、輝夜さんなのですか」

「最初は乙姫ちゃんへの恩返しのつもりだった。だけど、あおい。これは思ったより荷が重い役目になるかもしれないわ。あの人造人間は誰の者にもなってはいけないし、本来はきっと誰とも関わってはいけないの。あの男が胸高鳴るだけで地震が起こる」


 母親たぬきと蒼は木の上に登り、街を見下ろしながら輝夜の事務所の方角と。紫のいる学校を見つめる。


「まるで傾国美女ね、座って瞬くだけでただの人間なのに色んな者を狂わせる。狂気にさせる女王よ。怪異が狂わされる人間なんて不思議だわ」


 一人のおんなとして羨ましくもあるわ、と母親たぬきは笑い、坊や帰りましょうとその場を離れた。

 蒼も街を見下ろし、これまで築いてきた人間関係や、乙姫のことを思い出す。

 好きでもないし、嫌いでもないけど。あの人達が苦しんだり振り回されるのは、何となく吐き気がするなと感じる。


 何より母を助けて貰わなかったら、母は息絶えていただろう、空腹で。

 救ってくれた乙姫に報いたいし、乙姫を助けた輝夜にも報いたい。


「僕が守るよ、お姫様(おとひめさん)。君の騎士くらいにはなってやる」

 

 


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