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第七十四話 香しいアナタ

 あの日から。輝夜の香りが強く感じる。

 輝夜の香りは桃のようなときもあり、柑橘のように感じるときもあり。とにかく甘く甘く鼻を擽る。

 輝夜の香りを嗅いでいるだけで、輝夜を手に入れたくなるし、何者にも頷かない輝夜に苛つくときさえある。


 金糸雀はここ最近の自身の感情に戸惑っていた。

 この香りが異常なのは判っている。本来の輝夜の香りでないのも判っている。

 何者かが輝夜に取り憑いているのだと判っている。

 それでも抑えられない感情で。最近になってやっと、これは魅了されているのだなと金糸雀は理解した。


 いったいだれなのだろう。

 誰に「感謝」をすればいいのだろう。

 これだけ心を掻き乱される思いは初めてで、身体は歓喜に震えている。

 こういう衝動こそ人間だ、これこそが人間なのだと嬉しくなる。


 外因からとはいえ、恋の魔法は金糸雀をどんどん異常性あるものとさせる。

 金糸雀が徐々に自分自身が狂っていると気付いたのは、ある日の地震だった。


「先生危ない、此方へ」

「金糸雀、っわあ!」


 ともに地震の揺れに耐えるため机の下に押し込んで一緒に隠れる。

 その瞬間脈がどくどくと五月蠅く。

 顔が真っ赤になる、輝夜のむせ返る桃の香りが鼻孔に広がり、脳が甘く触れる。

 輝夜の首につい齧り付くと、輝夜が驚いた顔をして金糸雀を見つめる。

 金糸雀はやってしまった、と慌てて離れた。

 それだけでいつもどおりになるのだから、輝夜は今までこういった行動をする者がいっぱいいたのだと思い知り。胸の黒炎が広がる感覚だ。


「ああ、いけない。危ないヨ」


 金糸雀は輝夜をそっと抱きしめ、黒炎が静まるのを待つ。

 胸に引き寄せられた輝夜はきょとんとしている。誰からの好意を全て無にする女。

 愚かだ。

 好意を利用すれば得るものもあるだろうに、なんて愚かなんだろう、と金糸雀は目を金色にしながらぼんやりと考える。


「金糸雀?」

「なんでも、ない」


 にこやかに微笑めば、金糸雀の目はもとの黒色。

 金糸雀は地震が収まると輝夜を開放し、机の下から出てくる。

 金糸雀は膝についたほこりをぱんぱんと払い、輝夜の身を起こすのを手伝った。


 鏡には、金色の目の金糸雀が映るのに、現実は黒い目の金糸雀だ。



 *



 金糸雀はある日の仕事帰りに、露天商に出くわす。

 怪異がたまに出すお店だ。以前輝夜もココでケサランパサランを手に入れた。

 店主は以前と違うが、そんなことは金糸雀は知らない。


「あ」


 ちょうど一緒に眺めていた眼鏡の男が、掌に小さな双眼鏡を手に取る。

 かわりに金糸雀はオペラグラスを手にした。

 品は違えど、同じ内容。その二つは、思い人の言動を全て写し出す道具だった。

 輝夜がいつなにをしてなにを考えているのかが、これを持っていればすぐに判る。

 金糸雀は思案して、買うことを決めた。

 眼鏡の男もその様子だった。眼鏡の男は線の細い白衣を着た教諭の様子だった。


 金糸雀はその日から輝夜がそばにいないときは輝夜を覗き見し、輝夜の周りにいる怪異も覗き見し始めた。

 吉野に市松、二人はきっちりと輝夜を守る為に身を潜めている。どこに居るかまでしっかりと判る。

 ジェイデンが時折盗聴器のメンテナンスにきているのですら覗ける。

 これじゃ足りない。

 もっと輝夜のことが知りたくなった。

 金糸雀は事務所で仕事の振りをしながら、事務所の過去の記録や、アルバム。輝夜の過去の思い出を集めていく。

 それらは胸をときめかせる素晴らしいもので。

 金糸雀はどんどんと目を爛々とさせ、金色に染め上げた。


「畏れる、とても、愚かな人だ」


 金糸雀は今日も輝夜が眠っている隙に調べている。

 最近は輝夜に睡眠薬をもり、深く眠らせてから調べている。そのほうが集中出来たから。

 そんな日々の繰り返しもいつかは終わりが来る。

 ジェイデンがやってきた。

 ジェイデンは輝夜が眠っているのを知っている様子で事務所に乱暴に入ると、金糸雀の胸ぐらを掴み。


「テメエ本性現したか」


 どす黒い恨みの眼差しで睨み付けた。

 ジェイデンは輝夜の情報を独り占めしたかった。これはストーカーの矜持だ、ファンの矜持だ。

 触れず関わらずを徹底しているファンとしては、堂々と私物をあされるのは大変羨ましかった。


「あの人のことが知りたいんデス」

「どうしてだ」

「ワタシには何もない。あのひとしか、あのひとしかワタシを知らないし、ワタシも知らない!」


 ――金糸雀の時折巡る頭の中に、金色の輝夜によく似た女性が過る。

 夢の国で見た女性だ。

 あの女性を思えば想うほど、輝夜と重なり。輝夜にいつか見棄てられるのが怖くなった。

 棄てられる前に支配したかったのだ。


 ジェイデンは事情を察すると、目を細めてサングラスをかけ直した。


「聖域を荒らすな、あいつの情報が欲しければ俺が貸してやる」

「え? 貴方はいったい……」

「あいつのファン二号だ! 一号に殺される前に、泥棒みたいなモノマネやめるといい」


 ジェイデンの忠告に、金糸雀は一つの視線に気付く。

 人間だが異常に恐ろしい人間が殺意を向けている気配がした。

 どこにいるかも判らないのに恐ろしい人間だ。喉が鳴る。


「いいか、お前に同情しただけだ。何も記憶がなくて、あいつに縋るしかないお前にな!」

「うう、メデューサミックス、ありがとう」

「っち。まずはそのオペラグラスをよこせ。それはこっちで回収する」

「えっ、これは駄目デス。とても有難いもの」

「なんだと! 貸してやるんだからお前も貸せよ! 取引は公平じゃないとだめなんだぞ?」

「うう、わかり、ました」


 金糸雀とジェイデンは、密かにこうして輝夜の情報を共有する同盟を結んだ。


 ――それを眺めていたのは、双眼鏡を買った男。

 双眼鏡を買った男は口端を歪めて、鏡に触れる。


「はやく、会いたいね」


 眼鏡の男は鏡に映る輝夜をべろべろと舐めていた。



 

 

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