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第七十二話 たぬきの守護

「あっ、くそ、このっ」

「随分はまっているね」


 金糸雀は仕事の合間にテレビゲームのパズルを攻略していた。

 画面の中でパズルが解ければカラフルなエフェクトでもって消えていき、明るいキャラクターのかけ声が放たれる。

 市松の愛用していたゲーム機は、最近はもっぱらパズルゲームに使われている。

 二人してゲームを愛用する姿はどこか面白い。


「おい輝夜、そろそろ時間じゃないのか」


 この日は乙姫が遊びに来る日だった。

 桃が犬姿で事務所の奥から姿を現す。ふんふん鼻を鳴らすその姿は愛らしく、一気に金糸雀と輝夜はでれっとした。

 今日の留守番を任されているのは金糸雀だ、乙姫を中学校に迎えに行ってからそのままココに戻らねばならない。

 乙姫の経理の腕前は将来安泰で、今では乙姫無しでは厳しいくらいの仕事ぶり。


「あいつのそばに、最近やな匂いがするんだ」

「やな匂い?」

「獣くさいんだ」


 うううう、と歯を見せ唸る姿すら愛らしいのだから困ってしまう。

 輝夜は桃を抱きかかえると、金糸雀にいってきますと告げて外に出た。

 桃を抱きかかえながら、話の続きを聞く。


「獣は君じゃないのか」

「ちがう、魂の匂いだ。何かが獣臭い」

「いったいどういうことなんだろうね」

「でもあいつは言うことを聞かないんだ。ヤキモチ可愛い、って笑うんだ。僕は怒っているのにな」


 ふしゅふしゅと鼻息荒い桃の匂いを嗅ぎながら、輝夜は歩く。

 桃はきゃんきゃんきゃんと啼くと輝夜に抵抗する。

 抵抗してからぼふんと、男の娘姿になり。中華ロリータの美少女顔が現れる。


「なにをするんだ!」

「いやあ、つい。可愛くてね。ジェイデンがよく動画でこういうのの見てたから。どんな意味があるのかとおもい。幸せになれるね」

「やめろこのすけべ!」


 桃はぷりぷりと怒りながら日傘をぱっと差して、輝夜に「ん」と手を差し出し、並んで歩き始めた。日傘にいれてくれるらしい。

 何処か桃も昨今では輝夜に優しくなってきた気がする。


 *


 中学校にまで迎えに行けば、乙姫の帰りを校門で待つ。

 男性や大人なら何か言われるのかも知れないが、見目がこのとき二人は十代の若者なので、誰からも同級生や違う学校の友達を待っているだけにしか見えなかった。

 美形の顔立ちの効果もあり、ただ注目だけは浴びる。


「輝夜はこの学校どう思う?」

「そうだねえ。懐かしいかな」

「なつかしい?」

「母校なんだ」


 輝夜は微苦笑し、通っていく生徒達を眺めていく。

 生徒達に声を掛ける先生がいる。

 一回の窓辺に、保健教諭らしき者がいて目が合う。

 保険教諭は微笑んだ。


「随分変わってしまったね、この学校」

「そうか。どんな学生だったんだ輝夜は」

「大人しかったよ、優等生に見せかけた詐欺の劣等生だった。私が優等生になったのは高校生からだ」

「大人しいだけの勉強ができないやつか。最悪だな」

「ぐれてるほうがまだ判りやすいよな、そのくせ受験はいいとこに受かったんだ」

「受ける前にまわりがしぬほど止める姿が想像つく」


 輝夜は保険教諭が、乙姫と会話しているのを見つけると、乙姫のまわりに男子生徒を見つけた。

 男子生徒はなるほど、確かに何処か変わった空気を感じる。

 男子生徒は黒髪黒目に、眼鏡をかけた、丸い目の男の子だった。

 真面目に第一ボタンまで締めてるあたり、優等生に見えるが自分の例もあるので輝夜には判別しがたかった。

 乙姫は輝夜に気付くと保険教諭に挨拶し、男の子を引き連れてやってきた。


「輝夜さん、お待たせ! 桃も!」

「遅いぞ乙姫。なんだ、また(あおい)もいるのか」

「乙姫さんたら宿題まだ出してないんだよ! 乙姫さんだけだよもう」

「だってえ! 週明けに持ってくるから許してよ、あおいくん!」

「……輝夜の血を感じるな」

「言わないでくれ。私も実感してる」


 あおいと呼ばれた男子生徒はどうやら宿題を集める係のようだった。


「ぼく怒られちゃうよ!」

「私のかわりに怒られておいてよ。私はこれから週末なの。可愛い私の王子様が待っているんだから」


 乙姫の言葉に桃は少しだけ嬉しそうにどやっとしてから、じわじわと恥じらい俯いた。

 その姿だけで青春を感じて、輝夜は頬笑ましかった。


「いまどき王子様なんて口にするの乙姫さんくらいだよ」

「そうなのかな、ほんとに可愛いのよ王子様」

「かっこいいのではなく?? 可愛い王子様?? ああっもう、どうでもいいけど、早く出してくれないとぼくだって困るんだよ」

「ないものをだすわけにはいかないの。あ、そうだ。じゃああおいくんついておいでよ。私が宿題やってる姿みれば、安心するでしょ?」

「君の家に遊びに行けって?」

「ううん、私の家じゃなくて。そこのお姉さんの家。週末は輝夜さんの家でお世話になるの」

「へえ。じゃあお世話になろうかな、いいですか、輝夜さん」

「おお、うちは構わないが親御サンはよいのか」

「ああ、大丈夫ですよ。改めましてよろしくおねがいします!」


 蒼は衣服を整えて、びしっと名乗った。


田抜(たぬき) (あおい)といいます」


 将来はとびきりよい好青年になるものを感じるとどうじに、輝夜には蒼が何者か伝わり、なるほどと頷いた。


 *



「わあ、ぼく探偵事務所ってはじめてはいった!」


 事務所に入るなり、きょろきょろと蒼はあたりを見回し。

 乙姫が着替えている間、桃が茶菓子の準備をしている。

 金糸雀は応接室で仕事の処理の最中で、早めに乙姫の宿題が終わるのを待っている。

 蒼はきょろきょろ見回した末に輝夜と目が合うと照れている。


「それで、乙姫さんの王子様ってだれ」

「僕だ」


 お茶菓子を持ってきた桃を見て、蒼は大笑いした。


「お姫様じゃないか! なんだ乙姫さんってそういう趣味があったのか!」

「百合のはなしときいて! 男のロマンス、ジャパニーズ浪漫、百合デスね!?」


 蒼が大笑いしているのを眺めていた金糸雀ががたっと席をたち大興奮に桃を見つめる。

 桃は唸りながら、茶菓子の世話を終わると胸を張って客間に座る。


「僕は男だ!」

「なんでそんな格好なんだ」

「じ、事情があるんだ!」


 メリーさんだった頃の名残とは言えずに、桃は恥じらい乙姫の来訪を待つ。

 乙姫が着替え終わりやってくれば、宿題を開く。


「お待たせ、ってなあに。みんな笑っている。輝夜さん以外」

「桃が女の子に勘違いされていたところだ」

「まあ! 酷いわ、私の王子様男らしいのよ」


 乙姫の言葉に桃はどんどん真っ赤に顔を染めて「もういいから」と宿題をするように勧める。

 金糸雀はその姿を見て、何かが目覚めそうになり、胸を押さえてそっと頷いた。


「これがときめき……」

「もういいから早く終わらせてくれ宿題! あ、ぼくのすきな煎餅ある、いただきます!」

「待ってる間桃と暇つぶしでもしたらどうだね」

「えー、あ、じゃあ怪談話でもどう?」


 蒼はにやにやとしながら煎餅をぼりぼりと食べ、桃は瞬いて苦笑いした。

 流石に怪異である自身で怪異話することになるとはおもわず。

 桃の引きつり笑いを見て勘違いした蒼はにやにやした笑みを濃くした。


「びびってるんだろ王子様」

「違うぞ! いいだろう、してやる。メリーさんを知っているか」

「そんなの有名すぎて怖くないよ~、今時非通知の電話なんて出ないだろ」


 桃は輝夜の顔を泣きそうな顔で振り返った、輝夜は明後日の方角を向いた。

 桃のぐっとした唇を噛む様子に機嫌を良くした蒼が語り出す。乙姫はそれどころじゃなく、宿題に集中している。


「101個目の怪談ってしってる?」

「100物語じゃなくてか」

「そう。100物語を終えたところで起きる怪談だ。最後の蝋燭を消して、安心したところで物音が聞こえるんだって。どんどんどん、って扉が叩かれる」

「叩かれたくらいじゃな」

「それだけじゃない。窓にべったりと手形がでて、最後に蝋燭明かりに男の顔が写るんだ。男は恨めしい顔で、……言うんだ。『次はお前だー!!』って」


 どんどんどん!!!


「わあああ!!!」

 


 突如扉に音がする。

 びくっと全員が反応し気まずさに顔を合わせる。

 窓を見れば手形はない。

 輝夜が代表し扉をあければ、そこにはジェイデンがいた。


「お前はほんっとに趣味が悪い、盗聴器で聞いていたな?」

「みんな集まってるから寂しくなっちゃった♡ オレもまぜてえー」


 突然のジェイデンの来訪に乙姫は頬を染め歓迎し、桃は退屈そうにした。

「せっかくの怪談が水を差されたな?」

 

 桃は蒼に鼻で笑い、乙姫の宿題のミスを教えて。時間が過ぎゆく。

 やっとのことで終わった宿題は消しゴムまみれで、蒼は満足げに手に取った。

  


「お邪魔しました! また来週ね、乙姫さん」

 

 

 蒼は乙姫の宿題を回収すれば世話になったお礼を告げて、帰って行く。

 輝夜は窓辺から蒼が帰って行く様子を眺めて、桃とジェイデンや、乙姫達の会話を聞いた。


「獣くさいだろ、な? あいつ」

「そうかあ? 匂いに気をつけてるだろ、滅茶苦茶香水くさかったぞ」

「そう? 私は石けんの香りがした。なんで人によって香りが違うんだろう」


 乙姫の疑問に、輝夜は蒼が変化していく姿をみて自分の中の答え合わせが出来満足だった。

 答え合わせをしたらそれ以上は誰かに言うつもりはない。

 蒼はたぬきの姿に変化し何処かへ走って行った。頭には葉っぱがついていた。


「化かされているのかもな」


 輝夜は静かに笑い、集まった皆のためにと湯河原屋に電話を掛け、寿司をとろうとした。


 

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