第七十一話 踏切駆け引き
かんかんかんかん、踏切が鳴っている。
珍しく道に迷った輝夜。適当な道を直感で歩き。携帯も地図を読み込まない。
いつものやつだと気付くには遅くて、景色のなかに誰も人間はいなかった。
道は全部踏切で遮断されていて、線路には時折電車がごうごうとはしっていく。
「早く帰らないと。こんなときになんでまた買ってしまったんだろう」
手の中には期間限定のアイス。
この夏気合いを入れた贔屓にしているアイス会社が、八種類ほども新発売していた。
そのうちの八種類をまとめて売っている箇所を見つけたものだから、慌てて買った。
それから今だ。
早めに帰らねばアイスは溶けていく。
輝夜は踏切を見つめて悩む。
踏切はボタン式で、ボタンを押さねば開かないあたりがどこか妖しい。
踏切の先に見えている人も妖しい。
何せ、遠い先に銀次の背中が見えるのだ。
悲しくなる。あの日消えた銀次はどうなったかは、記憶に新しい。
老女を追いかけ、消えゆくことを選んだ銀次。
自分の為に振り返ったらどうなるかを示した銀次。
そのためにも、自分はあちらに行ってはいけないのだ。
「ふむ……」
しかしどうして、今のままではいけない。
何か現象を切り替えるスイッチがあるとしたら、あのボタンなのだろう。
輝夜は嘆息をついて、ボタンを押した。
かんかんかんかんと電車の通る警告音が響き渡る。
警告音は耳に割れるように響き、電車も勢いよく通り過ぎていく。
わああああと叫び声のように電車は通り過ぎ、電車の中に昔であって名前を思い出せない人々が乗っていた気がした。
踏切があいた。
さて、渡るしか、ないのだろう、と足を踏み出した瞬間。
「駄目よ先生。まだそちらにはあげない」
「――市松!?」
市松の声がし、振り返るよりも先に喉元へ腕を置かれ一気に後ろにぐんっと引き寄せられた。喉に衝撃を与えられ一瞬苦しかった。息が詰まる。も、すぐに開放される。
様々な幽霊が踏切の先を歩んでいき、消えていく。銀次が振り返って、「げえ」とでもいうような顔をしていたから、渡ったらまずかったのだろうと察知する。
それでもこうするしかなかったのだ。
きっと現実に戻る合図には、この男の、<外>からの干渉が必要だったのだろう。
引き寄せられれば、現実の踏切を渡りきったあとの様子で。
とん、と背中を押されれば輝夜は地べたに転び、後ろを振り返る。
市松だ。
あれだけ探した市松が確かに居る。
輝夜は感動し、市松に声をかけようとすれば、市松は仮面をずらし。
金糸雀の顔を見せた。
「この人にお気をつけを」
「どうして」
「貴方の永遠を願っている」
「死?」
「人間じゃなくなることを、願っている人だから」
「君の話はいつも分かりづらい。判りやすいことを言えとはもういわないよ、だから事務所に行こう。帰っておいで。いなり寿司食べよう」
「魅力的な誘いだけど。まだ、行かないよ。貴方が、気にしてくれるまで」
「充分気にしてるじゃないか」
「ううん、先生」
市松は地べたに座っている状態の輝夜に近づき、身をかがめて視線を合わせる。
その頃には輝夜そっくりの顔だ。
輝夜の母親の顔で、市松は微笑み。
するりと頬を撫で、唇に指を滑らせた。
「先生は、僕などまだ些末な存在よ」
「そんな、わけ」
「先生はね、きっと。唯一や、特別を作れないの。博愛なの」
「違う、私は」
「ねえ先生。先生を変えるにはきっと衝撃が必要よ、もっともっと衝撃が必要。貴方が本当に恐怖し泣きわめき、びびり散らかすその日まで。遠くから見守ってあげる」
「……なんでそんな意地悪を言うんだ」
市松は顔を一気に何者でもなく。瞳のないのっぺらぼうの顔にすると、輝夜の頭をぽんぽんと撫でて立ち上がる。
輝夜は追いかけたいのに身動き出来ない。
市松にはそれが判っているのか振り向きもせず帰ろうとしている。
それが悔しかった輝夜は、自身の身体に持っていたブレスレットで日本刀を現し。身体を切りつけ、衝撃を与えてから立ち上がり。
痛みで意識がはっきりしてるうちに、自我を放ち市松を追いかけ掴む。
掴まれた市松の顔はのっぺらぼうだから何を考えてるかは判らないが、恐らく驚いてる。
「先生」
「お前はいつも勝手に完結する。私の声も聞かず、一人で納得し一人で満足する。少しは私の話を聞いてくれ、帰ろう」
「……なら先生は僕のこと好きだとでもいうの?」
「そんなわけない」
「ふふ、先生が大好きか大嫌いかにならないと、帰ってあげない。大好きだけも、大嫌いだけもつまらない。沢山感情を抱えて。沢山僕に混乱して」
「……市松、お前何がしたいんだ」
「貴方の心にハンモック付きでお昼寝したいだけです。僕の寝息が忘れられなくなるまで。その怪我は早めに手当してね」
じゃあね、と市松は一本ずつ輝夜につかまれていた指を外し。
市松と輝夜の間には踏切。
かんかんかんかん……。
警告音が響き渡り、黄色と黒い竿が閉ざされていく。
市松の心が、輝夜をシャットアウトしている具現化のようだった。
がたんがたん……がたんがたん……。
電車が通り過ぎれば市松は消えていた。




