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第七十話 敵対視の火花

 金糸雀は輝夜の代わりに所長代理として仕事をしてきた。

 何せ今の輝夜の見目は十代だ、どうみても。ラブホ街で写真など撮れるわけもないし。依頼人から信用もされづらい。

 居候の身としては尽くしてやりたい気持ちにもなるうえに、それ以前に輝夜には貴方のために働かせてクダサイと言わせる何か魔性があった。

 輝夜のために尽くしたい。輝夜のために力になりたい。ひとえに、輝夜の気を引きたいという気持ちになる。

 あの絶世の美少女顔は何もかも持っていって捧げますとさせる力があるし。さらに言えば輝夜自身が、己の日に無頓着で他者に我関せずとするあたりがまたそそるのだった。


「罪作りな人だ」


 金糸雀はそっと歩き出せば、通り道に狐面を見つける。

 狐面は仮面を外せば輝夜そっくりに見える。瞳の色と髪の色が違うだけの輝夜だった。

 あとは髪型だろうか。

 輝夜の顔は輝夜の浮かべない、意地悪な笑みを浮かべた。


「どんな顔に写ってます? 先生ですか?」

「そうだね、先生だ。先生のお知り合い?」

「先代の助手でした、といえば判りやすいかしらね」

「君市松くんだろう、先生が探していたよ」

「そう、一生懸命?」

「そうだね、とても君の情報に一喜一憂していた。あの無頓着の先生が」

「ふふ、そうなの。それはとても嬉しいけれど、まだ帰らないの。僕は最高の瞬間を見計らって帰ります」

「いずれは帰るんだね」

「ええ内緒ですよ? ひとつ内緒話をしにきました。貴方の「博士」のお墓、とても力が集まってますね?」


 市松がにこにこして告げれば、金糸雀の目の色は金色となり、金糸雀は市松の喉笛を抑えた。

 片手で市松の喉を圧して、そっと目を細めた。


「そうか、君は判るのか」

「っけほげほ! ――初めまして、死体の貴方。貴方にお会いできて光栄です、よ」

「ううん、ワタシが誰なのか、何が欲しいのかもばれてるのだね。表のワタシに任せて良い相手じゃないようだ。君がいるときは、ワタシが表に出よう」

「有難う、それで。その手を外してくださらない? とても喋りづらいの」


 市松の注意にふむ、と唸れば金糸雀の姿に入っている何かは微笑んで手を放した。

 金糸雀の顔をしている何かは、そっと親指を舐めると、シルクハットの位置を調整し直す。

 夜道にじじ、と電灯の音が響いて瞬いた。


「鬼でさえ判らない者を何故判った?」

「簡単よ。先生に近づくもの、全部調べてるの僕。気合いの入ったストーカーでしょ?」

「何だ探さなくても本気になれば出会えるじゃないか、輝夜のやつめ。まあいい。それで、ワタシに何か用事?」

「四神を探しているならそのうち住所を送ってあげる、匿名で。だから獲物は四神だけで満足して去りなさい」

「……ふうむ。いや、ワタシは彼らの心臓は要らない。それよりも、興味が沸いたことがある」

「なんですか」

「君は、輝夜の心臓にならないか? そうすれば輝夜は死なないな、君が彼女の中で生きる」



 ――金糸雀の言葉に市松は大笑いして、手をひらひらと振って電線までしゅとんと飛んでいく。

 ふわりと羽のような軽さで電線に乗れば月を背負い、市松は狐面を被る。


「駄目よ。僕は先生にそのままでいてほしいの。体が欲しいとかじゃない、同化したいわけでもない」

「交渉決裂、か。判ったよ、是非とも今度から君の心臓を勝手に狙わせて貰おう」

「そんなに先生のこと気に入ったの? どうして」

「輝夜はワタシの博士が愛した助手に似てるんだ。彼女は今もワタシの心臓だ」

「そう、貴方は――博士になりたいのですね」


 市松はふらりと電線に背中から倒れるような形をとれば、姿を消した。

 金糸雀は愉しげに笑い、金色の目が消えれば、真っ黒い目が戻る。

 きょとんとした金糸雀はきょろきょろと辺りを窺い。

 意識のない十分間に思いを馳せる。


「最近物忘れ激しいネ」


 慌てて帰ろうとすれば、靴紐が切れて転んだ。

 転んだ先には頭のないお地蔵様。頭のないお地蔵様と同じ目線になる。

 金糸雀はお地蔵様の前で靴紐を結び直した。


 *



「この写真もこの写真もだ」


 輝夜は金糸雀から撮って貰った写真を現像すれば、不可思議なものに気付く。

 必ず笑顔の女が何処かしらに写っているのだ。場合によってはどアップだ。


「現場にはいなかったんですけれど」


 金糸雀はぽかんとした顔で湯上がりにタンクトップ姿でビールを手に取り、かしっと開ける。

 プルタブを押し出してビールを一気に流し込めばおっさんの出来上がりだ。

 おっさんめいた金糸雀を放っておくと、輝夜は笑顔の女性に好からぬものを感じた。


「これは。呪いだな」

「呪い?」

「最近何かあったかい」

「ううん、十分だけ意識がなかったときがありマシた」

「その間誰と出会ったか判る?」


 輝夜に市松と出会ったと告げれば、あとは市松に話題を攫われそうな気がする。

 それは大変面白く感じない金糸雀。金糸雀にとって輝夜は、現在の依存先でもあった。

 誰も自分を知らない面倒を見ない土地で、唯一優しく受け入れてくれた女性だ。

 他の男に執心な姿などみたくない。


「覚えてない」


 ぷいっと金糸雀は膨れて外の窓ガラスへ視線を向けた。

 事務所の空調がぶおおんと少しだけ揺れた。電灯が一瞬ちかちかすれば、輝夜はそうか、と頷いた。

 それすら金糸雀は不満だ。


(もっと気にしてクダサイよ、ワタシだけみたいだ。貴方を気に掛けてるの)


(これだけ気に掛かる理由がわからないときがある、多分、顔と態度だけど)


 輝夜は誰に対しても表では無関心である態度を感じるのに、いざというときは関心が見えるから見ていてくれたんだ、と夢中になってしまう。

 それが輝夜の厄介なところだ、と分析しながら金糸雀は最後のビールの雫を流し込んだ。


「恐らく君に取り憑いてるな」

「怪異が怪異に取り憑くって?」

「君は自分が何の怪異か判るのかね」

「んー、判らない、から。何とも言えないデスけども。まさかあそんな……」

「笑顔の女性か。笑顔になる理由はなんだろうな」

「ワタシがイケメンで見惚れてるとか」

「私のまわりの怪異は自画自賛が多いね」


 輝夜の呆れている様子に輝夜から写真を奪い、金糸雀は笑顔の女を見つめる。

 笑顔の女を見つめてからふと窓ガラスに視線を映せば、一瞬笑顔の女がいた気がして、金糸雀はびくっとする。

 たしかに狙いが分かったほうが解決が早い気がする、とはいってもこの場ではおそらく金糸雀に取り憑いてるとしか判らない。

 金糸雀の何が嫌だったのか。


「ワタシ、今日ここからいないほうがいいデス?」

「危険があるのは慣れてる、気にするな、それより何か心当たりはないのか」

「ううん……」


 金糸雀は唸り、小首傾げる。

 心当たり――そういえば。変わったことといえば今日靴紐が 切れたことか。

 そのときお地蔵様がいた。頭のないお地蔵様だ。

 手を合わせなかったのが悪かったのか。


「ちょっとワタシ今から行ってきます、先生も一人は危険だからついておいで」

「判った。とはいえ、この見た目だから補導されないようにな」


 人買いしてると思われてもおかしくない時間帯だ。

 金糸雀は輝夜にフードを被せて、コートを着ると二人でお地蔵様の道へ向かう。

 かつんかつんと足音が鳴る。背後からはもはや存在感を消すつもりもないようすだ。


「ひええ、なんだってそんなに怖いのに笑顔なんデス……ジャパニーズホラー最低ネ」

「日本の恐怖体験は世界一だろう」

「ねっとりしてますう」


 金糸雀は輝夜を抱えて、お地蔵様のまえまであと一息だ。

 笑顔の女の足音が急速に早くなる。

 輝夜は一息呼吸すると、金糸雀を先へ行かせてブレスレットの日本刀を現す。


「先に行き給え、私が相手しよう」

「お願いします、先生! 死んじゃヤダヨ!?」

「まだ生憎死ぬ予定も遠いんだ、私は遠い将来で孫に囲まれて死ぬ」


 輝夜の長期プランの寿命話を聞けば、金糸雀もほっとするも慌ててお地蔵さまのもとにお辞儀する。

 輝夜の日本刀のきんきんという擦れ合う音を背景に、お地蔵様に持っていたお饅頭をお供えすれば笑顔の女は消えた様子だった。


 輝夜は呼吸を落ち着かせて金糸雀の側に歩み寄る、少しだけ傷だらけで首元に紅い手跡があった。


「どうやら、君は礼儀を欠いたみたいだね」


 輝夜はお地蔵様に拝むと、持っていたワンカップの酒をお供えし、金糸雀に手を差し出した。

 人間の方が怪異になれてるなんて、金糸雀にとっては恥ずかしくて今にも消えたかった。



「ジャパニーズホラー嫌いネ」

 

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