第六十九話 夢ランド
「他人の夢ってみたことある?」
金糸雀から問われたのは不可思議な言葉。
輝夜は小首傾げて金糸雀の膝の上で金計算していた。
紙幣を数え終えた輝夜は財布にしまい直し、輝夜は金糸雀を見上げた。
「他人の夢?」
「そう、もし他人の夢が覗けたらどうする?」
「悪趣味だなとしか思わないな」
「先生のそういうところ、すごく先生ってかんじする」
金糸雀はチラシを手に取り、市松を示す。
「この人の情報だって今より集まるかもしれない」
「無意識下にあるとでも?」
「見目や形で情報になるでしょう? 服装とかね」
「まあ、たしかに」
「それで、デスね。先生、こういうのがあるんデス」
市松のチラシの上に重ねられたのはカラフルなチラシ。
ふわふわの雲を模して語られるのは「夢の国」――といっても、なにかのアミューズメントパークというわけでもなく。
実際は夢を共有して、他人の夢に入ることができますとある広告だった。
「入場チケット三千円。夢自体はタダのはずなのに高いな?」
「タダより高いものはないというくらいデスから、これくらいのほうが現実味ある気がしマス」
「なるほど、何処に払えば良い」
「行くの?」
「市松の情報があるなら、何かのデメリットはあっても取得していかないと。本当に欲しい物があるときに、傷付かずに手に入れるなど無理だ」
「実感のこもったお言葉素敵」
「嫌みったらしいところ誰かさんを思い出して笑いたくなるよ」
輝夜の微苦笑に金糸雀はきょとんとして、シルクハットを被り直す。
チラシを読み直せば、金額を枕の下に重ねて置いて、枕元に赤い糸を五円玉に結んでおけばくると画かれている。
念のためドリームキャッチャーでもおいておこうかなあと金糸雀は思案する。
輝夜は夢の中に何か持ち込めないかと思案する。
昔から紙や写真を枕の下に重ねれば持ち込めるのではと思案し、金額の三千円を眺めればだから枕の下かと納得した。
「金糸雀、君は何が得意だ」
「そうですね、踊るのと歌うの。あとは絵を描くの」
「なるほどそれはいい、絵が上手いんだね。なら手伝ってくれないかな」
「何か描いてほしいものでも?」
「物騒な物をひとつかいてほしい」
*
後日、月のない夜に金を枕の下にいれ、そのうえに金糸雀から画いて貰った紙を数枚ほどいれておく。
するとどうだ、眠ってしばらくすれば、現実でも見覚えのある景色が見えてくる。
夢の中だと理解するには、手元の持ち込んでいた市松から貰ったブレスレットや、ガトリングを見れば簡単だった。
夢の中だから雲よりも軽い感覚で持てる。
「お待たせ、待ったァ? ハニー♡」
「待ってないんだが、君もきたのかねダーリン」
「先生一人で行かせるのもこの間の鬼に怒られちゃう。怖いよあの鬼」
夢の中の金糸雀は、寝間着姿で欠伸をしている。
今頃客間で眠っているのだろう。
夢の中は現実でよく見かけるテーマパークを模していて、そのテーマパークもたしか夢の国だとか揶揄されていたっけと輝夜は思案した。
夢の国のなかに入れば、客が大勢うろついている。誰もが顔無しで、輝夜には懐かしい光景に思えた。
そのうちの一人が夢の国で、アトラクションに並び出すと何人かも並び始める。
アトラクションは、スリリングな夢、だのエロい夢だの描いてある。
望んだ夢を見られるという形なのだろう。
「明晰夢を見ればイイのにそれなら」
「そんなの簡単にできないデショ」
「それもそうか。夢に金をかけるくらいなら、現実でうまいものでも食える値段だな」
「夢でくらいうまくいきたいのデショウよ。希望があるのが夢だけなんです」
「そうだな、私も夢に市松の情報を望んできたしな。希望が欲しい」
「先生はそのひととどういう関係なの」
「わからん。気の良い友人だ。好きだったといわれたけど」
「おや。思いを叶える気がないなら、合わない方がいいんじゃない?」
「そうもいかない。あれはあいつ流の構ってちゃんだ」
「……先生は。好きなのデス?」
「さて、どうなんだろうな」
輝夜は穏やかにはにかめば、金糸雀の目は一瞬金色になる。
金色の眼差しがは虫類のような眼差しになっていくが、一瞬で消える。
「何だこれ、自分を描く夢?」
輝夜の目の前に誰も並ばないアトラクションが現れる。
物珍しさに興味を引かれた輝夜はアトラクションに並んでみると、金糸雀は頭をぶるぶるふってから意識を取り戻し。不思議そうに輝夜に気付くと一緒に並ぶ。
「夢でくらい並ばなくても良いのに、日本人は行儀が良い」
「文化だね。並ぶのが好きなのだ」
呆れた金糸雀に輝夜が笑えば、順番がくる。
アトラクションの中はミラーハウスになっていて、ミラーの中にこれまで自分の体験してきた景色が映し出される。
これまで出会ってきた人達が写し出されたり、怪異に襲われた現実も映ってくる。
金糸雀の方角は鏡のままで金糸雀の姿さえ映さない。
その中にたった一つ写し出されているのは輝夜だが、輝夜によく似た顔立ちの別人だった。
色合いが違うだけの金髪蒼目の輝夜であった。
「君の知り合いかね」
「心当たりがない、だってワタシ、記憶喪失だもの」
「とても大事な子だったんだねきっと。私に頼ってきたのも何となく判ってきた」
「そう、そうだね。とても、手放せなかった気がする」
輝夜によく似た色味の少女は、金糸雀と幸せそうに笑い合っている景色のループをしている。
再生巻き戻しの繰り返しを眺めているようだ。
輝夜の方角の映像は全部が長編の映像のような、繰り返しなどないのに。
「ねえ、ワタシ気付いたのだけれど」
「奇遇だね、私もだよ」
「うん、先生の映像の何処カシラに、絶対狐面がいるね」
「……ずっと眺めていたんだなあ」
「だとすれば今も見守っているはずだよ。ずっと、ずっとしていた習慣をやめられるはずがない」
「それもそうだな。それに、この夢の形式だと他人の夢に関わるのはできないみたいだしな」
「三千円、いえ。六千円大損しただけネ」
「言うな、湯河原屋で竹が食えた」
輝夜がやれやれとミラーハウスを出ようとすればぐにゃりと空間が歪む。
小人が出てきて、きひっきひっと笑っている。
不気味な小人は、フォークとナイフを持って涎をこぼれ落とし、舌なめずりをしている。
「なるほど、遊びに来たものの魂を食うのか」
「こういうときのために用意してたんデスねそれ」
「そうだ、君にはこれを貸してあげよう」
輝夜はガトリングを金糸雀に預けると、自身はブレスレットから日本刀を模す。
市松から預かった付喪神入りのものだ。
小人を追いかけて切りつければとどめに切り開き、金糸雀はミラーハウスへガトリングを乱射しミラーハウスをたたき割った。
小人が泣きながら「帰ってえ!!」と騒いだところで目が覚める。
三千円だけ綺麗に抜き取られ、ガトリングなど画かれていた紙には真っ赤に禁止マークが足されている。
「やっぱり情報は現実的なものにかぎるな」
輝夜は寝直し、その日は夢を見ることもなく深い眠りだったという。




