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第六十六話 僕の探偵さん、幸せでいてね。愛していたよ――市松より


 死者の村まで降りてくればあとは何処へ逃げようかと戸惑っていた市松を名乗った吉野だったが、ぽんと現れた存在に驚く。銀次だ。

 銀次が先導してくれて、さっさと逃げ出せる行為に繋がった。迷路のような村からスムーズに出口近くまで行けばジェイデンたちはバイクを確保し、乙姫と桃を連れて一足先に逃げられた様子だった。

 あとは輝夜と市松よしの、銀次だった。大きな地震は地割れを時々起こし、大変危なかった。

 あと少しで逃げられるとなった、刹那――。


「……ああ、駄目だ、わしは。あの子の声が、聞こえる」

「そんな、銀次! 逃げないのか」

「よい、もうよいのだ、わしはここまでだ。あの子を、置いて行けるわけなど、なかったのだ。そもそも、これが、わしの目的だ。さよなら人の子、お前のことは嫌いではなかったよ最後には」

「だめだ!」

 輝夜は駆け寄ると目の前にいる銀次へ抱きつき胸ぐらを鷲づかみにすれば、銀次はしょうがないと笑いながらあやすような声をかけてやり。手探りで借りていた仮面を輝夜へ渡した。

「安心せい――これがわしの幸せだ、やっとひとつになれる」


 先導している銀次が、その場を振り向けば、銀次の身体は一気に半透明になり。

 輝夜を通り抜けて、見た覚えのない破顔で何かを求めていった。

 とても晴れやかな笑みで、全てからの解放故の安堵が通り過ぎていって消えた。

 輝夜なりに銀次の存在は気に入っていた、だからこそ悲しい。自分にできる行いを提案させることなく、最初から目的を隠されてこの場はきっと用意されていたのだと。

 銀次は最初から、ああやって「あの子」と――老女とひとつの同じ存在になるのが目的だったのだろう。再会したときから生気を感じられない理由に、納得がいった反面寂しさが一気に募る。

 「あの子」という銀次の命より大事な存在に心当たりのあった輝夜は悔しい思いで、市松よしのと一緒に走り抜けようとする。



 刹那。



「輝夜、立派に頑張ったね」


 母の声がした。

 一気に懐かしさで鳥肌がえらいほど総立ちし立ち止まりながら、身震いがした。

 心が感じるより真っ先に身体が歓喜に震えている。

 父はきっとこうなるのが判っていて、恐らく親子揃ってそうなるだろうから、たとえ死んだ母に会いに行けるとて戻ろうとしなかったのだろう、と輝夜は思案する。

 父親は絶対に振り返ってはいけないと、言っていた。駄目だと心に言い聞かせる。

 しっかりと腕に爪の形が食い込まれ、血が流れるほどに耐え忍んだ輝夜は、声が震えた。

 声に出せずにはいられなかった、焦がれた存在だ、懐かしい存在だ。

 全ての、愛しさの原点だ。


「かあ、さん」


 涙がぼろぼろ零れる。

 本当はもっとゆっくり会いたかった。本当はもっと違う形の出会いがしたかった。

 夢枕にたつとかでもいいから、笑い合うことを許される環境を望んでいた、母親と再会する日のときは。

 再会を現実でする行いなど馬鹿らしいほど夢物語なのに、巫山戯た再会の仕方だけは現実的だ。残酷なタイミングで、してはいけない行いつきで、再会させるのだから。

 こんな状況でなければ、自分も銀次のように振り向いていた。振り返っていた。

 けれど、銀次は身を以て教えてくれた、振り向けば死者と同化するのだと。ついてきてから消えていったのは、きっと輝夜に注意しろと意味合いもあったはずだ。最後にちらりと目が合ったのだ、何せ。あの自分本位で、興味でしか生きていない化け物に気遣われたのだ。

 最後の最後に向けられた瞳には優しさがあったのだから。輝夜は立ち止まってはいけないと、喉をがらがらに枯らして、震えた。市松よしのはおろおろとした所作を前を向きながら見せていた。


「有難う、ずっと、貴方を尊敬しています……」

「元気でね、……翁さんにヨロシク」

「はい……ずっと、ずっと、貴方は、私の大事なお母さんです……私の全てです」


 輝夜はぼろ泣きしながら、膝を折りそうになったものの。折りそうになった膝をぱしんと叩き、顔面を己で両頬にビンタをすれば、ふうと落ち着き只管に前を見続ける。


「市松、行こう」

「……はい、先生」


 市松よしのはやたら静かに駆け抜け、全力を使って死者の村から出て。月夜村を降りて、近隣の村が近い道路まで降りる。輝夜を途中から抱えて、猿のように竹を蹴っては次の竹をバネにして、飛び移るように移動していた。

 道路まで降りればそこは、地震などなかったかのように平穏な地盤だった。

 先に行ってたはずのジェイデンは、粉々になった華石を抱えていた。脇にはバイクで酔った桃と、意識のない乙姫が丁寧に座らされている。


「何に使ったんだ……」

「オレの身代わりになってもらった。あの村にあるひまわり畑を代償に、身代わりになってくれた。オレにとって、向日葵が一番大事らしい……」


 昔、向日葵の思い出を人魚の子からしてもらったな、と輝夜は和やかに笑い。

 やっと助かった、助かったのだと市松よしのへ振り返る。

 輝夜は市松を心から市松だと信じ切っていて、すっかり安心していた。もうこの呪縛から助かったのかも知れない、と心から気が楽になれた。

 ただ引っかかりはある、あの後吉野いちまつは無事に逃げられたのだろうか、と。


「吉野は大丈夫だろうか……神様だからって、一人にしてよかったのかな」

「逃げるしかなかった、あの場はあいつにしか任せられなかった」

「でも私は、いつも。自分でどうにかする行為ができないんだ、酷い女だよ、無責任だ」

「……カグヤ、人間がどうにかできるレベルを超えている。貴方の境遇は。それだけは、覚えてくれ」


 泣いて輝夜が抱きつくので、思わず市松よしのは輝夜をそっと退けた。

 そしてお面を外し、正体を露わにする。

 吉野は視線を泳がせて、真っ青な顔色だった。


 吉野は辛そうに笑い、驚く輝夜へ恐る恐る頭を撫でようと手を伸ばしたが咽せて身体を折ると、輝夜は吉野を支えようとした。吉野は輝夜に嫌われるのを畏れて、怖じ気づきながら肩を借りた。


「なんで……?」

「頼む、少しだけ。懺悔に付き合ってくれ。俺の力が回復するまででいい」


 市松のコートを着て、狐面をつけていた吉野は髪の色を戻すと、切なげに俯いた。



 吉野はそれから喫茶店で語ってくれた。

 一年経てば自動的に村はなくなり、元から輝夜に降り立つ災難は取り除かれていただろうこと。一年経てば死者の村から母親もいなくなっていただろうこと。

 もしそのまま何もせず一年経てば、代わりに乙姫と翁は犠牲になっていたこと。

 輝夜の身だけを考えるならば放置したい吉野だったが、それで笑う輝夜じゃないと市松は考え。それで二人なりに未来を、どうなるか想定し。いざというときの囮を市松が引き受ける代わりに、吉野はずっと嫌われてでも輝夜を守る約束をしたこと。

 それが二人にとっての妥協案だったこと――。


 全て頭に入らない輝夜だった――市松は、いない?

 あのとき輝夜は、吉野であれば何とかなるだろうと心の何処かで見逃した、これは二人を軽んじた罰なのだと感じた――もう、きっと。

 もとより、輝夜は代償を払っていない。平和になるための代償がきっと、市松や銀次の存在だったのかも知れない。二人は、何処かでそれを判っている節があって。美学しかなかった輝夜は、それすらを見ない振りをしていた。


(ああ……これは、きっと。そうだ、探偵はいつも。最後の直面に出会うと、本では失踪していた。だからって何も君までなぞらえなくてもいいじゃないか。探偵は私なんだ、事件を解決していた君が探偵だったと示す意趣返しなのかい?)


 きっと市松には会えない。

 市松はそれから現れることもなかった。生きてるのか死んだのかすらも、誰にも判らなかった。





 乙姫はあれから翁に保護され、桃も一緒に暮らしている。頭の良さから時折事務所で、立派な経理までしてくれる。乙姫のお小遣いはたんとはずんでいた。翁が忙しいときのみ事務所で預かっていた。

 桃はすっかり犬の身体に馴染んでいたが、時折乙姫をからかう男子にメリーさんとしてつきまとっていた。

 吉野は余計過保護になり輝夜を守ろうとし、遠くから遠くから見守るようになっていった。

 最初は気まずさ故かと感じたが、徐々に吉野の神様としての地位が上がっていったために、中々簡単に接触できなくなっていたようだった。時折、使いの狼たちが来て、吉野の立場上の辛さを教えてくれた。

 ジェイデンは変わらず、現役ストーカーで、ジェイデンだけがあの頃と変わらなかった。

 父親もけろりとして健康になり、一緒に時折登山しに行っている。


 輝夜はぼんやりと雑踏の中、これで終わりたくない、と空を見上げた。

 不思議だ、出会った頃はこんなに大きな存在になるとは思わなかった。

 大きな交差点、沢山の人が歩いていて、ぼんやりとしていた輝夜は気付かなかった。

 季節はいつの間にか再びクリスマスで、しんしんと雪が積もっている。行き交う人々は幸せそうで、どこかファンタジーの世界観のような疎外感を感じた。現実味がない。

 そう此方の世界に戻ってきてから、何一つ実感も楽しさもわかないのだ。

 かろうじて判る覚えといったら、いなり寿司を食べたときの味だけ。

 今は思考回路が纏まらない、ただひたすらに悲しいという感情で満ちていた。


 空虚感に満たされ、ふらりふらりと信号を渡っていた。沢山の人が通り過ぎる。

 輝夜の背に、一人の人間が迫る。背中から、そっとナイフを持ち寄り、輝夜に宛てるつもりだ。それは昔輝夜が死んだときに出くわしたストーカーだった。

 この世界線では輝夜はそのようなものがいるとは知らない。輝夜の背中に、ナイフが刺さる直前。

 一人の男が、ナイフを刺そうとした男の顔面をみしっと掴み、そのまま引きずって連れ去ろうとした。輝夜と向かい合わせに通り過ぎようとしていた男だ。

 ――男は密やかに嘲笑した。

「背中から本当に撃たれそうになるなんて、飽きないヒト」

 輝夜に気付かれないうちに、ナイフの男を猿面の男に預け。輝夜のポケットにこっそりと、通り過ぎざまに手紙を忍ばせた。


 ふと、何かに感づいた輝夜が、雑踏を見渡せば、懐かしい背丈の男がいて狐面を被った。

 追いかけようとしたのに、信号が赤になる合図。

 泣きそうになった輝夜は、信号を渡りきると、信号越しの男に気付く。

 そしてポケットの手紙に気づき、視線をあげれば――狐面の男が愉快そうに嗤ってから手をひらひらと揺らし、消えていく。



 市松は、生きている。

 輝夜は、大きく安堵してしゃがみ込み、ぎゃんぎゃんと泣いた。

 大勢の目が気にならないほど、子供のように泣きじゃくった。

 泣き終わる頃にはほっと息をついて、決心をする――市松を探し回ろうと。

 ああやって姿を見せたと言うことは追ってこいと言う意思だ。輝夜は、瞳に闘志を燃やす。

 今度こそは。今度こそは、美学だけじゃない、本物の善を備えて市松と再会しようと。


(お前に会うまでには、ちゃんと。ちゃんとした人になるよ。ちゃんと、()()()()()()()()となるよ。今まで何処かで自分も守ろうとしていた――今度再会するときは、()()()()()()()()()()


 輝夜を変えたのは、たった一人のあやかし。

 たった一人を選ぶならまだ善の本質で、人間的だった。それはまだ他人が理解出来る善人だった。

 半分や誰かが欠けても他人を助けたいのであれば、それもまた偽善。もしも、八十%助けた後に罵られて後悔するのであれば、偽善者だ。

 百%全員を絶対に救うと断言できる者は、どこの世界でも英雄でしか許されない。そうでなければペテン師と呼ばれて石を投げ続けられるだろう。望んだとおりの救いでなければ。

 現実に英雄を作ろうとしているのだ、輝夜は。何処にも妥協を許さない理想を固めた。

 とうとう、輝夜は、善に対して投げ出しもしなかった。()()()()()()()()()()

 輝夜に言葉だけじゃない、嘘もなく。か弱さもなくなっていく。最上級のいかれた意思を、作り生み出させたのは、狂った輝夜を愛した市松だった。

 皮肉にも、その眼差しや面影は、今までより一層美しさが増した。




「封印で手一杯になるとはな、悪霊の説が半分は正解といったところか。命からがらだったな、紙一重で今がある。神を相手にするのはコスパが本当に悪い、きっと百年後にまたくるぞ」

「大丈夫、先生が生きてる間だけ大人しくしてくださるなら、僕は構わない。それ以降は後々のひとに任せます。恨まれてもその頃には、青田買いした鬼神が立派な方になってますよ、自動で助けて貰えるくらいに恩は沢山売っておきました」

「……それだけ大事な奴にあんな意地悪な手紙書いていいのか」

「いいんです、少しばかりの意趣返しと教訓です。僕のこと大嫌いになるか大好きになるかしないと許さない。中途半端な感情が一番つまらないもの。折角お前に助けて貰った命ですし?」

 市松はぺらぺらと楽しげに喋りながら、火傷の負った皮膚をなでつけた。

 仮面越しにざりざりと、痛みはないが皮膚は爛れてる。それでも人間ではないのだから、いつか長い時間をかけて治っていくといいなと願い、伸びをした。

 市松の様子を見ながら、猿田彦は恐らく火傷は二百年はかかるものだろうと呆れながら、市松の姿に笑い出す。


「そんなこと言いつつ楽しげだな、望んでいた劇でもみられたか」

「それはそうよ、だって。先生のことだから、呪いはなくなってもきっとまた困るに違いない。そのとき、来ないと思っていた僕が現れたら、感動するでしょう? それに。僕がいなくても赤い靴をはき続けないなら用はないの、そんな先生」

「……本当に性格の悪い奴だ」

「死ぬまで踊り狂う赤い靴を履いた可愛い子が、好きなの。月に帰さなかったからってただの凡人になるなんて、嫌よ。かぐや姫から脱したなら、違う物語でも宛がいましょう」

「自分の気質を厄介だと思わないか? 好かれるチャンスを逃しているし、愛されるかも知れない可能性より、揶揄やいじめを優先している。好きなら愛されたくないのか?」

 猿田彦の当然とも言える思考に、市松は考えながら小首傾げてぴんときていない様子であった。

 それでもそこに至るまでは何度も何度も思考を動かし続けて、悩んできたが。


「だって僕と先生だから。なれたとして愛情だけの関係なんて、つまらないでしょう? 僕はそれでいいと思うの、それがいいの。人間と妖怪だもの――化け物同士だけれど、僕らの領域はそれだけは変わらない」

「だけどもし……いつか、いつか。ああいう騒動を起こす人間が増えていったら……また妖怪の時代もくるかもな」

「そのときは先生に先輩面してもらって、人間たちにガイドさんでもしてもらって紹介してもらいましょ。右手をご覧ください、のっぺらぼうがいまあす、なんてね」



 猿面の男と、狐面の男は街角で出くわし笑い合うと、それじゃあ、とその場から互いに別れた。

 真冬の雪が、誰の目にも美しい季節で、空が晴れれば青い月の夜だった。

 青い月に鴉の過る夜。輝夜も市松もそれぞれの思惑で月を見上げる。

 一人は確かに生きていた者へ喜び、一人はこれから先を楽しみにしふらふらと。

 ()()は、そっと安堵するのであった――。



一旦完結にします。また再会するときはお知らせ致します、それまではこの物語はこれでお終いです。

読んでくださって有難う御座いました! どうなるか判らないのでとりあえずシステム上の完結状態の設定には今回は致しません。

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