第六十四話 面と向かって言えないけれど貴方の幸せを願っている
一同は時間に急いていた。
何故こんなに時間に急いていたかというと、ひとつは水晶を即座に割ったことで、敵がいるということを認知させた行為。
それから、夜になればそれこそ死者にとって夜こそが自由の時間だからこそ、生者は動きづらくなるからだ。今、時刻は夕方になってきている。
神社の鳥居からではなく、ジェイデンは違う雑木林の道から、神社の奥へ侵入し。神様のお家とやらの領域にまで入ってきた。
流石に神の気は邪神といえど、つらいものがあり。不道徳な行為をしかけると、一気に喉がつまりそうになる。半分妖怪の身では。
こういうとき百パーセント人間の方がやりやすいだろうに。
百パーセント人間の乙姫は、トリガーを心臓に宿しているのでどうなるか判らない今は、先導させるには向いていない。
時間との勝負、かつ自分の体調、そして乙姫を気遣いながらしなければならなかった。
玄関に入り込めばそこには竈が近い。となると、竈は一番最後に弄ったほうがいい。
まずは達成が難しそうなトイレを目指す――トイレを目指して、足音を立てずに辿り着けば、トイレには立派な青い水晶がある。
ジェイデンが経典を唱えて、触れれば先ほどよりかは威勢が少し欠けた壊れ方。
一体何がどうしたと思えば、子供の笑い声が怨念めいたものへ変化したものが近づいてきている。まずいと感じた一同は、トイレ脇にあった一室へ潜り込んだ。
怨念めいた声は通り過ぎ、一室の中にはとんでもないものがあった。
「……これはまた。よっぽど嫌いなんだな」
仏や神様の像が壊れきって、首なしの状態で沢山飾られていた。
不気味な光景にとうとう乙姫は気を失い、ジェイデンは抱えた。無理もない、今まで緊張の連続でよく耐えていた子供だ。我慢になれすぎている。
しかしまずいのが乙姫が倒れ込む動作で一気に神仏の像がバランスを崩し、出入り口を塞いだ。
苛立ったジェイデンは頭を掻きむしり騒ぐ。
「カグヤ、オレはお前なら助けてくれると思ってるんだが、……何でこねえんだよ、手紙もこねえ。メールもとどかねえ。一体……何してやがるんだ、あの不義理女は……!」
「不義理とはなんだね、失敬な」
「ひょえっ!?!!!!!」
出入り口側から不遜な態度が聞こえる。
少しだけくぐもった声は、不満そうなのに偉そうだ。
「悪いね、時間が少しかかる。ここで待っていておくれ」
「お前ッ?!!!! いつからそこに!?」
「ずっとこの死者の村で、封印の神を探していたんだ。他の石を砕けば、あとは乙姫ちゃんだけだ。乙姫ちゃんを解放したとき、元凶が多分現れる」
「……そう、そうなんだろう。そのための像はもうある、身代わりの像は」
「でも君のはないだろう、君が犠牲になったんだろう? あの家のことだから。どうするね、君の無事が保障されねば私は嫌だ」
「大丈夫だ、秘策がある」
ジェイデンは華石を握りしめると、喉元に汗を垂らした。
自分にとっての大事なものがいまいち想像はつかぬが、きっと何とかなる。
ジェイデンの声に信頼をせざるをえなかった相手は、それなら、と続けた。
「それならそこにいてくれ。私達がなんとかしてくる」
「……任せたぜ、カグヤ」
「ああ、ずっとずっと。これは私の問題だったからな、またあとで」
声の主はそのままその場から、別の場所へ移動したようだった。
輝夜がいる、輝夜がついにこの村にいる――それだけでどれほど救いになったか判らない。何故あの人間を救いだと感じたか。何故あの頼りない人間に縋ろうとしたのかは、まだ判らない。
ただ予感するのは、これは輝夜の物語だ、ということ。
「……何とかしろよ、カグヤ」




