第六十三話 貴方には理解できないでしょうね
月夜村は像がある程度確保すればどんどん村人は、村から引っ越していった。
ジェイデンが村人の名前を彫ると、その像はその人の身代わりとなって家に置かれ。村自体時代錯誤で住むのにも辛く、地域柄不気味がられるのも辛かったらしい。
長く滞在した人間の数を身代わりに木像へ見立てて、家の中へ飾って。誰か様に気付かれたらいけないから、魂を囚われるために木像が必要だったはずだ……。
さてあと残るは佐幸の家だけとなったところで、とんでもない事実が判明した。それはちょうど佐幸の乙姫以外の像を造り終わったあとだった。わかりやすく言えば、最後の村人が出て行くところ。
「……乙姫の像はいらない、んですか?」
「ええ、最後の像は貴方の名前を刻んでください。貴方の逃げるための像です」
自分の存在を計算していなかったジェイデンは吃驚した。
それもそうかと納得はする、確かにこの一年近くはずっと村人のようなもので、認識されていてもおかしくはない。
だからといって、像を増やすわけでもない乙姫の親たちに腹が立った。
「足りないのなら像を造ればいいじゃないですか」
「スミスさん。説明も面倒だから、あの部屋で寝泊まりしていただいたのだけれど、本は読まなかった? この家がどういう家系か」
生け贄をする家系、人柱の家系。
それを説明せず、自分から学習させていく形にますます腹が立って、ジェイデンは頭をがしがしと掻いた。
「あの子は神の嫁、もうすぐあちらがこの村を侵食する。時期ももうそろそろ。あの子の心臓は、この村のために捧げてるのよ。あの子の心臓は、神の住居と同化し始めている」
「……乙姫が生きてる限り、村は生きる……」
「そう、だから大人がいなくなって。一人で生活出来なくなって。やがてこっそり死んでくれれば村もそれでなくなって。不思議な村も、ただの不気味な更地にできるの」
「……合理的すぎて気持ち悪い……いや、いっそ清々しいほど判りやすい悪人で満足だ」
「あらそんなに悪人ですかね、だって神と深い繋がりがあった一族が簡単に離れるコトなんて許されないでしょう? たった一人、見放さない子を作ればいいのよ」
ジェイデンは像を粉砕したい気持ちにもなったが、既に荷造りのし終わった佐幸の一家は「有難う御座いました」と村を出て行く。
とんでもなく腹立たしいうえに、まずい事態になる。
チェーンソーは今回置いてきたので、材木を見つけて像に使う切り出してくるのも難しい。
他に像になりそうな立派な材料も尽きてしまった。それももう村には己と乙姫しか残されていないのなら、村が滅びるのも今日からだ。今日からどうにかしようと動かなければならない。
その状態で、名前の刻んでいない像はまだ一つだけある。
自分用とたったいま発言された像だ。
「……オレかあの嬢ちゃんかを選べってか」
「ジェイデン……」
一緒に居合わせた桃も流石に怒り狂い、怒りの余り茫然とした。
こんなふうに、本当に親が子供を棄てるなど、見るのは初めてで。想像も出来なかったし、今自室にいる乙姫にどう声をかければいいのかもわからなかった。
静かになった村に腹が立っていく。
「大丈夫だ、判っている。……こんな、結末、許せるわけがない」
ジェイデンは残された一体の像に、乱暴にでかでかと乙姫の名前を刻んだ。
だがこれで全て終わったわけじゃない。あとは乙姫の心臓に施された術の解体だ。
おそらくは吉野ができるはずだ、後々合流する吉野や、最悪自分が経典を使えばいい。
「桃、乙姫連れてこい。なるべく早くだ」
「何かいい手立てはあるのか?」
「この前北の方にいって祖母さんから聞いたとっておきの解除をして逃げる、切れたぜオレは……! カグヤの馬鹿はまだかよ!」
ジェイデンは桃が乙姫を連れてくると、乙姫に桃を抱きかかえるよう指示し。
華石を念のため首に提げ、荷物を詰めるとバイクに乗る。
乙姫を後に載せ、荷物の少ない乙姫を有難いような、悲しいような複雑な心境だった。
バイクで竹林を突き抜け、試しに村の出口に行こうとするも、見えない壁で塞がれている。村の外に出られないことを確認すれば、北の死者の村はどうだろうと向かってみる。
死者の村は、乙姫の旦那になるらしい神がいるとのことで、出来れば会いたくもないが。そこへ行って誰か様をなんとかする手立ても必要だった。
今のまま逃げ出すことが出来たとしても、翁と同じ道を辿るのは間違いない。
二つの行程が必要だ、一つは誰か様の因縁を断ち切ること。もう一つは乙姫の雁字搦めを解くこと。
その手段としてまずは、誰か様の因縁を断ち切るために、死者の村へと移動する。
移動道中白い霧が以前よりも広がり、濃くなっていて、道が判りづらかったが、一気にバイクで命知らずにも橋を渡り。到着すれば、乙姫を背負ってバイクと荷物はそのままにした。
「乙姫、いいか。お前は幸せなことを考えていろ、よくないことを考えれば気付かれる。お前がこの村にいることに」
「どうして?」
「きっと誰か様たちはお前の旦那の使いだ。お前を見張っている。負の力で見分けている、お前やカグヤたち佐幸は負の力が強い。そういう目に遭わせて、見分けさせていたんだ」
確かにあの一族は佐幸の人間だ。自分本位が、善に向かっていないだけで、自分のこと第一の正しい在り方だ。
だからこそ、自分本位で善に向かう輝夜が異常なのだ。
虐待も自分たちの身を守るためで乙姫の負に全て背負わせるつもりでもあったのだろう、と思うと一気に胸くそが悪くなるが、乙姫は微かに頷き未来のことを馳せた。
「ジェイは逃げないの?」
「オレも逃げるよ」
「でも像がないんでしょう? 私かジェイが、残るんでしょう?」
「お前の像はある、安心しろ」
にっと笑いかけたジェイデンに、乙姫は目を見開いて喜ぶわけでもなく、ぽろぽろと泣き崩れた。
心優しいこの娘のことだ、きっと自分が犠牲になればいいのにとのことでも過っているのだろう。ジェイデンは優しく乙姫に声をかけ、乙姫を背負って、死者の村で明確な方角を目指していた。
ずっと、ずっとジェイデンは考えていた。
死者の村ならば、もしかしたらいるのではないだろうかと。そうしたら救ってくれるのではないだろうかと。
視線の先に、黒い女神のような人がいた。
顔のない、ご婦人が心配そうに見ている。出来るだけ喋らないようにしているのかそもそも真っ黒い影部分に本当に顔があるのかも不明。だけれどジェイデンが近づけばご婦人は驚いた仕草で。でも、拒絶はしていない。
「雲雀さんですね」
ジェイデンの言葉に乙姫も、ご婦人も、桃も驚いた。
ご婦人――雲雀は確かに頷くと、ジェイデンの告げたいことを察して、誰か様のご神体が奉られている神社へ向かう。
神社を壊せばいい、とのことだろうけれど。罰当たりなことをするには、本当に度胸がいる。
しかし、雲雀は神社の全てを壊すのではない、とジェスチャーをした。
何か一部分だけ壊すのならなるほど、鳥居を殴るより、境内を荒らすよりマシだ。
「桃、吉野の念仏唱えていろ」
「え、桃がいるの? 桃と知り合いなのジェイ」
「その犬がそうだ、ずっとアンタを守っていたんだよ」
正体を明かされ恥ずかしそうに桃は、吉野の経典に載っていたお経をひたすら唱え始める。すると、霧がジェイデン達だけは弾いた。
神社の横から入れる道へ雲雀は連れて行ってくれた。
洞窟へ繋がっていて、洞窟の奥深くに誰か様本体であろう真っ青な水晶に、しめ縄が飾られている場所へ辿り着いた。
真っ青な水晶はきらきらと光が揺れていて、どこから光が反射しているのかは判らず。
ただ間違いなく、これだった。
「ここらにある岩で~っと、どっせい!!!」
ジェイデンは乙姫を下ろすと、手頃にあった大きな岩を広い、水晶に投げつけた。
水晶は傷の一つも入らない。物理的なものだとだめか、と感じたジェイデンは水晶に触れながら、吉野の経典を唱える。
途端にびしびしっとひび割れていく、いいぞいいぞと内心ご機嫌だったジェイデンは一気に水晶を砕け散らすと、大慌てで乙姫に桃を抱えさせ。乙姫を背負うと逃げ出そうとする。雲雀はまだその土地にいる、逃げるつもりはなさそうだった。
「有難う御座いました、娘さんのことは任せてください! 貴方似のいかれ野郎のことは!」
ジェイデンが大慌てで礼を告げながらその場から立ち去れば、雲雀は少しだけ笑った様子だった。
洞窟から外に出ればいよいよまずいことになった。
誰か様達はいないかわりに、死者がどぎつい視線になっている。
恐らく村が維持出来ないことに気付いたのだろう。この村の全てを司っていたのは、もしかしたらあの岩かもしれない。
だとすればいよいよ乙姫が心配になってくる。
「心臓は大丈夫か、お前。痛くないか?」
「……ジェイ、もしかしたら。もしかしたら、他にもこの死者の村に奉っているものがあるのかも。少しだけ胸は痛むけれど、辛いほどじゃない。だとしたら他に封印してるものがあるのよ」
「……お前の旦那に見つかるまでに壊さないといけないってことか。数に心当たりはあるか?」
「昔から言わない? 七つが、魔の数字だって」
なるほど、それは確かに信憑性がある。とジェイデンは頷けば、一回村の端の草むらで、乙姫に村の見取り図を書いて貰い、場所を予測する。
「多分、一番目立っていたのが先ほどの場所なのでしょう。昔から、この村では竈、囲炉裏、トイレ、それから風呂。これが大事にされてきました、生活の重点的なものだからと思ってましたがもしかしたら……あとは蔵と、……もしかしたら。最後は、私の心臓かもしれない」
「本当に胸くそ悪い村だな……。この村で一番でかい屋敷のそれを探れば良いな。何処だ、お前の家か」
「いいえ……恐らく。神様の、お家です。神社の中に、大きなお屋敷があるんです。昔は不思議でした、誰も住んでいない家なのに。でも、今なら判ります」
乙姫の様子を見れば、ジェイデンは乙姫を撫でてやり、乙姫を背負い直す。桃はそのままついて回って走ってくれる様子だ。
「乙姫の心臓は最後に施そう、行くぞジェイデン!」
「ああああ、動画五本にすりゃよかった……帰ったら追加な!」




