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第六十一話だからごめんね、貴方のこと大事なの



 市松は輝夜を夜中迎えに向かう。

 クリスマスイブがもうすぐ終わる頃合いの時刻で、沢山カップルがいちゃつきに本格的に腰を据えてベッドにでも行く時間帯。

 そんな時間に何があって追放された村に、片恋の相手を連れて行かなければならないのだとやさぐれる。それも自覚無し。

 事務所に入れば、いつもの探偵スタイルかと思えば、珍しく着物だった。可憐なパステルカラーの水色がとてもよく似合っている。


「実家にあったんだ、父さんが買って置いていたらしい。あの人は本当に……今日病院に行ったら、何かを察して着てみてくれと言われたんだ。一日その格好でいろと」

「百鬼夜行のときの件もありますし、綺麗にして置いて媚びを売っておくのは賢いですね。しかし、肝心の中身が残念だから意味ない気はします」

「黙っていればいいんだろう、直前まで。黙っていれば美人の部門なら得意だから任せ給え」


 百鬼夜行のときと違うセットされた髪型に市松は瞬き、少し怯えてしまう。

 いつもの間抜けだけど美人な輝夜じゃないみたいだ。輝夜は美人だけれど、それを強調しないのがよさだというのに。まるで強調されたような艶やかさ。本当に華やかな衣服の似合う女性だ。


「先生も残念ね、リアルのほうも。まさか本当にクリスマスに乗り込むなんて」

「向こうも寒い日のほうがいいだろう? きっと、苺さんも林檎さんもいるはずだ」

「苺さんはともかく、林檎さんなら世話になったものねこの間」


 市松はなるほど、と頷き。輝夜の手を取り転ばないようにリードすれば、そのまま二人は市松の現すゲートの中へ入り込む。真っ黒い異空間から入れば、そこは以前輝夜の狂気性が発現した村だ。


 二人は気付かない。遠くから、子供の白い影が見つめていることに。




 市松の里に入れば、おのおの仮面をつけていて、市松や輝夜に視線が集う。

 視線が集った市松を輝夜が見上げれば、市松は母親の顔を模して仮面を胸に抱え飄々としている。

 己の狐面の耳を外して甘噛みし、市松は現れた妖怪達ににこりと破顔した。


「猿田彦お呼びして? きっと会いたいはずよ」

「貴様、よくも人間を連れてきたな! この神聖な土地に、生きた人間を」

「まあ聞くからに三流の頭悪いお言葉。速く連れてきて、あいつだって気が短いはずだから」


 市松の挑発に妖怪達は顔を見合わせると、確かに猿田彦は市松の来訪を望んでいたことが窺えた。

 妖怪の誰かは猿田彦を呼びに行き、騒ぎを聞きつけた苺と林檎がひらりと降りてきて居座る。

 林檎はにこりと笑って小さく手を輝夜に振ってくれたので、輝夜は振り替えした。その仕草が気に入らないのか苺には睨まれる。

 呼ばれた猿田彦が現れ、二人の嫁の真ん中へ陣取ると苺の腰を抱き、こてんと猿の仮面で小首傾げた。


「久しぶりじゃん」

「そうですね、だいぶ久しぶりです。お元気? 長話も何だからお茶でも用意してくださらない?」

「茶菓子は持ってきたのか」

「凍らせても美味しいゼリーを先生が選んできてくださったよ」


 ほら、と促せば輝夜は自ら猿田彦へゼリーの箱が入った袋を見せる。

 お歳暮仕様の高いフルーツゼリーで、有名どころの品だ。献上物に機嫌を良くした苺と林檎が、ちらちらと猿田彦を見つめて成り行きを見守る。猿田彦は笑うと、きびすを返した。


「いいよ、ついておいで。うちの嫁達は気に入ったようだ、その手土産。気遣いも褒めてあげる、クッキーや煎餅なら追い返せたのになあ……」


 普通の人間に見ない気遣いらしい、だからか苺も機嫌を良くしていた。

 フルーツゼリーの指示はしていない、全て輝夜が自分で考え出した手土産だ。輝夜はほっとすれば、一緒に市松と案内された奥の屋敷へ入り囲炉裏へと通される。

 囲炉裏は不思議で、熱すぎず、寒すぎず。雪女二人が嫌がらない囲炉裏だった。

 囲炉裏の側には凍ったブドウでさえ刺されている、ただの囲炉裏ではないのだろう。


 上座には猿田彦が座り、下座には輝夜が座るとあとは席は自由となった。


「それで。何か話があるんじゃないのかな?」

「ああうん。先生がね、お面を貸して欲しいのだって。そして、これは個人的なお話しなのだけれど。先生への嫌がらせ、やめてくださらない?」

「……やっとオレに文句を言いに来たと思ったらついでごとのように言うんだな、随分とお前の中でどうでもいいらしい」


 輝夜と林檎がフルーツゼリーの贈答を行っていれば二人は姿勢を崩しながら険悪になるも、市松は変わらない態度だ。

 さほど気にしてないのがよく伝わる。


「だって僕は絶対お前に嫌われないもの。嫌っているなら構わないでしょうし、策略を通して。面倒な妖怪の総大将になってまで僕と、お話しがしたかったのはお前でしょう」


 市松の顔が輝夜の母親のまま、朗らかに無邪気な様子で伝えれば、林檎と苺はくすくすと笑い。輝夜はきょとんと話についていけず。

 猿田彦は黙り込むと、奥の方から酒瓶を持ってくるとどんっと杯と共に置いた。


「そのおしゃべりさに真面目なものを足すにはこれが必要そうだな、呑め」

「先に潰れても知らないよ、それで。お面の方はいいの?」

「お前との話が終わってからだな。そもそも、お前は。本当にその母親を殺したのか? その女の母親を」

「どういう、ことだ。市松はだって、笑いながら殺したと言われていたし本人も……」


 横から口を挟んだ輝夜に、猿田彦は杯に酒を注ぐと呷り。酒臭い吐息で、市松に呼びかけた。


「オレが知る限り。その男は、殺しさえ嫌っていた。殺しをするときは、大体が落ち込んでいるときだった。オレは、この男がその顔を手に入れるまでの期間で落ち込んでいる姿を見た覚えがない。そうだな、確かに笑い泣きしていた時期はあった」

「……市松、どういうことだ。しっかりと。母さんとの経緯を話してくれないか」

「いいですよ……ただ、これだけは気をつけて先生。此処の世界とお外の世界は経過時間が違う。ほんのつもりでも、何ヶ月か経っていたりする。だから、手短にするね」


 市松は杯を受け取り、酒を呷りながらゆっくりと話し始める。


「僕と雲雀さんの出会いは、情けないものでした。迷子の僕を、雲雀さんが世話してくれたんです。雲雀さんは、貴方を連れていました。幼い先生を。先生を旦那様に預け、迷子の僕を助けてくれました。僕の見た目はその頃、十代に化けてました」


 市松はそっと林檎からメロンのフルーツゼリーを貰うと、スプーンを借りて一口ゆるりと中を割った。掬った中身を匙で航空へ放れば、独特の甘みが一気に広がる。

 甘みは何故か気まずさを思わせる。喉が渇く。それでも、話さなければ。


「雲雀さんとそのうちよく会うようになりました。雲雀さんも先生のように不幸体質で、変な奴に取り憑かれていた。とても苦悩していたけれど、雲雀さんは確かに、先生の憧れそうなお人でした。困っている人は身内であれば絶対に助ける。何故僕を助けたのかと聞けば、知り合いの顔が見えたからだと」


 輝夜は市松の顔や、ここに住まう妖怪の性質を思い出す。

 そういえば、知り合いの顔や恋しい人に、擬態して殺すのだといつだったか言っていたと。


「僕と雲雀さんは仲良くなっていった。僕は雲雀さんに打ち明けたの、僕の種族。雲雀さんは、それなら自分が死んだら顔を貰って欲しいと告げた。僕は深く考えず約束した、とても欲しい顔だったから追いかけ回していたんだもの。ある日のこと、僕は人間の子供達に追い回されていた。狐面が珍しかったのね、追いかけ回され疲れ果て。車がきていて。たまたま信号の先に雲雀さんがいて」


 輝夜は目を背けたくなった、聞きたくない気持ちにもなった。

 だけど、これは市松のきっと大事な話だ。そして自分にも譲れない話だ。

 聞かなければならない話。勇気や度胸がとても必要だけれど、逃げてはいけない。輝夜は、目をそうっと閉じて話の続きから背けなかった。


「雲雀さんは車のぶつかりそうな僕を庇って轢かれた。死ぬ間際に、雲雀さんは笑ったの。約束守ってね、と。あとで判ったことだけど、車は操られていた……誰か様に」


 市松の話に、輝夜はそうっと目を開けば。よぎる想いが様々にあるけれど、全て蓋をして。憎さや悲しさは蓋をして。今、を見つめることとした。

 輝夜は猿田彦を見つめる。


「私は市松への態度は変えるつもりはない。ずっとこいつが抱えてきた気持ちを判っているつもりだ」

「そうだな……だからこそ、オレはお前が許せないのだろう。いっそ、美人なだけの女だった方が楽だった。……お前のその異常性が気になるのだろう」

「……異常性……、君はずっと私に怯えているね」

「あの日お前は確かに異常だった、普通の人間にできないことをしていた。だからこそ、オレはあの日のカグヤを見てやっと判ったんだ。オレはずっとお前が恐ろしいよカグヤ」


 猿田彦はそうっと仮面を取ると、猿田彦の目は何もなく。鼻と口元だけだった。

 口元だけで猿田彦は真剣さを伝えようとした。


「お前は、確かに化け物だから、人間の定義に入らないのだろうと。人間じゃねえのなら、オレが怒ることはない。元から、市松の幸せをオレだけは願おうとしていた、オレはずっと……多分、お前が理解できなくて悔しかったんだろう」

「今は理解できるのかね?」

「理解しようとするのが間違いだって判った。完全に理解できるもんなんざねえよ、だから、様々な騒動はオレの責任だ。その詫びに仮面は貸してやろう」

「腹を割っていると信じていいのだね?」

「自分より強い化け物を前にして、正直なことを話さなければ取って食われる。数々の非礼を詫びる、すまない」


 猿田彦は静かに酒を飲みきると、一族の者が命令され仮面を取ってくれば確かに輝夜は受け取った。

 輝夜が受け取ったのを確認すれば、市松は腰をあげ、二人とも帰り支度をする。


「市松、お前あの村に行くのか」

「まあ貴方さえも知ってるなんて有名なのね。そうよ、行ってくる」

「だとしたら……そうだな、気が乗れば助けに行ってやるよ」

「そうならないことを祈る、借りを作るのは怖いもの」


 市松はまたね、と手を振ると輝夜はぺこりとお辞儀をし。二人は異空間を通じて元の世界へと戻っていった。

 その背を見届け、猿田彦は確かな予感を感じていた。


「あいつ、死相がでていた……」

「折角仲直り出来たのにほっといてよろしいのお、旦那様?」

「……そうだな、酒が飲み終わったら向かってやってもいい」


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