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第六十話 僕はとても貴方を守りたかった




 ジェイデンはかんかんかんと誰か様を、月夜村流に合わせて彫り始めて、五体目が出来上がった。

思ったより速いペースで仕上がりそうだと出来上がった五体目を一回客観視するために、外へ飾り。あとの加工のことを思案しながら、今日はこの村を調べることとしようと思案した。

 この村には大きな向日葵畑がある、時折向日葵畑に人々が手入れをしていた。

 意外とこの村は人の出入りが多い、皆一日で帰って行くが、到来者は少なくはない。

 皆同じ方角に行き満足そうに帰って行く行為の繰り返しだ。

 となれば調べるしかない。ジェイデンは休憩に呑んでいたタバコを空き缶に押しつぶして入れると、桃へ声をかけてから行こうとする。


 乙姫が宿題をしていて、桃が側で転た寝していた。寝ぼけた仕草は大変愛らしい。


「あ、スミスさん」

「ジェイデンで良いよ。なあに、最近の国語ってこんなんなっとるんか」


 ジェイデンは教科書を拾い上げて勝手に読んでから、満足すれば乙姫へと返す。

 返された乙姫は驚いた眼差しで、ジェイデンを見上げた。


「ジェイデンさんはこの国で勉強していたの?」

「一応生まれはこの国だよ、ちびっと母親の血が入ってるだけで。小さい頃は母親に、親父の国を学べってことでオレも通信教育だった」

「仲間ですね! あ、何かご用事ですか?」


 乙姫の素直な笑顔に、桃へ伝言を残すわけにもいかず。唸ってから良いアイデアを閃いたジェイデンは乙姫を唆すこととした。赤い瞳をたっぷりと見せる。

「この村にやたら人がくるから、何が名物なのか気になってな。インスピレーションの刺激に見に行きたいなって」

「ああ、あれは……ジェイデンさんは親しい方で亡くなられた方はいますか?」

「いないよ」


 嘘だ。懐かしさに浸る相手なら、山ほどいる。

 瞳を見せて廃人にして廃棄していった恋人達や、祖父母。それから昔遊んでうっかり母親に見つかった人間の友達。

 それをまさか言うわけにいかず、にこりと人なつこい笑みで嘘をついた。


「オレあまり葬式に疎くてな、行ったこともない」

「なら大丈夫かな。この村は……死者に会える場所があるんです。ただ、親しすぎるとそこへ拘ったり連れ帰ろうとする人がでてくるので。お連れできるのは、十年間は周りで誰も亡くなってない方に限ります」

「へー、なら大丈夫。オレは平気、連れて行ってよ」

「構いませんが私の言うことは絶対従ってください。それと、何があっても。帰り道は振り返らない、そして何か戴いても食べてはいけません。見つからないように棄ててください」


 冥界に関する昔話めいていて、少しだけ真実味の増した話にジェイデンは躊躇うも、素直に頷いた。あまりに乙姫が真剣だったからだ。

 この場合、桃は置いていったほうがいいだろう、本物の死者だ。それも十年以内の。

 まだ成仏する気もなさそうなやつを無理矢理成仏させる趣味もない。ジェイデンは成仏は絶対素晴らしい行為だとは、捉えてなかったのだ。


「犬は置いてけ、面倒なことになる」

「そうですね、ぽめちゃん眠そうだもの。行く準備しましょう。上だけで良いので白い服にしといてください」


 乙姫はジェイデンを部屋から追い出せば着替えている様子だった。

 乙姫のしっかりとした忠告どおり、ジェイデンは白いタートルネックへと上の服だけ変えて、玄関へ集まる。何かあったときのためのものはウエストポーチへ入れておく。

 玄関に行けば、白いトレーナーの乙姫がやってきて、冬らしからぬ格好に季節感が狂うと感じた。ジェイデンは少しそれがツボに入って笑いながら、乙姫と一緒に北の方角にある竹林へと向かった。


 北の竹林は、やたらと白い霧で覆われていて、乙姫が手を繋いでいてくれるからこそ足取りはしっかりとしている。

 知識の無い状態で入って良い方角ではないのと同時に、秘密が根深くありそうだった。


「あちらです。あちらの橋を渡ると死者の集いがあるのです」


 乙姫が見上げて本当に行くのかどうか視線だけで問うてくる。ジェイデンは頷き、自分から乙姫の手を引いて橋を渡った。橋はやたらとぼろく、少しだけぐらぐらするのに頑丈さがある。

 下には緩やかな川が流れていて、落ちたら高さ的にひとたまりも無いなと、ぞっとする。

 陸へつくと、ふわんと甘い花の香りがした。植物は見たことないキノコや、花が群生している。



「あー、なる、ほど」


 花の香りには覚えがあった、とても懐かしい薫りだ。廃人にした一番都合の良い玩具が愛用していた香水だ。

 霧の奥から廃人達の声がする。楽しげだ。何故かこのときばかりは、楽しそうで混ざりたいと感じてしまった。妖しい魅力があった。だけどジェイデンには理性がしっかりと備わっていたので、花の香りの方角には向かわなかった。

 乙姫の手をとり、ふらふらと中を歩けば、確かに死者達が生きていた頃と何食わぬ様子や見目で、生活をしている。死者の村だ。

 その中から祖父母を見つければ、一気に懐かしさで悲しくなり。乙姫が気遣ってハンカチを手渡してきたので、有難く借りると祖父母に気付かれないようにそっと離れる。

 中をうろうろとしながら、一つだけ妖しい神社を見つける。


「あれはなんだ?」

「あれは、誰か様のご神体が奉られている神社です。階段を上がれば神様の住居があります。村人は、豊作を願うとき此処へ願うのです」

「それだけじゃないだろ。オレにさえはっきり判る、このオーラ。何かが実在している。もしかしてお前は、この村の人に神に嫁いでくれと言われてないか?」

「……はい。……この死者の村に、神様がいます。誰か様を統括してらっしゃる方です。昔の話によると、私のおばさまが嫌がって逃げ出したそうです」

「お前は逃げようと思わないのか? まだ若いのにそんないきなり結婚なんて考える様子に見えないけどな。将来の夢はキャリアウーマンって言うタイプに見える」

「ふふ、そうですね。……逃げたら、いけないんです。私が破棄したら全員この村の人は今度こそ死んでしまう。私には、村の人全員を棄てる勇気がない」

「でも村の人はお前を棄てる勇気なんかもってないのに、お前に犠牲になれっていってるんだろ。仕返ししてやりゃいいじゃん」

「……仕返しでも私は、殴った拳の痛みをまだ知りたくないんです」


 この一族は本当に自己犠牲精神で生きている、と善人性の狂気を少しだけ垣間見た。

 乙姫は選択出来ないのなら自分を犠牲にしようという結論なのだろう。

 この選択肢はまだ何とか出来そうな気がジェイデンはしたが、今のところねじ曲げるつもりはなかった。ただ、桃の顔が浮かぶ。桃は、そんな乙姫を望まない。

 それにきっと、乙姫の親戚のサイコパス女だって、とジェイデンは目を細め乙姫を撫でた。少しばかり余計な世話をしてやろうと。


「乙姫、あのな。これは年寄りの意見だから、よおくお聞き。今、お前はこの村の女王様だ。お前がルールだ」

「……どういうことです?」

「そいつらはお前に言うことを聞かせようとしながら、お前に最後の選択肢を一任してることに気付いてない。お前が嫌だつって、逃げれば全員詰むのに。こういうことをしている」


 ジェイデンはめざとく乙姫の手を引くと、腕を露わにさせ隠された痣をまじまじと見せつけ、相手へ自覚させる。この行為は理不尽だと。それが常識だからではなく、乙姫が優位なのに理不尽だと意味する。


「お前は、女王様で全ての決定権を持っている。この村を破滅だってできる。お前の恩恵でこの村はなんとかなってる。そのことに気付いてない村人でもないんだろう」


 ジェイデンは脳裏に百体の村人全員の身代わり彫刻を思い出しながら、嫌な依頼だと最初に忠告した父親の顔を思い出しながら唸った。

 乙姫はみるみると目に大きな涙を抱えていく、零していくぼとぼとと。


「転んで打ったの」

「乙姫」

「ほんとよ、転んだの! ……よそ者のジェイデンさんには判らない」

「そうだな、何処へ行ってもオレはきっとよそものだ。でも、よそ者にもいいことがひとつある。顔が広いところだ。顔が広いから、オレはお前の親戚と知り合いだ」

「しん、せき?」

「お前のおばさんの娘、輝夜といって都会で探偵をしている。お前が助けを求めたら、きっと助けてくれるんじゃないか?」

「そんなわけない、会ったことない親戚のためになんて、何もするわけない」

「それがそうでもない。だって、そいつは」


 ジェイデンはにやりと笑って、乙姫を優しく抱きしめ。ますます乙姫は泣き崩れた。


「そいつは誰より気が狂っていて、美しい心の者を救うことを常に望んでいる。お前が選べないなら、輝夜に選ばせろ。お前の代わりに輝夜に殴らせろ、あいつを逃げ場所にすりゃいい」

「じぇい、でん、さん……うう、うううう……ひっく、ひっく」


 乙姫は長い間告げられなかった言葉を、虚空に声をなくして告げた。


 「助けて」と。



 *


 死者の村から出るときに、予め言われたことを思い出す。

 決して振り返ってはいけない。食べ物は今のところ貰わなかったから大丈夫だ。

 ならばあとは振り返ってはいけないのだ。

 乙姫を振り返らないように、乙姫を先導させ帰り道へと向かう途中、嫌な声がした。


「ジェイ、ジェイじゃない!」

「……よう」


 先ほどの甘い花の香水が好きだった女性だ。

 ついに持ち主が気付いて、此方へきたのだ。女性は死んでもまだジェイデンに魅了されていて、瞳が蕩けていた。


「ジェイ、ああ会いたかった、あたしに会いに来てくれたのね」

「そう、大事なお前だから。だけどちょっと仕事入ってな。またくるから今度な」

「ふうん、わかったまたね」


 ジェイデンの絡んだ腕からするりと腕を放せば女性は見送る。

 ほっとしてある程度進んだ頃に、女性から「ジェイ、忘れ物!」と呼ばれどきりとした。


 あと少し。あと少し意識がしっかりしてなければ、振り返るところだった。

 たとえばこの手を繋いでいる乙姫の手が、硬くなければ。強くなければ振り返ってしまうところだった。


 振り返らないジェイデンに女性はけらけらと楽しげに笑えばそのまま何処かへ行った様子で、ジェイデンと乙姫は無事橋を渡りきると、村へちゃんと戻ってきた。



「随分と親しいんですね、ジェイなんて呼ばれてる。私も真似しようかな」

「大人の関係だったからな。子供が妬くな、知らなくてよき。……乙姫、お前が救われたければお前は、これから。誰にもその心をばらしちゃいけねえよ」

「……本当に、輝夜さんはきますか?」

「くるよ。来るなつっても来る。あいつは、不幸の塊だから自然と吸い寄せられるはずだ。……お前はただ、この村で平和にしてりゃいい」


 ジェイデンは少しまずったと感じた。

 ずっとサングラスを外したまま会話していたので。


「……うん、有難うジェイ」


 乙姫の好感度が、あがりすぎてしまったな、と感じた。

 これでは桃に恨まれそうだな、と一人微苦笑する。



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