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第四十六話 デッドレースアウトオブばばあ

 市松は追われていた。

 切っ掛けは輝夜であったはずなのに、引き受けたわけでもなく、珍しくこの日は市松が不幸であった。



 輝夜と市松が一緒に夜食の買い物に出かけた日のことだ。

 この日は大層レースゲームが盛り上がる日で。何せ動画で特集された日であったので、大盛り上がりのネット対戦で人々の熱は明け方まで続きそうだと見込んだ。

 市松はここまでレースゲーム界隈が盛り上がるのもレアだと楽しみ、夜食を用意しておきたいと思案した。

 かといって、夜中に輝夜を一人にしておくわけにもいかず、仕事で転た寝をしかけていた輝夜を起こして一緒にコンビニまで出向いた帰り。

 買ったフライドチキンも肉まんもこのときはほかほかだった。

 レースゲームに思いをはせて、市松はとても楽しみにしていた。


「あ、変な人と目が合った」

「なあに、先生。ゴミくそとでも目があったの? もう時間の無駄遣いよしてください、僕は急いでいるんです」


 機嫌が良かったゆえの軽口がいけなかった。

 通常市松と輝夜の間での遣り取りは、他人相手に使えばうんざりとされるだろう。

 相手が輝夜だからこそ否定されないのだし、怪訝な顔もされないのだ。

 女性相手はとくに嫌がられるし嫌われるし、怒られる。

 自覚がない市松は失念し、お気に入りのレースゲームのお祭りとなりそうな素晴らしい日を台無しにした。


「なんじゃと……わしの、どこが、ごみくそだああああ!!!!」


 一キロ先にいるやたらと地獄の奪衣婆に形相も格好も似ている老婆は、俊足の血走った目で市松を追いかけてきたので即座に市松は逃げだし、見向きもされなかった輝夜は置いてかれた。


 市松はそこから全力で三時間時間走り通している。気付けば都心を離れ、郊外まで辿り着き、郊外の山近くの道を走り回っている。全身は汗だくだし、筋力もつかれて足は震えてきて、がくがくとしている。脳内は人間界で行われる運動会のクラシック曲、それもアップテンポな曲が過ってしまう。この状況は、よくある洋物アニメの鳥と狼か。猫と鼠か。こんなときでのユーモアさは、市松には全て邪魔だった。過る度にうっとおしい感覚でしょうがない。

 フライドチキンも肉まんもとっくに油分や湯気の水分でべしょべしょになっているし、レースゲームどころではなくて。

 しかもどれだけ全力で走っても老婆は追いつきそうなので、思案する暇も休む暇も無い。

 市松は何故どうして何があってこうなっているのか理解に悩む。


「僕はただ今年一番盛り上がったこの日を楽しもうとしただけなのに!!」


 涙声で叫んでも後悔は遅いから後悔という。

 老婆は未だに執念で追いかけてくる。

 市松は産まれて初めて自分の性格や軽口を憎んだ。あの時こうしなければ、という思考に初めて取り憑かれた。

 そうでなければ今頃は暖かい部屋でレースゲームに明け暮れ、接戦を楽しめたのだ。

 チキンも肉まんもこんな残念な状態にならず、最高に美味しい夜食になったはずだ。

 ネット対戦がどこもかしこも大盛り上がりで待ち部屋が何処も大盛況など、発売当時を思い出して懐かしい思いに浸れたはずだ。発売から三年後の今、今日を逃せばもうその時は滅多にないだろう。

 そのノスタルジーでさえ許されないのかと泣きそうだった。


「待て小僧うううう!!!! 謝れ!謝れ!」

「謝ったら許してくださるんですか!?」

「ばかめ、謝ったあとは首を落としてやる!」

「どのみち駄目じゃない!! 僕はレースゲームは好きだけど、インテリなんですよ! 走るの嫌い!」


 なんで僕が、と狼狽えながら改めて市松は顧みる。

 こういう目に毎度遭いながら、輝夜は化け物を否定しないのだから本当にやばい人間だと。

 今相対している自分でさえ、何でこんな目に!とじわじわ脳が支配され怒りも過る。

 市松は怒りの余りに、振り返りながら持っていた肉まんとフライドチキンを老婆に投げつけ、それらは老婆の口へ次々とジャストインした。

 老婆は頬張ると、キラキラと一気に瞳が乙女のように華やぐ。気のせいか辺りに、薔薇が咲いたような至福の笑みだ。


「えっ、なにこれうまあ……」

「美味しかったなら諦めてください!」

「待て小僧、これはなんだ、なんという食べ物じゃ! あと三個ずつほどくれたら見逃そう! 是非とも、是非ともこれをわしに!!」


 思いも寄らぬ提案に思わず市松が足を止めれば、老婆もピタリと止まった。

 市松はぜいぜいと息を切らして今にも死にそうだというのに、老婆はぴんぴんとしていた。

 かくして二人はコンビニをまわって、無事三個ずつ肉まんとフライドチキンを買えたのだが、その頃には時刻は明け方の四時を回っていて市松はレースゲームのお祭りについには参加できなかったという。


「昔から際限なく走って良いのは車輪があるものと馬、もうねはっきり判りました」


 市松は事務所に戻るなり寝転がると魘される。先に帰宅し帰ってくるまで仮眠していた輝夜も流石に同情し、側に自分用に買ったコンビニのいなり寿司を置いた。じっと何かを耐える様子の後で、ぐすっと嗚咽を漏らしながら市松は丸まって横になったままいなり寿司に手を伸ばす。輝夜は泣きべそを掻いてる様子の市松へ、綺麗な髪を梳くように仕事が始まるまで撫でた。



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