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第四十四話 帝という礎

 これ以上はまずいと思った。

 これ以上の感動、感情を与えられれば輝夜と離れれば狂う自信と、さらに言えば吉野は恋の執着に囚われる可能性を感じ取っていた。

 自分以外を視界にいれるなど許さないと、神隠しする日も遠くないと。


 世界に革命や救いを与えるわけでもない、ただ美しいだけの娘だった。

 特別なことなどなにもない。異常性のある生き様や見目を除けば、平凡さこそ似合う。

 不幸なだけの女だったはずだ、最初に見初めた彼女は。

 たった一人の妖怪に影響を与えていた輝夜は、徐々に沢山影響を与えてきている。

 その事実は少しばかり吉野にとっては不穏であった。

 自分自身も確かに感化されている、だからこそこれ以上は人である領域を越える。

 いずれ同族から石を投げられないうちに、吉野としては同族の味方を輝夜に与えたいと考えていた。

 好んでいるなら思いを寄せているなら叶えたくなる気持ちも強くあったが、それ以上に輝夜には真っ当に生きて欲しい気持ちが強く。

 誰かから恨みを強く買う前に、誰かへ強い憎しみを抱く前に。

 輝夜の異常さがまだ「善人」である今のうちにと、模索している。

 もし「悪人」へと変化し、誰かを殺してなどおねだりされれば断れる自信もない。

 「悪人」の艶やかさのほうが、狂気の輝夜には似合うのだから、魅力的になるようになれば断ることの出来ない未来を感じる。

 はい貴方のために、と成し遂げたらどれだけのご褒美や恍惚が待っているか。

 そんな状況にならないために、それがきっと輝夜にとって、人間にとって正しい道だと信じ込んだ吉野は輝夜を真っ当な人間とやらにしたかった。


 意外なのは市松である、提案して置いてなんだが自分と同等に強い思いを輝夜へ寄せているだろうに、あっさりと頷いて提案を受け入れた。

 もっと足掻くだろうと思っていたのだ、市松とわかり合える自信などなかったのだから。

 市松はどちらかといえば自由を、吉野は秩序を選ぶのだから。


 運命の赤い糸の作り方を、神域の世界で月老ユエラオから聞いてきた。

 月老という者は、人々を様々な糸で繋ぐ人で、有名なのは赤い糸だ。

 可愛がっている吉野から聞かれれば、月老は楽しげに他の者に内緒だと言いながら教えてくれた。

 吉野は真っ直ぐな気質な所為か、よく神域に住まう者たちから可愛がられることが多く、月老もその一人である。

 輝夜が寝ている内にすっと小指に切れない見えない赤い糸を巻き付け、残りをあとはめぼしい人物を見つけて、画像越しでも直接でもよいから巻き付けるだけ。

 きゅっと心臓が痛くなる。

 この糸で仕組んだ人と、輝夜は笑い合えるのは酷な現実で、願っていた失恋だ。

 その糸は、人間にしか効かない。同族のみで適応してこその赤い糸だった。

 自分とは永久に結ばれない実物の証明でもある。


(人間と神で結ばれたら大変か……)


 市松がめぼしい人物を探して写真を撮ったので、写真を広げて眺める。

 そのうちの一人はやけに陰鬱な表情のくせに、男前であり。

 やたらと美形で、輝夜と隣に並んでも違和感ないからかと選ばれたのかと、思案した。

 吉野は少しうとうとしていた、その為もっと考え込んでから赤い糸を投げ込もうとしていたのに、うつらうつらしている間に、糸は手の内から滑り落ち。

 陰鬱な男に引き寄せられて、写真越しに糸は繋がった。



「それでその糸、そのままにしたんですか」

「切れないからな……」

「まあ貴方が良いのでしたらいいですよ、もれなく何方も面白い方ですから」


 次の日市松に報告すれば市松は楽しげに笑い、吉野と市松は一緒に陰鬱とした男を一緒に観察する。

 繋げた赤い糸がどうやって作用するか確認をしなければと、見張るのだ。

 輝夜との隙間時間を縫って。市松など、清掃の仕事前に大忙しだ。

 陰鬱な男は、黒髪の切れ長の黒い瞳を持った男だった。

 瞳は日本人であれば焦げ茶か茶色であろうに、この男はどうしたことか、色素がやたらと黒かった。それでいて肌は白いのだからまた不思議だ。

 線の細い、けれど凜とした冷たい印象を持つ美丈夫である。背丈は市松とぴったり同じほどである。

 盗んだ履歴書で、名前を「万木ゆるぎ 御門みかど」と確認して吉野はやれやれと電柱に腰掛け息をついた。


「帝とかぐや姫なんて、縁がありすぎる」

「ね、面白いでしょう? 僕のお勧めですから、問題ないです。価値観も最初は衝突すれど、きっと大丈夫」




 輝夜は父からの要請により、一年間隙間時間で父の美術教室を手伝うこととなった。

 手伝うと言っても画材や倉庫の整理や、モデルとしての参加だ。

 父は病弱なために中々継続して美術教室を続けられないのだが、それでも熱心に通ってくれる生徒は多く慕われている。

 ともあれば応援もしたくなる子供心に、輝夜は二つ返事で引き受けた。


 美術教室への道のりに、いつも通りが暗い道がある。

 嫌な予感のする輝夜だったが、念のためにとあるものを持ち歩いておく。

 暗い道のりはいつもの通りであれば、十分ほどで抜けられて、明るい表通りに面する。

 そこにさえ出ればあとはスムーズに明るかったり人の多い通りであるのだが、ある種いつもどおりといったところか。

 一向に、三十分経っても暗い通りのままである。


 父親に繋がる道はだいたいのことで、繋がりづらくなる。

 誰か様からの妨害だろうが、現世との世界線が曖昧になる道が多くなる。

 それ程父や母への呪いはつよい。これはきっと輝夜への呪いではない。

 道のりの途中に男性がいた。男性はぽかんとした暢気な様子で辺りを窺っている。

 一瞬だけ交わった視線が鋭く凍てついた黒さで、黒鉄を思い出させた。

 銃のような男だと思いながら通り過ぎようとしていた、輝夜はあまりに男性を見つめすぎていた。

 故に、男性の方角に、自分を呪うよくないものの縁が現れ男性の後ろに出現する。

 まずいと急ぎ足で男性へ近づくと男性は輝夜を胡散臭いものを見る眼差しで目を眇め、避けるように方向転換して歩こうとしてよくないものと出くわす。

 よくないものは真っ黒いコートを着た黒髪の女性で、口元をマスクで隠している。

「こんばんわ」

「……こんばんわ」


 妖しと会話する行為は、目の前に居ますねと認めてる行為であり、食ってくれと思われてもしょうのないことだった。

 それを知るわけもない男が小首傾げた頃、女性の口元ががぱああと両方に裂け、大きく口を見せ。肥大化した顔で男性に食い入るように見つめる。


「あたし、綺麗?」

「……はっきり言って良いのなら」

「いいわよお」


 こんな時代だ、少々古い怪談に疎い男性だとしてもしょうがない。

 口裂け女にはこれしかないと、輝夜は隠し持っていたべっこう飴を取り出すと、男性を庇うように割り込み。

 べっこう飴を口元に沢山注ぎ込むように投げ入れ、口裂け女が夢中になっている隙に男性の手を繋いでさっさと歩き出す。

 男性の携帯からベルが鳴り、男性は動じず携帯に出ながら輝夜へ引っ張られる。

 丁度良い、現世に携われる人との会話しながらであれば、現世に戻れると輝夜は電話が途絶えぬうちにそのまま表通りへ突っ切った。

 突っ切ったところで丁度電話は切れて、男性は不審な人を見る眼差しで輝夜へ一瞥をよこす。


「……何、さっきの」

「何を言いかけた? あの女性に」

「出会ったばかりで嫉妬? まさか僕に一目惚れでもしたのか」

「馬鹿なことを言うな! あれは……」

「判っている、口裂け女でしょ判るよそれくらい。それで、僕が襲われたとして。お前に何の関係が?」

「……言葉の意味が分からない」

「僕が死に場所を探していて、何故邪魔したと告げたらどうするんだい、お前?」


 輝夜には理解しがたい価値観だった。

 誰だって生きたいはずだと、死ぬのは嫌だと信じて生きていた。

 目の前の男性は、確かに瞳に闇を宿していて、深淵であり底が知れない暗さだった。

 男性は、にや、と笑いかけ顔を寄せると間近になる。


「お前に必要な言葉だくれてやる。助けてくれて有難う、これでいいかな? 偽善者」


 その言葉は間違いなく的確に輝夜の心臓を射貫いた。

 肝が冷える、一気に嫌な脂汗をかいてしまう。

 見透かされたような得もしれぬ不快感に、輝夜は思わず男性を睨み付ける。

 反射的に、咄嗟に輝夜は男性を毛嫌いした。


「君とは今後縁がないよう祈るよ、皮肉屋」

「縁が無くなりたいな是非とも、危険な物に慣れてるやつなんかお断りだ」


 男性はつかつかと歩き出す、不穏だ、この方角ではまさか。

 輝夜は一気に駆けだし、ストーカーと揶揄される前に手を打った。

 それと同時に嫌な予感が当たらぬコトを、どこぞの吉野以外の神に祈った。


 しかし悲しいかな。

 赤い屋根瓦の民家の隣にあるアトリエに入れば、父親は穏やかに笑いかけてくれて、ばんっと両手で扉を開けた輝夜へさえも穏やかだ。


「あれ? いらっしゃい、輝夜。今御門くんも来る予定ですって連絡してたんだけど、きてない? 会ってないかな、御門くん」

「エッ……あいつ、まさか」

「昔は可愛い可愛いって何処にでも連れ回していたじゃないか、僕の門弟。私の絵画教室の子だよ」

 

 ひょろりとした白髪の多い銀縁眼鏡の男性は、ははと笑って輝夜の後ろを指さした。

 真後ろには先ほどの男性が辿り着いたところだった。

 同じ方角が目当てだと言うことは、絵画教室の生徒だ。


「来ているじゃないか、やあ御門くん、こんばんわ」

「やっぱりアンタだったんだね、輝夜姉」

「……ばかな!!!! 私の天使が!!!」


 昔、遠い記憶だ。

 輝夜の父の絵画教室へ通う生徒の一人に、やたらと美形な子がいた。

 子供ながらにこの子供はとても美しいと見惚れる行為が何度かあるほどに、明確に判りやすい美少女顔の男児だった。

 その子は確かに美少女のような顔つきで、二人で並ぶと双子のようだと揶揄され。

 自然と仲良くなり、周りもニコイチ扱いするようになった幼なじみがいた。


 幼なじみはいつしか引っ越し、遠くの街から月一で父の元へ通ってくるようになったが、輝夜はどうしても不穏な物から逃げるべく家にも絵画教室にも寄りつかなくなった。

 そうこうしているうちに、一定期間から御門と会うことは叶わないようになり、いつの間にか月日は経っていた。

 御門も同い年であれば、確かに二十歳以上のはず。


「お前……可愛かった子が何で変な進化遂げているんだ……背まで伸びて」

「アンタは変わりないんだな、相変わらずおばさんの影を追いかけてる」

「あんなに可愛かった君を返してくれたまえ!!」

「大人になってもその喋りは痛々しいねえ!?」

「う、五月蠅い、可愛くなくなったな?! 心から!」


 久しぶりの再会は、その後の絵画教室に影響を齎したが、外から眺めている市松や吉野にはどうでもいい。

 吉野には目に見えている。

 輝夜の御門への嫌悪が、好意へと変わる日へ。


 夜桜にしてはまだ蕾は少なく、ただただ春の始まりの寒さを二人は味わう。


「あの人がきっと、人間界での最後の礎です」

「そうだな、良心が善人に目覚める最後の礎だ。それまでに俺たちは結論を出さなければならない」

「そうですね。本当に加護するために八十年忍ぶ恋を耐え押し殺すか。それとも、……人からあの人を攫うか」

「輝夜は善人でありたいと思うからこその生き様だ……きっと」

「ううん、吉野。それも大事、大事だけどつまるところ、僕らがどうしたいかってのも大事なんですきっと。そうでないと、本心を見極めないと、動けない」

「……俺は、狂う。狂うまで押し殺してみる、それは決めてある。狂いきってあの人への執着だけしかなくなった頃に、閉じ込める。俺の意思があるうちはあの人を、人間にする。あの人の価値観を正す、神なんだそれくらいの傲慢さくらいはいいだろ」

「……僕は、狂うまで耐える域にいけるかしら」



 市松はしゃがみ込んで、足下に咲いてる季節外れのたんぽぽを愛でるように触れる。

 地面から割れて出た花は力強く、見てる者を元気にさせる。

 市松は狐面をつけなおし、たんぽぽを遠慮無くぶちっと詰んだ。


「手折るかどうかは簡単なのに、花をどのように育てるかはとても難しいね? しかし、これで世界一美しい顔と、世界で二番目に美しい顔が並んだ。目の保養です、二人とも獲物で無くなったことが悔しいくらい」


 市松は笑ってたんぽぽで指輪を作り、くるくると指先で回して笑った。






 

御門がいるから、世界で二番目の美しい顔(第十六話)の輝夜でした。

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