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第四十話 未来の可能性

 冬の始まり。銀次が用事で出かけたのを確認してから市松は、輝夜の部屋に置いてある華石のレプリカに触れて輝きを確認する。

 輝夜の母親の記憶が入ってる大事な輝きだ、あれから市松は思案を巡らせた。

 大々的に認められればこの輝きは取り戻しても、輝夜も吉野も無事ですむのではないのかと。

 要するに今は、質屋と同じだ。

 輝夜の母親の記憶を質入れしてる代わりに、輝夜と吉野の安全を確保している。


(もっと大きな援助があればいい。うまくいけば、きっと……約束を違えるわけでもなく、二人は無事だ)


 輝夜の無事も、吉野の無事も市松は欲張りであるからして欲しがった。

 輝夜は友達だ、とても大事で狂おしい程友情を掲げた狂気の友達。

 あの真っ直ぐな良心の化け物を、周りに理解させるには吉野の手を借りた方が早い。

 物の怪なんかより、神の方が人間達は有難がって話を涙して聞いてくれる。

 今は鬼神でも、いついかなる変化を持つか判らない、親の判らない卵と同じだ吉野は。

 吉野の偽善が、もし本当に善なる物へ変化するならば。他者へも輝夜に贈る物と変わりない愛情を、降り注ぐことができたならそれはきっと、善神だ。

 悪食鬼神が善神になるなんて世にも美しい物語を、認めない種族はこの世にいない。

 宗教ですら、鬼神が善と化ければ大きな存在になる。


(吉野、貴方がどう思っているかはどうでもいい。きっと、僕と貴方は違う。それでも共通はしてるはずだ、このままではまずいって。先生の為にも、僕らのためにもあの記憶をなかったことにするのはとても僕は許せない)


 たとえそれが独りよがりだとしても。


 市松は狐面を外せば、窓から映り込む月へ輝きを反射させ。輝きがとても尊いことを確認すればしまい込み、安心する。

 輝夜は机で眠り込んでいる、この時期は不倫や浮気が盛んになってくる時期だからか忙しい様子。クリスマスに浮気や不倫が詰まってるなど、子供に聞かせられないお伽噺だと市松は思案しながら元の位置に華石のレプリカを戻すと部屋から出た。

 窓辺には――バックベアード。真っ黒い外見に、赤くて巨大な目玉だ。月のサイズもある目玉。

 にやっとした形に細まると、市松は一瞥をくれて狐面を付け直し、外へ出る。


 寒さは増し、木枯らしで身が縮む。コートは市松の寒さを覆い隠した。

 外の植樹にはLEDで飾り付けをされていて、青と白のライトで安っぽいもみの木のような演出をされている。

 狐面越しに実際には存在しない眼差しを、バックベアードに向ければ、バックベアードは月と位置を被らせて存在を主張する。

 これだけ大きく主張しているのに銀次は気付かないのだから、バックベアードの得体の知れなさが恐ろしいと市松は感じた。


『この間は有難う、実にいい取引だった』

「ええ、それで。お望みの通りに叶ったんですよね? あの華石は貴方のお望みどおりに貴方を守ってくれたんですよね?」

『そう急かさないでくれ、急かす若者は嫌われるぞ。確かに望み通りとなった、私は守られ国も守られた。感謝する。さて、お前の取引はおなごの身辺だったか』

「そうです、叶えたのですからひとつ頼みますよ。それくらい宜しいでしょう?」

『まず問題が一つある、あいつの怨敵だ。あれはまず我らには向かない。力が強いのもあるが、邪悪なる我らでは難しいのだ。お前の言う、誰か様というのは神聖なるものだった』


 理解の早い市松は、交渉成立後に強請るということは此方の足下を見られているか。

 それとも手を尽くした上でどうにもならなかったのだと判断し、頷いた。


「それなら我らの御大将は? ぬらりひょんや他の怪異はどうにかできるでしょう」

『一つ聞きたいことがある。それはお前の心を見たから生まれた疑問だ、狐型よ。お前はその輝夜たる人物が平凡となっても、構わず友人でいられるのか?』

「どういう……意味です?」

『一般の価値観に馴染むかもしれない、全ての災厄から振り払えば。それをもってして、お前に対して未来で“化け物め”と睨まれ疎まれる可能性もある。それでも構わないのか』



 輝夜はいつだって変人で奇人で、だからこそ惹かれ。

 滅多なことでは拒否しない否定しない女だからこそ不安だった。

 不安定だからこそ魅力的だったことを、市松はすっかり忘れていた。

 挙動不審に市松は後ずさった瞬間、バックベアードは幻覚を見せた。


 雨の降った大樹。市松はしゃがみ込んでいて。輝夜の両頬を自分は掴んでいて。

 まるであの日の許しのようだ。あの日、初めて輝夜に畏れ泣いた日。

 輝夜を、心から愚かだと思った日。

 自分の知らない眼差しを輝夜はしていた、一般人の持つ恐れや畏怖を。


『母さんを帰して、人殺し!』


 幻覚が泣き叫んだところで、市松は頭で幻覚だと察してわかりきっているのに、心臓がいたく苦しみ。

 どっと冷や汗が流れ、呼吸がしづらく感じた。

 気付けば、喉が苦しい。市松は苦しさを紛らわせ、通常の呼吸を得たいが為に、輝夜の幻覚を潰した。両手で抱きしめるように、一気に粉砕すれば現実に戻る。

 一気に暗闇に戻ると借り物の市松の顔は、げっそりとしぎらついていた。


「……嫌なもんをみせやがる、だけど言いたいことは判った。時間をくれるか?」

『いいぞ、お前には大恩がある。お前は、お前の存在理由をあの娘に求めているのに、消そうとしてるから不思議だったのだ。今一度考えるといい』


 市松は身を抱えて震え、バックベアードはその場から消え去った。

 震え上がり怯えきっていた市松は、見守る存在に気付いていないだろう。


(……宜しい、お前も覚悟をしたんだな。だとすればもし、輝夜に記憶が戻ったとしても、わしと対立しようと。お前の一番大事だった物を棄てたことに免じて許してやろう)


 銀次は電柱に腰掛け、見つめ、器用に焼き鳥を口にしていた。

 タレの零れかけた肉塊をぐいっと口にし、櫛を持て余す。

 バックベアードに最初は本当に気付いてはいなかったが、本日ようやく存在に気付いて銀次は状況を悟った。


「わしはお前らに本当の意味で興味を持ったよ、市松。お前の覚悟次第では、猿田彦と対立してもよい。ただお前はそれを知らぬまま選ぶがいい」


 独りごちて、銀次はくっくっくっと笑いさざめいた。

 市松が姿を消したのはそれから三日後のことである。


 姿を消す前に、市松は情けない笑みを狐面越しに押し殺した。


「先生、いなり寿司は当分必要ないです」


 金銭面を心配したのかと輝夜は小首傾げ、少しだけ不安となった。




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