第三十八話 その頃愛される天才は
ぐるぐると同じ所ばかり巡っている。
桃はついにその場にしゃがみこんで項垂れた。
怪異として存在しようとしたかつてのメリーであった桃は、輝夜と自分の因縁である誰か様という邪神に対抗するため。桃は邪神のルーツである村へと目指していた。
秘境の中の秘境で、何をしてもどうしてもたどり着けない。
怪異の姿を象っているのだから疲れることなどないはずなのに、募る疲労感についに桃はげっそりとした。
精神年齢が十代前半の幼い子供なのだから、当然かも知れない。
兎に角思うとおりにいかなかった。
疲れ果てて、しゃがんだ折に、視線の先にはポメラニアンがいた。
ポメラニアンは自分を見つめ、はっはっと呼吸を単調に健康的な様子で見せている。
舌を出し、親愛を示した眼差しで桃を見つめていた。
ポメラニアンに不釣り合いなのは、身体が透けていること。ポメラニアンの身体は透けきっていた。
どういうことだろうと首を傾げていれば、ポメラニアンは桃に近づき、桃の脚を駆け回ってから脚を押し進ませる。
促されるままに進めば、先にはポメラニアンの死体があった。
「お前……さっさと天国にいっておいで」
動物霊ならそこで安らいで暮らせるだろうと桃は哀れみ声をかければ、ポメラニアンはさっさと天国へ旅立った。
桃は亡骸を葬ってあげねばと、ポメラニアンの身体を抱えて判った。
まだ生きている。死んでいない。
その瞬間とんでもないことをしでかしたのだと桃は一気に把握した。
魂だけが先に天国に行き、身体に魂がなくなってしまったのだ。
桃は救済措置としてやむを得ず、ポメラニアンの身体に入り込み、魂として存在した。
(まったく世話のかかる……視界が狭いな、しかも全部大きく見える)
ポメラニアンの中に入った桃はきゃんきゃんと啼きながらあたりを見回し、うろうろした。
このままでは誰か様のルーツ探りどころではないと、桃は慌て、短い足で走るもさほど進めず。更には身体を持ったことで本物の疲労感を得てしまい、空腹も感じる。
ついに飢えてもう駄目だと感じたとき――、和装の女性が現れた。
齢十代の自分と同じ年頃の少女である。
黒く長い髪に緑色の目をしている、誰もが頷く美少女で、場の雰囲気が存在だけで一気に華やいだ。
女性は自分を拾うと撫でて可愛がり、腕の中に囲った。
「こんなところにいたのね、帰るよ!」
きゃんきゃんきゃんとしか吠えられない桃は吠えながら騒ぎ抜け出そうとしたが、意外と力のある少女の腕に囚われ。
桃はそのまま、なんと行きたかった村へと辿り着いた。
少女の向かう先には、幾重もの札が厳重に敷かれた吊り橋を何個も渡り、その先にあった村は時代錯誤の古い村だ。
藁の屋根で出来た文化財になりえそうな村だった。
表札に気付く。桃は少女が入った表札の大きな屋敷を見て驚き、少女の顔をまじまじと見つめた。
「乙姫、どこにいるの、乙姫! きなさい」
「はあい! 待っててね、ぽめちゃん」
少女は親に呼ばれ、去って行く。
(……佐幸。佐幸という表札だった、もしかして……)
桃は、輝夜の遠い血縁にあたる姪の家に潜り込むことに、無意識に成功したのだった。
ポメラニアンの姿を借りた桃は、乙姫と呼ばれた少女を追いかけると老婆に怒鳴られていた。
やれ髪が長い、やれ色気を出すな、やれ子供のくせにだの文句を告げまくっている。
その中でも驚いたのは、会話の流れから聞くと乙姫は毎度食卓に料理を作る係だというらしいこと。幼い子供なのに料理を作る行為も驚いたが、まずいと告げられ乙姫の目の前で料理は棄てられる。
乙姫が目に涙を堪えているのが判ると、自然と桃は吠えて唸っていた。
唸ったあげくに老女に噛みつこうと動きを見せ、察した乙姫がポメラニアンを抱えて、庭の犬小屋に押し込める。
それだけでなく、水とドッグフードを犬小屋に与え。先ほど酷い目にあったというのに乙姫は健気に笑っていた。
大人とは絶対的に子供へ、可愛いと愛でてくれる存在だと思い込んでいた桃には、知らない世界であった。
とくに桃は愛されることの天才だったこともあってか、ショックがとてもでかい。
(しばらくはこの姿のままでいようか)
桃は疲労感に任せて、乙姫を見上げながら犬小屋に籠もり、怒りと衝撃を押さえ込んだ。
少なくとも何も知らない今は動くつもりもない。
ただ、……それでも子供の味方に誰もいないのは納得がいかなかった。
こうして暫く、桃はポメラニアンのぽめちゃんとして存在することを決めた。
少なくとも村の内情を完璧に把握するまでは。




