第三十七話 真夏の人間関係怪談
梅雨を抜けて、熱さ本番の真夏となる。
真夏に輝夜は数少ない友達と遊ぶ機会は多くて、その年もまた飲みに誘われた。
居酒屋はまばらな店内ではあるが人の賑やかさは何故か安定していて、雑音が心地よい。店内の明るさは暖色系のライトで統一され、椅子は簡素でテーブルもぐらついてはいたが、そのぶん料理の保障はとんでもなく良かった。肴はどれも美味しく、知る人ぞ知る店なのだが、少し汚い見目の看板や判りづらい道筋の店舗なため評価がネットでは低めの店だ。エアコンは効いては居るが、客の出入りで扉の開け閉めが多く、暑さは少しだけ店内でも感じてしまっていたがそれが却って酒を美味しくさせている。
乾杯を済ませてだらだらと飲み始め、歓談は進んでいき、酔いも進んできて夜も順当に更けていった頃合いのことだ。
飲みの席で見知らぬ女性が自分たちのテーブルでくだを巻いていた。女性は目立たない見目で、服装もメイクもグループには馴染んでいる。違和感のない存在感ではあった。
それ故にこの日は大勢集まっての飲み会であったために、誰かの知り合いだろうと誰も咎めなかった。
ところがとんでもない、その女性は誰の知り合いでもなかったと判ったのは中盤になってからである。
「誰あの子?」
「え、貴方の知り合いじゃないの?」
「オレはお前の友達かと思って……」
「違うなら何で同席してるの?」
誰の知り合いでもなく、女性は友達の友達を自称し、飲み会で同席を希望し続けた。
じゃあ誰の知り合い? と聞こうとすれば、話題を反らされるかマウントのどちらかだった。
何より何処か狂気的な眼差しに、誰一人立ち向かう勇気もなかった。世の中触らぬ神になんとやらで過ごすのが一番なのを、身に染みる年齢でもある。
会費を要求すればおぞましいほどの視線を浴びせられるので、まともな人間は近寄りがたい、それでいて一番酒も食事も豪快にするのだから腹立たしい。
「誰か男紹介してよおお」
「は、はは……」
完全にいかれた女性相手に一同は苦笑しかしなかった。
大変そうだなと酒を飲んでいるところに銀次がやってきた。
銀次は気付かれず酒の席に紛れ、輝夜に声をかけた。ちゃっかりと唐揚げを頬張って「脂っこい」と当然の文句を告げながら、紛れて酒を飲む。
酒を飲みながら片手間に、銀次は輝夜へもののついでといった様子で笑いかけた。
「遅いから心配したぞ」
「親みたいな言葉ですね、いや、まあでも兎も角助かった。あれ、貴方の仲間でしょう、何とかしてください」
「ん、どれだねいないぞ」
銀次の言葉に輝夜は驚いた、銀次にはその女性は物の怪ではないらしく。
正真正銘人間だという。
銀次はまじまじと見やってから、鼻をひくひくと動かし、その場で匂いを辿ろうとした。
それでも妖しでも幽霊の匂いもせず、ひたすら人間くさくて銀次は顔を顰めた。
「ただの頭がおかしい人間だよあれは」
「ならますます厄介だな……困った」
「あの手はいい追っ払い方がある、見てろ細工してやる」
銀次がにやりと笑えば場に溶け込み見えなくなる。
何をどうするつもりだと思ったところで、飲み会の場であちこちで皆がいちゃつきはじめる。
瞬く間にカップルがそれぞれ出来上がり、一気にあぶれ物は居づらくなる。
その上カップル達はどんどんサシ飲みしようね、とはぐれていった。
さて、その場に残ったのはその女性と輝夜だけだった。
友達の友達、を自称する女は見事にあぶれ、話し相手がいなくなったことに気付けば輝夜を獲物と決めた。
輝夜に声をかけようと思った刹那、女性は気が引けた。
どうみても、違うのだ。
近寄りがたい美貌の輝夜とは、住む世界が違う明確なラインが見えた。
相手にされなくてあぶれた者と、相手を意図的に求めなかったものは立場が違う。
何より輝夜は、一人になっても凜として変わらなかった。
一人であることに困らず、一人になっても何も変化がない。
輝夜は選ばれるのではなく、選ばれるのを待つのでもなく、選ぶ側だどう見ても。
瞬間的に出来た顔のカーストを感じ取り、女性は屈辱を味わう。
群れの中に居場所を求める女性であるため、一気に惨めな気持ちになったその女性は「あたし帰る!」とそのまま退散していった。
残された輝夜は再び現れた銀次に、状況がつかめず小首傾げてビールを呷った。
「いっそ仲間に入れて、というほうが簡単だろうに。めんどくさいな、人間は」
「何がだね」
「妬むくらいなら、素直にずるいと口にした方が可愛げのある」
「……何の話をしているか判らないが、マイナスな感情ほど言いづらいんじゃないかね」
「どうして。悲しいや辛いは沢山言うじゃないかね、羨ましいだけは何故駄目なんだ? わしにはよくわからんのだ」
「どうしてでしょうね……さて、ところでお迎えにはまだ早いと思うが何故来たんですか? 本当に心配なのか、助かったけれど」
「それはお前、困ったことが起きたんだ。ゲームが壊れた、市松なんか真っ白になってるぞ。ずっとテレビに修理しようと半日も齧り付いてる」
「なるほど、たしかに君たちの一大事だ」
心配と言うより自分たちの利害できた銀次に、輝夜は理由が見えて笑った。




