第三十話 鬼神と探偵はそして別れた――逢魔が刻(後編)
人間は日頃、リラックスした状態で茶菓子を休憩に戴きたい者だ。
誰が圧迫感や威圧感を感じて、尋常じゃない冷や汗を感じながら食べたがるものか。
いつもの探偵スタイルの服装で、事務所の中で輝夜は異質な存在を睨み付ける。
テレビを面白そうに眺める少年、銀次だ。
「何故此処にいるんですか」
「敬語は要らぬ、輝夜。わしは敬語のないお前が好ましい。いやなあに、わしが最初からそばにいたほうが楽だろう? 何かあったとき」
「だからって落ち着かないんだ、失礼をするわけにもいかないじゃないか、妖怪の総大将様相手に!」
「堅苦しいのは嫌だのう、そうは思わぬか市松」
「……はは、は」
話題を輝夜から投げられたあの市松でさえ愛想笑いだ。
いつもなら客室でレースゲームを邪魔されれば怒るか拗ねるのに、それどころじゃない。
市松は不思議そうにあれこれレースゲームを尋ね、自分もしたいという銀次に心臓が震えながら教えていた。ソフトやコントロールの説明をしては、操作を試してみる。
接待レースというものをこなしながら、市松は初めて人間社会のような苦痛を思い知る。
「なんだ、簡単に勝てるんだな。世界対戦にしよう、きっとわしが一位だ」
「いや!! きっと、つまらないでしょうから!!」
NPCより速くても、今のタイムは間違いなくビリ堂々一位のレベルなので、不機嫌にならせるわけにいかず市松は慎重に話を誘導した。
「吉野はどうなったんですか銀次様」
「もう少しだけ力を強めたいとのことで、神域で修行しとるらしい。煩悩の削除も含め」
「じゃあもう現れないの?」
「いいや、来年には戻ってくる。戻ってくるまでの間、わしが面倒をみてやろうという話だ、有難いだろう」
「さ、然様でございますか。お住まいは何処に?」
「お前の住居を借りよう市松。おなごの部屋に泊まるわけにはいくまい、まあわしとしてはそれでも構わぬが、お前たちは不愉快になりそうだしな」
「なんのことですか……」
冷や汗をびっしょりとかきながら、市松は心底面倒そうで毛嫌いした表情を浮かべる。
銀次はげらげらと大笑いし、もう一度だ! と接待レースを楽しみ始めた。
「蛇の小僧も忙しくなるらしいしな、ここはわしが面倒みてやろうという話だ、悪い話ではなかろう? わし顔が広いぞ?」
「敵対派閥がくる可能性は?」
「えーー、わし恨まれてるかなあ? っふ、まあ……確かに今回で、恨んでる奴は一人心当たりはあるのう。猿田彦とかな」
「……あの馬鹿は何を考えているんですかね」
「お前さんと仲良しだった頃に戻りたいという友情、それ以外ないのだろう。友達がお前以外いないからな、あいつ」
「沢山の人に慕われてるじゃないですか、長ですよ?」
「……気を許すのと、許されるのはまた違うんだ、まだまだ青いなお前も」
輝夜が気遣ってお茶菓子を持っていくと二人は、無言で手に取って饅頭に囓りつく。
輝夜には判らない話だ、それでも、いつかこの二人の会話の内容を思い出したとき。
きっとこのことかと判る日がくるのだろうな、と予感はした。
「さて、ちと散歩じゃ」
「いってらっしゃい、帰りに玉葱買ってきてくれないかな」
「……わしをぱしらせるとは剛毅な女だ」
銀次は笑って階段を降り、一階の喫茶店にふらりと入る。
席に着くなり、マスターがやってきてマスターは机にどすっとナイフで机をたたき割った。
銀次はにやにやとしながら胡座をソファーで器用にかいて、マスターに扮した猿田彦を見つめる。猿田彦は猿のお面をつけた。
「よっぽどお怒りか」
「オレは言ったはずですよ、あの女を、潰したいと」
「京の都みたいな言葉は苦手でな、手紙の意図は半分ほど汲んでやっただろう」
「兎も角、貴方はもうオレの敵だ、此処でオレは虎視眈々と時を狙いますので出て行ってください」
「そうもいかぬ、約束をした、あの女と。お前を排したい、が、お前の気持ちも分からぬわけではない。今生でただ一人、こいつが唯一の輩だと決めた男が、骨抜きだ。妖怪ならまだしも、人間相手なら人間嫌いのお前は祝福できぬだろう?」
「だからなんです? 解決策があるとでも?」
「一年で手は尽くそう、一年であの女に愛想を尽かすよう仕向けてみる。もしくは、あの女に相手が出来れば立ち去るだろう? あの狐面の性質上。そんなに難しい話ではない。鬼神とくっつければいい話だ。そうすれば市松もいつか妖怪の花嫁を迎えて、お前とも仲直り」
「……つくづく食えない狸爺だな、アンタを敵に回したくないな、本当に」
「北風と太陽だ、猿田彦。敵意だけでは退けぬ。わしはあの女と命の約束をしたまでだ、私生活は知らぬ」
からりと笑って銀次は立ち上がる。
喫茶店の扉を押しながら、振り返り猿田彦へ笑いかけた。
「わしは面白い物を沢山見せてくれた奴の味方についてやろう、わしの支援は高いのだ」
銀次はにこやかにふらりとそのままスーパーへ向かい、残された猿田彦は項垂れて苦悶する。
太古の爺様の考えなどわからぬ、と。
吉野編終わりです、暫く更新お休みします。次の章が整うまでお待ちください。




